34. 異端の翼は手当てする
先ほどからずっと気になっていることがある。
いつまで経っても治療術士が来ない。
さすがに時間がかかり過ぎだ。
「ちょっと話を聞いてくる」
「わたしも行きましょうか?」
「大丈夫だ。忙しそうだし、むしろ俺だけの方が良いと思うぞ」
フレイヤにそう返し、今まさに場を取りまとめている教師の元へ向かう。
相手はあのベレールだが、あまり接点のない他の教師よりマシだろう。
「先生、少しいいですか?」
「ダメだ。今は手が空いていない」
彼女は俺を見ることなく即答する。
取り付く島もない、とはこの事だろう。
とはいえ引き下がる気はさらさら無い。
「治療術士の方が誰も来ないんですが」
「……だからダメだと言っているだろう。お前はバカなのか?」
「まぁそう言わずに。ちょこっとでもいいんで」
話すまで離れる気が無い姿勢を見せると、ベレールは露骨に嫌そうな顔になる。
「別の生徒の対応で忙しいとのことだ」
「別の生徒?」
辺りを見回してみる。
だが当然そんな光景はない。
というか見当たらなかったからこそ、こうして聞きに来ているんだが。
「一応言っておくが、ここじゃないぞ。宿泊施設の方だ」
今夜はキャンプだったはずだし、泊まる場所なんてあっただろうか。
――いや、あったな。
しかもひとり心当たりがある。
「ミーリヤ……」
「ん? 知っていたのか?」
瞬間、俺はベレールに背を向けて駆けだす。
真っ先に気づくべきだった。
「っておい! 感謝のひとつくらい――」
なにか怒鳴っているようだが無視だ。
フレイヤがいつもと変わらないせいで、すっかり失念していた。
ふたりの元へ急いで戻った俺はすれ違いざまに叫ぶ。
「アリシャはフレイヤと一緒についてこい! ミーリヤの所に向かう!」
「え? どういうことですか?」
「レイシス様の指示ですから、なにか意味があるのでしょう」
本来ならフレイヤは置いていくべきだ。
彼女がこの速度で走れるとは思えない。
が、こんな状況でひとりにするのは心配だ。
だからといってアリシャは来てくれないと困る。
俺ひとりでは不十分だ。
つまり二人とも連れて行くしか方法はない。
とにかく今は急ぐべきだ。
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俺は周囲一帯を取り囲むように魔法を展開、そのままミーリヤがいるコテージに飛び込む。
俺の予想が正しければ、先に探知阻害を張っておいた方が早い。
どうやら保健室の先生が、ちょうど魔法をかけている最中だったらしい。
だいぶ疲れている。
おそらく何度も魔法を使った後なのだろう。
だがあの魔法では意味が無い。
魔力酔いに関しては、どんな魔法でも苦痛を和らげることしか出来ない。
使っている魔法は豊穣の書のようだし、なおさら効果も薄いはずだ。
「ミーリヤ!」
視界に入った彼女はとても辛そうだ。
息は荒く、汗も酷い。
あの様子だと意識があるかも怪しい。
急いで駆け寄ろうとするが手で制される。
「すみません、少し出ていて貰えますか!」
先生は俺を見ることなくそう告げる。
こんな状況だ。
いち生徒でしかない俺を追い出すのはたしかに正しい。
だが俺は対処法を知っている。
俺ならこの状況を打開できる。
「先生、代わります」
言いながら無詠唱で豊穣の書を起動。
ミーリヤに治癒魔法を掛けながら、割り込むように無理やり近づく。
治すことは出来なくとも、これで少しは楽になるはずだ。
そう思ったのだが、いまだにミーリヤは苦しそうなままだ。
解熱、痛覚の緩和、さらには気道の拡張。
俺はそれぞれの効果を持つ魔法をまとめて使っていく。
もちろん詠唱している暇はない。
「一体どこでそんな技術を……」
しばらく四つの魔法を同時に掛け続けていると、ミーリヤの表情がほんの少しだが和らぐ。
とりあえず時間は作れた。
「海岸の方にも体調不良者はたくさんいます。先生はそちらをお願いできませんか?」
「そうしたいのは山々ですが、彼女の方が症状は深刻でしょう」
「ミーリヤは俺がなんとかします」
「ですがもしもの際、君では責任が――」
そう言いかけた時。
ドアが勢いよく開け放たれる。
