3. 異端の翼は迷い込む
昼食後の授業時間、校庭の木陰で横になっていた俺は目を開く。
もちろん寝ていたわけじゃない。
「探知魔法の使用痕跡は無し、と……」
手元の紙に30回目になる印を付けながら大きく息を吐く。
こうして毎日同じ時間、あらゆる探索系魔法の痕跡をチェックしている。
が、今日も確認は出来なかった。
そろそろ止めても良い頃合いだ。
ここまで反応がないなら、追手もいないと見ていい。
「そもそも追手だって来るのは命がけ、か」
初めてここ、亜人領に足を踏み入れた日を思い浮かべる。
人族領と亜人領を隔てるように存在する自然の城壁、イデア大樹海。
あの第八中隊とはいえ、あそこを超える準備までしていたとは思えない。
次にアイツに会うことがあれば、文句の一つでも言ってやろう。
まあ奴のおかげでこうして生き残れているわけだが……。
「いや、やっぱねーわ。運が悪かったら死んでたぞ」
あのままひとりで森を彷徨っていたら確実に死んでいた。
仮に生きていたとしても、フレイヤと会わなければ今もまだ森の中だっただろう。
やっぱアイツは一発殴らないと気が済まない。
しかしフレイヤか……。
これ以上妙なことに巻き込まれないことを祈るばかりだ。
俺はフレイヤ、そしてミーリヤと出会った際の出来事を振り返りながら、もう一度目を閉じる。
どうせ授業は始まっている時間だ。
今日はここで時間を潰そう。
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「――っ!」
激しい頭痛と倦怠感。
死体を売りさばく組織に潜入した時だったか。
薬物で仮死状態になった時、今と同じ状態になった覚えがある。
「あークソ、ベイルの野郎……」
完全に騙された。
おそらく最初から俺の死を偽装するつもりだったのだろう。
そうでもなければ一度気絶させてから薬を盛る、なんて面倒なことするはずがない。
しかもご丁寧に、アイツに切り飛ばされた右肩の止血までされている。
肝心の肩から先、つまり右腕はどこにも見当たらないが……。
「っと、着替えはあるのか。相変わらず几帳面なやつだな」
なんとか体を起こし、口に入っていた泥と一緒に愚痴を吐き出す。
そのまま適当な木に背中をあずけると、規則的に深呼吸して気持ちを整えた。
「現在地点は不明、装備は無し。残存魔力は任務直後ではあったものの問題無し――」
こういう時こそ冷静になるべきだ。
焦りはそのまま死に直結する。
「さてどうしたもんか……」
軍は俺が持つ異端書の存在を知っている。
上からの命令という話だったし、『死体は完全に焼き尽くせ』とでも指示されているはずだ。
「――あぁ、わざわざ腕を飛ばしたのはそういう事か」
俺の本体をどこかに隠して体の一部、つまり右腕は燃やして灰にする。
次に適当な死体で作った灰に混ぜる。
あとは出来上がった『灰』を持ち帰るだけだ。
魔力の少ない人間で作った物と混ぜれば、検査に掛けても俺の魔力反応しかでないはずだ。
我ながら気色の悪い案だと思うが、たしかに理にかなっている。
さすがベイルだ。
ひん曲がった第八中隊の一員なだけはある。
「ふぅ……」
もう一度深く息を吐く。
そろそろ問題ないはずだ。
ここまで落ち着けていれば、魔法も問題なく使える。
「《"地形探知"》」
俺は目を閉じて周辺の地形を調べる。
だが頭の中に浮かんできたのは、一面白で塗りつぶされた地図だった。
「ん? 《"広域探知"》」
さらに広い範囲を調べる。
またも塗りつぶされた白い地図。
魔法に失敗した、ということは考えにくい。
手ごたえは確かにある。
こういった不思議な現象が起こる原因は、俺が知る限り二つ存在する。
一つは魔術士による探知妨害だ。
だがそんなことをする奴など、この状況では俺を狙っている奴以外ありえない。
そして俺が魔法を使ったにもかかわらず、何かしてくる気配も見られない。
よってこの線は違う。
ということは、残りのもう一つになるわけだが……。
「あの野郎、とんでもない場所に俺を捨てやがったな」
