2. 問題児は目を付けられる
「……て……っと!」
なにやら耳元でささやかれている気がする。
が、無視を決め込んで寝続ける。
今日もまだ寝足りないんだ。
「おき……い!」
寝ると決めたのだから、俺は絶対に寝――。
瞬間、頭上のあたりに殺意を感じ、反射的に体が動いた。
「――うぉお!?」
目を思いっきり見開く。
どうやら俺の右腕は極太の教科書を受け止めていたらしい。
赤い髪……。
しまった、ちゃんと時間割を見ておくべきだった。
「クソ、また受け止めやがったか」
「そりゃこんなもんで殴られかけたら、普通誰でも防ぎますよね!?」
アンタみたいな頑丈な種族なら気にしないだろうが、こっちはか弱い人族なんだぞ。
というか受け止めるたびに思うが、ドワーフとはいえ本当に女なのか?
腕の骨から、軋んだ音が聞こえたのは気のせいじゃないはずだ。
「『普通』ならそもそも居眠りなんかしないと思うが?」
「そうですか? 俺が通ってた学校だと寝てる奴、割と多かったですよ?」
「はぁ……」
そんな露骨にため息を見せられても、俺にはどうすることもできない。
眠けりゃ誰でも意識が飛ぶ。
当たり前の話だ。
「まぁいい。次は確実に当てるから覚悟しとけ」
彼女は心底楽しそうにニヤつくと、そそくさと教壇へ戻って行った。
生徒をいじめて楽しんでいる辺り、性格が歪み切っているとしか思えない。
俺はふと左右からの視線に気づく。
ミーリヤとフレイヤだ。
「もう、せっかく見つかる前に声掛けてあげたのに……」
「私だって起こそうとしましたよ?」
「なんだ、あの囁き声は夢じゃなかったのか」
彼女達は綺麗な金髪とは対照的に、そろって暗い表情になっていた。
おいそこの男子、なんでお前まで睨んでくるんだ。関係ないだろ。
俺が負けじと睨み返していると、ミーリヤがジト目で覗き込んで来た。
「ベレール先生に目を付けられて、よく平気でいられるよね」
「は? 平気なわけないだろ。あんなのに本気でぶん殴られたら、人族の俺じゃ頭ごと持っていかれるわ」
誤解されても困るので間髪入れず訂正する。
すると今度は、フレイヤが視界に割り込んで来た。
「先生が手加減してるってことには気づいてたんですか?」
「まぁ考えたくはないがな」
思い返すだけで背筋が凍りそうだ。
手加減されているにもかかわらず腕が悲鳴を上げるのだから、本気を出されたらたまったものじゃないだろう。
彼女は魔術士なんかやめて、大槌でも握っていた方がよっぽどお似合いだ。
ん? なんか睨まれてんな。
「居眠りの次はおしゃべりか……」
彼女が握っている教科書にヒビが入る。
――いや待て、ヒビが入るってなんだ?
彼女の前に座っている女子生徒が震えているが、それは俺も同じ気持ちだ。
めっちゃ怖い、すげえ怖い。
なんだあの化け物。
しかし俺にだって正当な主張がある。
居眠りは言い訳のしようがないが、最初に話しかけてきたのは俺じゃない。
「先生、最初に話しかけてきたのはミーリヤとフレイヤです」
「黙れ。そもそもフレイヤ様に頼まれていなければ、お前なんぞとっくに殺している」
「えぇ……」
思わず困惑が口から漏れた。
いやだって教員が生徒を殺すとか普通言う?
てか頼んでくれたのってフレイヤだけだったの?