「わたしが責任を取ります!」
部屋中に届く声量。
フレイヤの声だ。
肩で息をしているあたり、全力で走ってきたのだろう。
「ですが親族とはいえ……」
「俺でも先生の代わりくらいにはなれます。他の生徒のことも考えれば、ここは分担するべきかと」
「ううむ……」
無理を言っているのは承知の上だ。
ただの生徒である俺に任せ、ミーリヤにもしもの事が起これば大変なことになる。
だが今はそんな場合じゃない。
ここで言い合っていても時間を浪費するだけだ。
「どうかみんなをお願いします」
そう強く口にすると、先生は考える素振りを見せる。
が、それも一瞬だった。
「……分かりました。ロズウィリア君、彼女のことは頼みましたよ」
「もちろんです」
言うや否や、彼は急いでこの場を後にする。
残ったのは俺とフレイヤ、そしてアリシャだけだ。
「フレイヤ、悪いが外でアリシャと待っていてくれないか?」
「分かりました」
即答だ。
てっきりこんなお願い、聞き入れてくれないと思っていた。
少なくとも理由くらいは聞かれても不思議じゃない。
「……いいのか?」
「必要なことなんですよね?」
「それはまぁそうだが……」
「でしたら問題ありません」
厳密に言えば『必要』という訳でもない。
単に見られたくないだけだ。
「ミーリヤが心配にならないのか?」
「レイシスさんが助けてくれるからこそ、わたしは安心出来るんです」
とても強い口調だ。
だがフレイヤはなぜかうつむくと、今度は小声でこぼし始める。
「それにわたしでは、言う通りにする事くらいしか出来ませんから……」
俺はすかさず否定しようとするが、それよりも先に彼女は走り去ってしまった。
今回はたまたま俺が適任だっただけだ。
フレイヤが気にする必要はまったくない。
――考えるのは後だな。
とにかく今はミーリヤが先だ。
「アリシャ、フレイヤのケアを頼めるか?」
「もちろんですわ」
彼女なら、今のフレイヤの気持ちも分かってあげられるはずだ。
むしろ俺が余計な事をするより、任せてしまった方がいいだろう。
「それともうひとつだ。人払いを頼む」
軍で言う『人払い』とはつまり、魔法を用いた付近の警戒を意味する。
見られたらマズイ事を行うとき取る手法だ。
「魔導具は使用しますか?」
「いや、そこまでする必要はない。それに探知阻害の魔法はもう張ってある」
というか使われる方がむしろ面倒だ。
「了解しましたわ。……どうか無理はなさらないでください」
「大丈夫だ。このくらい、無理する方が難しいぐらいだって」
心配そうにのぞき込んでくるアリシャを追い出し、ミーリヤと二人きりになった俺はもう一度確認する。
「起きてるか?」
当然返事はない。
念のためさらに問いかけてみるが結果は同じだ。
ピクリと動く気配すらない
意識はないと見て良いだろう。
これですべての条件が整った。
深刻な魔力酔いを治す方法はふたつしかない。
どこか魔力が薄い場所に移すか、もしくは原因自体を潰すか、だ。
どちらにせよ、そういった方法を取れるまでの時間をどれだけ稼げるかが重要になってくる。
「死絶の書、第二章、第三節より引用――」
想像を絶する苦痛を与え、殺すために生み出された最古の魔法のひとつ。
「第五十八項を改変――」
死を与える絶対の書、それが『死絶』の意味。
侵略を始めた魔族に対抗するべく、強力な魔法が必要になったために生み出された魔法書のひとつだ。
でも本当は違う。
本来はそんな目的で作られていない。
元々は死を根絶する書、という意味を込め『死絶』の名を与えられていた。
死絶の書。
それは治癒魔法を集めるはずだった魔法書の成れの果てだ。
つまり後から弄られた部分を戻してやればいい。
たったそれだけで、与える効果は逆転する。
「――耀は絶えず、苦痛は絶える《"付与、――業火"》」
そっとミーリヤの額に触れる。
次の瞬間、今までが嘘のようにみるみる表情が和らいでいく。
事情を知らない者が見れば、寝ているようにしか見えないぐらいだ。
これでミーリヤもだいぶ楽になったはずだ。
痛みに関するものに至っては綺麗さっぱりなくなっているだろう。
昔は何度も使っていた魔法だ。
効果のほどは折り紙付きと言える。