もう一つの原因、それは周辺の空気中の魔力が濃い場合だ。
広域探知の範囲すら覆うほどの、そんな特異な場所などひとつしかない。
イデア大樹海。
つい最近まで領土を巡って争いまくった人族たちだが、そんな彼らですら亜人領に手を出せなかった理由がまさにここだ。
亜人領から見れば、この樹海は自然の城塞の役割を果たしている。
一切の探知系魔法が機能せず、危険な魔獣が数多く生息。
水や食料になる物も少ない。
そういった過酷な環境でありながら樹海は広大。
一度足を踏み入れれば一生彷徨い続けることになる、なんて言われているぐらいだ。
いくら俺を死んだ事にするためとはいえ、友人にする仕打ちとは思えんな。
まあもし俺がアイツ側なら、間違いなく同じことをするだろうが。
それだけここは危険であり、だからこそ安全であるということだ。
「《"地形探知"》、《"広域探知"》ともに発動自体には異常無し――」
目が覚めた直後の不快感も大分収まってきた。
探知魔法もしっかり使えている。
もう大丈夫だ、調子は完全に取り戻した。
「回帰の書、第二章――」
右肩からその先へ、本来存在するはずの物を思い描きながら詠唱を続ける。
「第五節より引用――《"自己回帰"》」
瞬間、体から溢れた光は腕の形を作り、中から俺の右腕が姿を現した。
右手を開いたり閉じたり、腕を振ったりしてみるが異常は無い。
衣服は肩から先が無いままだが、幸いここに着替えがある。
一応服も元に戻せるが、この状況では魔力の無駄にしかならない。
「手ぶらでイデア大樹海か。気が遠くなるようなキャンプだな……」
思わず愚痴がこぼれるが、このまま座っていても仕方がない。
まだ明るいうちに手ごろな寝床を作る必要がある。
そんなことを考えながら、俺はどこに向かっているのかも分からない樹海を突き進んで行った。
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「あークソ。ほんとクソ……」
空腹で動かない体を横に倒し、ひたすら文句を吐き続ける。
なんせ木の上だ。
さっきから吠えまくってる魔獣たちは登って来れないのだから、文句なんて言い放題だ。
では寝床はどうするか?
そもそも寝る余裕すらないのだから必要ない。
「グガァ!」
「ガウゥ……」
「ブーン――」
下から聞こえて来る鳴き声に混ざる羽音。
俺の二倍はあろうかというサイズの魔獣がゆっくり飛んでくる。
非常に不快極まりない。
「《"フロスト・シュート"》!」
飛ばした氷球が近づきつつあった魔獣に激突する。
やがて死骸は気色の悪い音とともに、吠え続ける魔獣たちのもとへ落ちていった。
またも何かが潰れる音。
俺はもう何度目か分からない、飛び散った肉片が触れた物を溶かしていく様を忌々し気に見下ろす。
たしかアシッドタイガーと言ったか。
皮膚の内側、つまり肉に触れた物はなんでも溶かすと話には聞いていたが……。
普通に戦っても面倒なくらい凶暴なうえ、倒したとしても厄介な置き土産を残していく。
そのうえメシにすらならないと来たものだ。
マジで存在価値ゼロだ。
しかもこれだ。
どんだけいるんだって言いたくなるくらいすぐ寄ってくる。
――まてよ、これはもしや名案では?
「潺の書、第五章、第四節より引用――」
これなら異端書じゃあるまいし、最悪誰かに見られてもなんとかなる。
「――《"ブラッド・ソリディクション"》」
潺の書に記載されている広域攻撃魔法のひとつ。
魔物にしか影響が無いため、大衆魔法としても押し通せるギリギリのラインだろう。
この魔法は作戦級に分類される軍用魔法に近い働きをする。
が、あくまで分類は大衆魔法だ。
誰がなんと言おうと、この魔法は大衆魔法だ。
「さて、取り敢えず朝まで寝るか」
俺は静かになった森でゆっくり目を閉じる。
今までの疲労のおかげですぐ寝れそうだ。
警戒する必要はしばらくない。
俺を中心とした村ひとつ分の範囲。
そこにいる魔物は例外なく、血液を凍結させて死んだからだ。