32. 問題児は散策する
臨海学校。
それは海を通して様々な事を体験し、集団生活を学ぶ学校行事のひとつである。
ではここで、いま目の前で起きている光景をもう一度確認してみよう。
「ジルさん、設営終わりましたー」
「おー! フレイヤ早いねー!」
木々の匂いが充満する森、そして焚火にテント。
おい、海要素はどこに行った。
この景色は完全にキャンプそのものである。
いやまぁ『交流』という点で見れば理にはかなっているが。
とはいえ事前に言っておいて欲しかった。
俺が遠目に眺めていると、作業していたクレイが歩み寄ってくる。
「レイシスさん、もし手が空いてましたら追加の木を集めて来てもらえますか?」
「へーい」
「あ、でしたらわたしも行きますよ?」
「俺ひとりで大丈夫だと思うぞ?」
「ここにいても、もう出来る事がありませんから……」
残った作業といえば、火おこしと昼食の準備くらいか。
たしかに生粋のお嬢様であるフレイヤが出来る気はしない。
「そんじゃいくか」
「はい!」
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木、といっても必要なのは焚火で使用する木だ。
そこらに生えている物では当然燃えない。
なぜなら水分が含まれているからだ。
地面に落ち、かつある程度の期間が経って乾いている物でなければならない。
「そういやいつまで森で過ごすんだ?」
「明日の朝までだそうです」
「となると必要なのは、今日一晩の分だけか」
厳密に言えば今夜寝るまでの分、あとは明日の朝に使う分が少しか。
寝ている間は火を消しても大丈夫だろう。
こうして生徒の自由にさせているわけだし、森の安全は保障されているはずだ。
つまりシフト制でキャンプ地を見張る必要はない。
「ついでに食えそうな物でも取っていくか?」
「あ、いいですね! みなさんも喜ぶと思います!」
食材に関しては砂浜で渡されていたが、どうせなら豪華な方がいい。
ざっと見た感じでも食べれそうな植物はかなりある。
加えてこういった環境であれば、美味い魔獣も生息しているはずだ。
焼肉パーティーなんか出来れば最高である。
俺たちは森を散策し、枯れ木を拾いながら目についた食材も集めていく。
「あ、このキノコおいしそうですね」
「ん?」
フレイヤが指さす先には茶色いキノコ。
何の変哲もない、至って普通の食用キノコだ。
が、それは見た目だけである。
「絶対食うなよ」
「え……?」
「ほらここ。よく見ると黒いシミがあるだろ?」
「根元のこれですか?」
俺はうなずく。
「普段食べる奴と似ているが、この部分で見分けられる。これはいわゆる毒キノコってやつだな」
そう伝えるや否や、フレイヤは伸ばしていた手をスっと引っ込める。
「別に触る分には大丈夫だ。ただ口に入れると……」
「口に入れると……?」
「最悪死ぬ」
というか多分死ぬ。
随分前の話だが、一口飲み込んだ瞬間意識が飛んだからな。
無意識に回帰の書を使った、あの時の自分を褒めてやりたい。
過去の自分に賞賛を送っていると、フレイヤのそばに生えている草が音を立てて揺れ始める。
「ん?」
飛び出して来たのは一匹の魔獣、ベリーラビット。
長い耳と白い毛並み、そして小柄な体躯が特徴の小動物だ。
加えて重要な特徴がもうひとつ……。
「フレイヤ! そいつを捕まえろ!」
「はい?」
突然のことに反応出来ないのか、彼女はきょとんとその場で固まっている。
アレはとにかく美味い。
やわらかい肉質と脂身に含まれる独特の甘さ。
どこを取っても非の打ちどころがない食材だ。
だがこのままでは取り逃してしまう。
それだけは絶対に許されない。
許してはならない。
「潺の書、第五章、第二節より引用――」
ベリーラビットはとにかく動きが早い。
狙い撃ちするのも一苦労の相手だ。
よって取るべき行動はただひとつ。
「――《"フロスト・ルート"》」
逃げる先ごと凍り付かせれば問題ない。
「あの、レイシスさん……」
「どうかしたか?」
氷に閉じ込められたベリーラビットに歩み寄りながら返事をする。
しかし今夜のおかずが一品増えたな。
臨海学校なんて面倒なだけの行事だと思っていたが、ここまで来た甲斐があったというものだ。
ただひとつ懸念事項を挙げるとすれば、調理出来る奴がいるのか、といったところか。
「あの、これどうするんですか……?」
最悪丸焼きで問題ないだろう。
ベリーラビットはそのままでも十分美味しい。
少々もったいない気はするが、食べられるだけありがたいというものだ。
「そうだな、持って帰ったら取り敢えずみんなに聞いてみて――」
「そうじゃなくてですね……」
「……ん?」
フレイヤは俺を見ながらベリーラビットを指さす。
というより辺り一帯を指さしているようだ。
俺からベリーラビットへ、扇状に凍結した地面。
絶対に逃がすまいと放った魔法である。
まぁつまりだ。
ちょっと広めにやり過ぎた。
「放っておけば勝手に溶ける」
「えぇ……」
今日はそれなりに熱いし、数時間もすれば地面は元通りだろう。
というかそうじゃないと困る。
「いいからさっさと戻ろうぜ。あいつらが待ってるはずだ」
とは言ったものの、早く退散したいだけだが。
「こんなことして怒られないですよね?」
「……問題ない」
「いま間がありませんでした?」
「気のせいだ」
そう適当に返すと、俺は凍り付いているベリーラビットを地面から引き剥がす。
焼肉パーティー、とまでは行かない大きさだが、まあいいだろう。
フレイヤはああ言っているが、誰にも見られていないのだから心配ない。
バレなきゃ怒られようがないのである。
「お前は考えすぎなんだよ。俺たち以外にはひとりも――」
言いかけて思わず振り返る。
「どうかしました?」
「いや、誰かあそこにいなかったか?」
「わたしは誰も見ていませんが……。ってまさか先生とかですか!?」
「かもしれんな」
「あわわ!」
慌てる様子の彼女を尻目に思考を巡らせる。
間違いない、たしかに人の気配を感じた。
だが少し妙だ。
姿の隠し方にあまりにも無駄がない。
つまり教員や生徒、というのはまず考えにくいだろう。
なら一体誰が俺たちを見ていたんだ?
「レイシスさん! 今すぐここから逃げましょう!」
「お、おう……」
物凄い勢いで腕を掴まれた俺は、引きずられるようにこの場を後にしていく。
「念のため伝えておくか……」
「なにか言いましたか?」
「いや、ただのひとりごとだ」
俺は彼女に気づかれないよう、こっそりアリシャに《"魔導通信"》を送る。
が、一向に繋がる気配がない。
あっちはあっちで忙しいのだろうか?
「ほら、はやく戻りましょう!」
「分かったから解放してくれ……」
仕方ない。
しばらくしたら、もう一度アリシャに連絡してみよう。
「走りますよ!」
「へーい」
ぱたぱたと駆けるフレイヤの後を追う。
しかしさっきの人間、一体何者だったのだろうか……。