俺はミーリヤを見る。
が、速攻で目を逸らされた。
次に縋るように反対側へ顔を向ける。
フレイヤは苦笑いしているが、しっかり目を合わせてくれた。
やはり俺が信じられるのは彼女だけだ。
「どうもお暇なようだが、当然この問題は解けるんだろうな? あぁ?」
あーほら、先生がそんな威圧するから生徒たち縮こまちゃってるじゃん。
というか『この問題』なんてどの問題なのか分かるわけがない。
寝ていたんだから当然だ。
「えーっと、どの問題でしたっけ?」
「そんなの教えるわけ……いや、まあその位は言ってやるか」
泣き出しかけた、あの女生徒には感謝の言葉しかない。
彼女が嗚咽を漏らしてくれなければ、先生が考え直すようなことはしなかっただろう。
「で、肝心の問題だが代表的な魔法書の話だ。あ、もちろん教科書は使うなよ」
ベレールは言いながらその場で軽く手を振る。
同時に閉じる俺の教科書。
一瞬無詠唱で魔法を使ったのかと思ったが、魔力の波はまったく見えない。
目を疑う光景だが、どう考えても風圧だけでやったということになる。
人族たちが増長して亜人にケンカ売らなくてよかった。
いやほんとに。
「えーっと烈火の書、潺の書、豊穣の書――」
俺は淀みなく、スラスラと魔法書を答えていく。
「――それから疾風の書です。あとは白の書と黒の書ですかね」
「さすがに一般常識は知っていたか。非常に残念だ」
「おい教師、残念ってなんだ」
思わずツッコミを入れてしまった。
一体なにが残念なんだ。
だが彼女は構うことなく質問を続けてくる。
「で、他に知ってる魔法書はあるか?」
何気なく聞いて来たのは他の魔法書。
俺は顔には出さなかったものの、話しても構わない内容を冷静に選んでいた。
絶対に間違えてはいけない。
「えーっと、破戒の書……ですかね?」
「それで終わりか?」
「あとは……。あぁそうだ、穢魂の書だ」
こんなところだろう。
比較的有名どころを選んだし、多分大丈夫だ。
「……まぁ良いだろう。それなりに勉強はしているようだな」
人族領の戦争で目立った物を選んでみたが、やはり問題なかったようだ。
ここまで来て逃走からの退学なんてしたくない。
俺から視線を外したベレールだが、今度は全体に向けて言葉を放った。
「とまあ六つの基本魔法書はさっき説明した通りだが、そこのバカが答えた教科書に載ってない奴が異端書だ」
彼女は生徒たちの注意を引くように「パン!」っと大きく手を叩く。
「いいか? 新たな魔法書が作られなくなってから何百年も経つわけだが、保有が認められているのは基本魔法書だけだぞ!」
彼女はさらに授業を進めようとするが、一人の女生徒がおもむろに手を上げる。
「ベレール先生、異端書も魔法書と同じようにスクロール型なんですか?」
「その通りだ。つまり適性とキャパシティさえあれば誰でも保有できてしまう。まぁその適性がある奴自体、非常に稀ではあるんだがな」
彼女の言うように異端書といえど、本質的には普及している魔法書と何ら変わらない。
つまり適性さえあれば、あとはスクロールを消費するだけで魔法が手に入ってしまう。
だからこそ各国ともあり得ないぐらい厳重に管理・秘匿しているわけだ。
俺がドラグシア……つまり祖国の王宮にある地底書庫の警備を思い浮かべていると、ベレールが急に真面目な表情になる。
彼女は一呼吸置くと、言い聞かせる様に、生徒たち一人ひとりの目を見ながら切り出し始めた。
「いないと思うが、異端書を保有しようなんて馬鹿な考えは起こすなよ。まぁ調べたところで手に入るわけ無いが……とくにそこのバカ、分かっているだろうな?」
そう言って睨んでくる彼女の目は至って真剣だった。
まさか成績最下位の俺を本気で怪しんでいるのか?
だとしたらとんでもない洞察力だ。
「先生は俺に魔法の素質があると思いますか?」
「自信満々に言うのはやめようよ……」
ミーリヤがなにか言っているが無視する。
見てみろあの先生の満面の笑みを。
あんなに機嫌が良さそうなの、初めてみたぞ。
いや待て、なんで嬉しそうなんだ。
「言われてみればそうだな。魔法の才能があるバカが一番厄介だが、お前は才能のないバカで安心したよ」
なぁ、こいつ本当に生徒を教え導く存在か?
