25. 問題児が帰った頃 2
「お飲み物はどうされますか?」
「いえ、自分は大丈夫です」
セレーナの自宅……というよりは自邸か。
ここに来てからというものの、肩に力が入りっぱなしだ。
なにせ相手はあの『翼』だ。
いや、つい忘れてしまいそうになるが、それを抜きにしても階級差は歴然としている。
緊張してしまうのも無理はないだろう。
そういえば人の家にお邪魔するなど、いつ以来だろうか?
「お互い忙しい身ですし、そろそろ始めましょうか」
「お願いします」
『じっくり話したい』などと言われて招待された訳だが、内容についてはおおかた予想がついている。
レイ、もしくは第零魔法試験小隊の件に関してだろう。
「そうですね、どこからお話したものか……」
彼女は顎に手を当て、黒い長髪を揺らしながら考える素振りを見せる。
「レイシスの遺体……厳密に言えば遺灰でしょうか。検査を請け負ったのはわたしなのです」
動揺は決して表に出さない。
開口一番でこの話題。
レイの死の偽装、気づかれる可能性はゼロに等しいけれど……。
「そうだったのですか。結果については報告書で拝見しております」
「えぇ、測定できた魔力はレイシスの物で間違いありませんでした」
上手く混ぜ合わせた灰を持ち帰ったのだから当たり前だ。
事前に何度も実験を繰り返した手法だ。
レイ以外の魔力が測定されることはあり得ない。
「しかし測定に問題が無かったのでしたら、他に何か気になる点でもあったのですか?」
「問題しかないのです」
セレーナは強く断言する。
いくら彼女でも真実を知り得るはずがない。
灰になるまで燃やし尽くした死体の特定を行う方法はひとつだ。
魔力の検査。
それ以外は存在しない。
「その問題とはなんでしょうか?」
なにも知らない風を装って質問する。
「レイシスの魔力を測定できた事。それ自体が問題と言えるでしょう」
「はい……?」
思わず声が漏れる。
彼女の言っている意味がよく分からない。
「実は昔、興味本位で彼の魔力をこっそり測ってみたことがあるのです」
「『こっそり』、ですか」
はたしてどうやったのかは分からないが明らかなマナー違反だ。
それも一部の国では重罪になり得るほどの物である。
「あの時はちょっとしたイタズラのつもりだったんです。今では激しく後悔していますが……」
彼女は顔を伏せると目を瞑る。
「それで結果ですが、どうなったと思いますか?」
「彼からはSランク魔術士であると聞いています」
そう返してもセレーナは目を瞑ったままだ。
時折口が動きそうになっているあたり、話していいのか悩んでいるようにも見受けられる。
しばらく静かに待っていると、とうとう彼女は口を開いた。
「レイシスの魔力を測った結果、なにも出て来ませんでした」
「出てこない……?」
そんな事はあり得ない。
仮に測定出来なかったとしてもだ。
魔術士としての位が分からないのに、どうやって軍に入ったというのか。
魔力が無いと判断され、書類落ちさせられるのは目に見えている。
「正確に言えば保有魔法書などは出て来ました。ただ同じものが複数あったり、羊皮紙の表示がおかしくなったり……」
「明らかに正常ではない、そういう事でしょうか」
「えぇ……」
彼女の言うことが事実ならば、たしかに今回レイの魔力が正しく測定出来てしまったのは問題だ。
でもそれなら軍に保存されているレイのデータは一体なんだ?
今回測定した魔力と一致したのは何故……?
完全に想定外のトラブルだ。
こんなこと、予測できるわけないじゃないか……。
しかしどうして、彼女は『遺灰はレイの物である』と結論付けた報告書を上げたのだろうか?
「ベイル少尉にお聞きしたいのですが、あなたはレイシスと最後に顔を合わせたんですよね?」
「そう、ですね……」
「彼は今どこにいるのですか?」
まるでレイが生きている前提の聞き方だ。
いや違う。
あの目は期待している目だ。
でも……。
「どうか本当のことを教えてください。ここであれば盗聴の心配もありませんから」
だからわざわざ僕を呼んだのか。
油断させるため、なんてことは考えられない。
もし彼女が敵であったのなら、レイの遺灰が偽物だと分かった時点でとっくに殺されている。
僕の口から聞き出すなんて面倒なことをするわけがない。
というより穢魂の書でも使って記憶を引き抜いたほうがよっぽど早い。
それに今の彼女の表情は不安で埋め尽くされている。
レイの事が心配でたまらない、といった顔だ。
決して作り物なんかじゃない。
これでも第八中隊を束ねて来たのだ。
人の感情には人一倍敏感な自信がある。
潺の翼、セレーナ・アイオライトは信頼できる人間だ。
「分かりました。僕が持っている情報を全てお話します」
それから僕はレイについて知っている事を全部話した。
作戦時の事はもちろん、これまでに行った手がかりの偽装工作や書類の偽造に至るまで。
あらゆる情報を彼女に伝えた。
「……以上です」
今さらだけど、これで彼女が敵だったらお笑いだ。
とはいえ今レイがどこにいるのかまでは僕も分からない。
あれから一ヶ月以上経っているのだ。
彼であればとっくに地盤を築いている頃だろう。
この時点で僕の勝ちと言える。
が、僕の懸念は稀有だった。
彼女の顔を見れば明白だ。
「彼はまだ生きているのですね……!」
「イデア大樹海を無事抜けていれば、ではありますが」
「その程度であれば問題ないでしょう」
彼女は特に気に留める様子もなく、安心した顔をしている。
「レイシスの行先が亜人領なのも幸運でした。今すぐにでも彼女を向かわせましょう」
「彼女?」
増援ということだろうか?
「えぇ、これで一先ず安心できそうです」
今のセレーナからは不安がまったく感じられない。
まるで心配していた表情は嘘だったのかと、勘違いしてしまいそうになるほどだ。
「心配ではないのですか?」
レイがどれほどの魔術士なのかは分からない。
でもあのイデア大樹海に放置してきたのだ。
さっき彼女に話したように、仕方なかったとはいえ利き腕も失っている。
普通に考えれば絶望的な状況だ。
だというのに、彼女は笑顔のまま首を横に振っている。
この自信は何なのだろうか?
レイとは一体、何なのだろうか?
「あなたは秘密を話してくれましたので、ここはわたしからも一つ……」
セレーナは僕から視線を外すと、窓から見える景色を眺めながら続ける。
「レイシスは一部の人間から、なんと呼ばれているか知っていますか?」
僕はなにも知らない。
初めてレイと出会ったのはまだ訓練生だった頃だ。
これだけ付き合いが長いというのに、彼のことがもう分からない。
「いえ……」
彼女は手元にあった紅茶を傾けて喉を潤し、ティーカップを置くと口を開く。
「――『異端の翼』」
再び視線を戻して来たセレーナと目が合う。
「それが彼、レイシス・ロズウィリア少佐に与えられた称号です」




