27. 問題児は酸欠になる
アリシャは第零魔法試験小隊に所属する軍人のひとりだ。
いや、『所属していた』の方が正しいか。
もう小隊は存在しないのだから。
とはいえ小隊の有無はそこまで重要じゃない。
俺にとって第零は、彼女たちと過ごす場所のひとつでしかなかったのだから。
俺は放課後までの間、アリシャとの接触は一切しなかった。
本当なら今すぐにでも話したかったのだが……。
お互いの現状が全く分からない以上、顔見知りであるという事は伏せておくべきだろう。
向こうからも話しかけてこない辺り、多分あっちも同じ考えのはずだ。
「レイシスさん、なんか今日は変でしたね?」
「あ、やっぱりフレイヤもそう思う?」
「別に普通だったと思うが……」
ふたりして疑惑のまなざしを向けてくるが心外だ。
なにかミスをした覚えはない。
むしろアリシャが来たことで普段よりも気を配っていたくらいだ。
「いつものロズウィリアは違うのか?」
「ええ、そうね」
授業にはちゃんと出たし居眠りだってしていない。
つまり目立たないよう動いていたわけだ。
まぁ今朝ミーリヤに言われたのも少しあるが。
「今日のレイシスさんは真面目だったんです。こんなのレイシスさんじゃありません」
……ん?
「そうなのよ。問題もちゃんと正解してたし、やっぱり今日のレイはおかしいわ」
待て待て、そんな理由で俺は疑われていたのか?
「貴様という男は本当に……」
「おい、なんだその目は」
ライエンにまで呆れられるのはなんかムカつくな。
まぁ今日はそんな事どうでもいい。
ずっと待ちわびていた放課後、自由な時間なんだ。
「とにかく俺はもう帰るぞ。久しぶりに授業に出たから疲れたわ」
「いや、その理由はどうなのよ……」
「あはは……」
残りのふたりにまで呆れられたが無視に決まっている。
俺は適当に荷物をまとめ、さっさと廊下に出ると口を開く。
「"図書室で待っている"」
あの日、あの場所で最後に使った、あのチャンネルだ。
返答は帰って来ないがちゃんと繋がっている。
多分新しく出来た友達と話でもしているのだろう。
放課後の図書室は閉まっているため、途中で誰かが来る心配もない。
仮にいたとしてもルカぐらいだ。
そもそもあそこの鍵を持っているのは図書委員に教師、あとはルカと俺だけだ。
もちろん俺の鍵はルカが複製した物であり、ルカの鍵は勝手に複製された物だ。
アリシャと最後に顔を合わせたのは一ヶ月と少し前か。
まだそこまで経っていないというのに、とても長かったような気がする。
とにかく彼女が生きていてくれて本当に良かった。
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図書室で待っていた俺は音がした方、ドアへと視線を向ける。
彼女が入って来た瞬間、俺の頬が思わず緩む。
「久しぶりだな、アリシャ」
「レイシス様!」
彼女は俺を見つけるや否や、全速力でこちらに向かい走って来る。
そう、"全速力"である。
駆け足なんていう可愛らしいもんじゃない。
「オェッ――!」
肺から空気が無理やり押し出される。
そりゃ全体重を乗せられたのだから誰でもこうなる。
不幸中の幸い、というべきか。
衝撃自体は彼女が持つ大きな胸のおかげで吸収されたらしい。
もしこれがノーラやフィリアのように平らだったらと思うと……。
いや、それはそれで別の意味で恐ろしいな。
もし口を滑らせでもしたら戦争が起こる。
「ずっと探しておりました……!」
アリシャは俺に抱き着きながら見上げてきたかと思えば、今度は胸に顔をうずめながら頭を振り始める。
それはもうグリグリと頭を押し付けながらである。
正直言うとちょっと息苦しい。
それからどれぐらい経っただろうか。
しばらくアリシャの好きにさせていると、綺麗にまとめられた髪がどんどん目の前で崩れていく。
「ったく、少し落ち着け……」
俺は強引に彼女を押さえつけ、もう完全にほどけてしまっていた髪をもう一度結びなおす。
今日のアリシャはやたらと耳が動いている。
というより暴れている、の方が正しいかもしれない。
そのせいでいつもより若干やり辛い。
たしかハーフアップやら、お嬢様結びと言ったか。
前に王女殿下が熱弁していた気がするがもう覚えていない。
ん? そういえばアリシャはどうやって髪を?
「お前、誰に結んでもらったんだ?」
「わたくしが自分でやりましたの」
「え、本当か? よくひとりで出来たな……」
「今日この日のために、わたくし何度も練習しましたのよ!」
彼女は誇らしげに胸を張りながら俺を見つめて来る。
そのせいで俺の肺はさらに圧迫され、またも空気が押し出されていく。
ここまで来ると酸欠にも少し慣れて来たな。
しかしもう俺が結んでやる必要は無いのか。
前の彼女から考えればかなりの進歩だ。
この調子でひとり立ちしてくれればいいんだが。
「もうレイシス様から離れませんわ!」
言いながらまたも力を込めて抱き着いてくる。
これはまだまだ掛かりそうだ……。
まぁそれはさておき、だ。
もうそろそろ本題に入るべきだろう。
「一体なぜこんな場所に?」
アリシャが亜人領に来ている事も驚きだが、そもそもどうやって転入したのだろうか?
魔法の能力に関しては当然考えるまでも無い。
気になるのは身分や身元などだ。
シトリス魔法学院は通う生徒の質がとにかく高い。
魔術師を目指す優秀な人間、そして貴族。
つまりここに入るためには何かしらの"質"が要求される。
たとえば俺の場合だと、フレイヤたちの客人であるといった物が挙げられるだろう。
あとは最低限の魔術士ランクか。
もちろん魔法の才能だけで入学している人間もいる。
だがアリシャはその手は使っていない。
右腕に付けられたブレスレットがその証拠だ。
彼女もまた、俺と同じように魔術士としての実力を誤魔化している。
「今すぐにでもお話したいのですが、ここではちょっと……」
「ふむ、たしかにそうだな。……よし、場所を変えよう」
この話は俺たちの正体に大きく関わる話だ。
聞かれたら当然マズイし、たしかにこの場所はあまり良くないだろう。
「ですが安心できる場所などあるのですか?」
「もちろんだ。俺に任せておけ」
幸い今日はテルラがいない。
メイドにも定休日があるらしく、彼女は明日まで家で過ごしているというわけだ。
もちろん女性であるアリシャを正面から連れて行くのは無理だ。
男子寮と女子寮の区分けはとにかく厳しい。
寮の入口には24時間体制で、いつも見張りが立っているほどである。
だがそれは本来の話であり、俺たちであれば気にする必要はない。
目視による見張りなど、ささっと窓から入ればいいだけの話だ。