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「あーだりぃ。帰りてー」
あまりの退屈さにパンを食べながら愚痴をこぼしていると、向かいに座るミーリヤが呆れ果てた表情で俺を見てきた。
「学校に行きたいって言い出したのはレイなのに……」
「それはフレイヤが……まぁいい。てか学校がこんな退屈な場所だなんて聞いてないぞ」
「でもここでしか学べない事は多いと思いますよ?」
俺はもう一度ため息をつきながらパンを口に放り込む。
確かにフレイヤのいう通り、思っていたよりも授業のレベルは高い。
が、それでもめんどくさいことには変わりない。
それに身分の高い家の人間が多いせいか、真面目なやつがとにかく多い。
そのせいで学校全体としてもややお堅い印象がある。
ただの平民の俺には居心地が悪い。
なにも軍隊じゃあるまいし、もっとみんな楽にすればいいのにな。
まぁ貴族のことだ。
親からしたら学校も政治の道具って認識なのだろうが……。
「っと、残りはふたりで分けてくれ」
俺は手を付けずに残してあった野菜を前に押し出す。
そろそろどっかに隠れないと、次の授業に遅れてしまう。
もしそうなれば教師に捕まってサボることが出来なくなる。
それだけは絶対に避けなければならない。
「ちょっとレイ、また野菜残して押し付けようとしてるでしょ」
「そうですよレイシスさん。ちゃんと食べないと成長できませんよ?」
姉妹そろって王女殿下と同じこと言いやがって。
お前らアレか? 俺の母親かなにかか?
いやまぁアイツは母親じゃなくて王女だが。
「いいんだよ俺は。お前らこそ栄養とれ、栄養を」
「私たちはちゃんと取ってますー」
ミーリヤはドヤ顔で主張しながら大きく胸を張る。
うん、たしかに大きいな。
それも特大だ。栄養満点だ。
だがそれはフレイヤも同じだろう。
いや、もしかしたら彼女の方が栄養が行っているかもしれない。
あ、フレイヤと目が合った。
「あ、あの……」
彼女は恥ずかしがるように両手で胸を隠す。
そんな妹の様子を不思議そうに見ていたミーリヤだったが、しばらくすると彼女は突然怒りだした。
「――っどこ見てんのよ!」
やっと俺の考えにに気づいたらしい。
ミーリヤは右腕で殴りかかってくる。
が、俺は難なくかわすとそのまま席を立った。
「てことでじゃあな」
そう言い残した俺は、校庭へと向かうべく教室を後にした。
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レイシスが去った後、ミーリヤは残された野菜を食べながら文句を吐いていた。
「あーもう! なんでレイはいっつもあーなのかなぁ!」
彼女は怒りを口にしながら、けれども決して下品さは感じさせない所作で野菜を口に入れて行く。
「まあまあ。あの人のことですし、何かあるんじゃないですか?」
「具体的には?」
「それは……えーっと……」
フレイヤはレイシスを庇おうとしたものの、まったく答えられず言葉を詰まらせる。
「そもそもレイってなんであんな適当なの? 会った時はもっとちゃんとしてなかった?」
「『ちゃんと』かは怪しいですが、今とは雰囲気が違いましたね。なんというか、凄く尖っていたと言いますか……」
「やっぱりそうよね? 私も初めて見た時は少し怖かったくらいだもの」
ふたりは初めて出会った時のレイシスの姿を思い浮かべる。
だが先ほどまで顔を合わせていた人物とは似ても似つかず、揃って首をかしげた。
「実は似ているだけの別人とか」
「でもあの時のレイシスさんと同じくらい、今もかっこいいですよ?」
「確か……いやそれは意味わかんないけど!?」
一瞬同意しかけながらもツッコミを入れるミーリヤ。
結局ふたりは次の授業が始まるまで、レイシスのことで悩み続けるハメとなった。
次話より物語の本編です。
裏切られた直後の主人公が、魔法を使って活躍していくお話となります。
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