33. 問題児は不安になる
「戻ったぞー」
フレイヤと並んでキャンプ地に戻る。
が、準備をしていたであろう二人の様子が怪しい。
どうやらグッタリしているようだ。
「レイシスさんでしたか。お疲れ様です」
「だいぶ疲れてるみたいだが大丈夫か?」
「面目ないです。そんなに動いていない筈なんですがね……」
木に体を預けて座っているクレイはまだマシな方だ。
ジルに至っては横になって完全に黙り込んでいる。
「おい、本当に大丈夫なのか?」
「少し前から頭痛や気怠さが襲ってきまして。たぶん揃って風邪でも引いたんでしょう」
症状を聞く限りではたしかにそんな気もするが……。
でもふたり同時になんて、そんな偶然があり得るのか?
「よろしければ豊穣の書を使いましょうか?」
「すみません、お願いします……」
フレイヤがふたりに治癒魔法をかける様子を眺めていた時だ。
突然頭の中に声が流れて来る。
「"申し訳ありませんレイシス様。返信が遅れてしまいましたわ"」
俺はフレイヤに軽く目配せし、声が聞こえない距離まで歩くとアリシャに返す。
「"俺こそいきなり悪かったな。もう落ち着いたのか?"」
「"少々トラブルがありましたが、今はひとまず問題ありませんので"」
「"トラブル?"」
「"同じ班の方々が、どうも体調を崩してしまったみたいでして……"」
体調を崩した、か。
それもこっちとほぼ同じタイミングで。
――これは決して風邪なんかじゃない。
「"頭痛と気怠さ、あとは吐き気あたりか?"」
「"あら? よくお分かりになりましたね?"」
「"こっちも似たようなもんだからな"」
そう答えてこちらの状況を伝えると、彼女は驚いたように声を上げる。
俺としてはアリシャも心配だ。
「"お前は大丈夫なのか?"」
「"少し体が重いぐらいでしょうか。まぁそれは空気のせいですので……"」
空気、つまり魔力濃度の話。
今回の件もおそらくそれが原因だ。
簡単な話、ミーリヤの症状が大勢に出ているということだ。
しかしこちらも向こうも、突然前触れもなくという点が引っかかる。
これは早めに手を打った方が良いかもしれない。
「"そっちは全員動けそうなのか?"」
「"歩く分には問題ありません"」
どうやら向こうはまだ症状が軽いらしい。
「"最初に集合した場所、先生たちがいる所まで向かってくれ"」
「"それは構いませんが、レイシス様の方は……"」
アリシャの声が少し震える。
またあの日と同じことにならないか、心配でもしているのだろう。
それは流石に考えすぎだ。
「"大丈夫だ。俺たちも今からすぐ向かう"」
「"絶対ですよ? すぐですよ?"」
「"本当だって……"」
何度も念押しされ、その度に同じ答えを繰り返した俺は、やっとのことで通信を切る。
「俺のせいとはいえ、やっぱり前より悪化してるよな……?」
つい愚痴が漏れるがどうしようもない。
魔力の影響は受けてないはずなのに、なんか頭が痛くなってきたな。
俺はため息を吐きながら早歩きで戻る。
応急処置はもう終わったらしい。
「フレイヤ、二人の容態はどうだ?」
「解毒ではどうも治せないみたいでして……」
やはりダメだったか。
まあ魔力酔いは魔法でどうにか出来るものじゃない。
環境に慣れるか訓練するか。
あとは薬で誤魔化すくらい、だろうか。
どちらにしろ根本的な解決には至らない。
「クレイは歩けそうか?」
「僕は問題ありません」
「よし、じゃあ一旦先生たちのところに戻るぞ」
そう伝えると、俺はすぐさまジルのそばに向かい腰を下ろす。
「起きてるか?」
「一応はね……」
受け答えからしてすでに怪しい。
この様子だと歩くのは無理そうだな。
「悪いが触るぞ」
ひと言断りを入れ、ひょいっと彼女を背負う。
幸い暴れる気は無いらしい。
普通、知り合ったばかりの男に触られたら嫌がると思うんだが……。
いや、そんな余裕すらないのかもしれない。
まぁ暴れたところで無理やり押さえつける予定だったが。
「それじゃあ向かうぞ」
もう一度確認を取ると、俺たちは砂浜を目指して歩き始めた。
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道すがら考えていたことがある。
それはなぜこんな事になったのか、ということだ。
理由自体は空気のせいで間違いない。
さっき試しに《"地形探知"》を使ってみたが、魔力が濃すぎて探知が出来なかったからだ。
イデア大樹海や、シトリスの地下水路とまったく同じこの環境。
俺が考えていたのはその部分だ。
ここまで急激に空気が変わることはまずあり得ない。
未知の現象、あるいは魔物によるものか。
はたまた人間によるものか……。
そうこうして考えをまとめていると、俺たちは砂浜にたどり着いていた。
アリシャはもう着いているようだ。
それなりの人数が集まっているあたり、他の班でも体調不良者が出てしまっているのだろう。
俺はジルとクレイを教員に任せると、アリシャの元へ向かうべく歩き出す。
どうやらフレイヤもついてくるらしい。
一瞬彼女も預けるか悩んだのだが、今のところ元気そうだし問題はないだろう。
最悪、俺が対処すればいいだけの話だ。
「――あっ! レイシス様!」
「思っていたよりひどい状況だな」
ここから森まではそれなりに離れている。
だが空気中の魔力はいまだに濃い。
はっきり言って異常だ。
「お前も辛かったらすぐ休むんだぞ」
「いえ、わたくしは大分慣れてきましたので。それより……」
アリシャは言いながら俺のとなりを見る。
「フレイヤさんこそ、休んだ方がよろしいのではないですか?」
「わたしは全然大丈夫です」
「え……? 本当なのですか?」
訝し気な表情になるアリシャ。
彼女に視線を向けられ、俺は首を縦に振る。
「ですがそんなことは! まさか、レイシス様のように――」
「アリシャ」
静かに、だが強い口調で強引に遮る。
するとアリシャはハッとしたように目を見開く。
「――! 申し訳ありません」
「いや、まだ慣れてないだろうから仕方ない。でも今後は気を付けてくれよ?」
「了解しましたわ」
彼女はまだ潜入任務の経験が無い。
というかそもそも性格的に向いていない。
だから今みたいに、ついポロっと零しかけたのだろう。
「あの、おふたりは一体なんの話を……?」
「フレイヤが俺みたいなバカじゃないかって言いそうだったんだよ。バカは風邪をなんとやらってやつだ」
まあこれで誤魔化せるだろう。
と思ったのだが、なぜかアリシャが必死の形相で詰め寄ってくる。
「待ってください! わたくしがレイシス様に対し、そのような非礼な事を考えるなどまったく――」
俺はアリシャを睨みつける。
「――まったく考えない……事もないような、気がしま……す?」
そろそろ眉間を押さえそうだ。
というか、出来る事なら全部放って逃げ出したい。
そう考え途方に暮れかけていると、今度はフレイヤが身を乗り出してくる。
「レイシスさんが馬鹿だなんて、そんな酷い人じゃないです!」
「そ、その通りですわ! なにせレイシス様は本来――」
「アーリーシャー!」
「ひぅっ!?」
頼むからもう勘弁してくれ……。




