18. 問題児は付き合わされる
「レイ、明日って――」
「いやー忙しいっすわ」
「ちょっと、私まだ言い切っていないんだけど」
「どうせ流れ的に『明日って暇?』とかだろ。断る」
三人で学校から帰る途中。
こうしてミーリヤから予定を聞かれるのは珍しい。
とはいえ本当に忙しいのだ。
噂の件といい、アイツらの件といい、最近はとにかくやることが山積みである。
休日のような纏まった時間は貴重だ。
「レイシスさんでも忙しい時ってあるんですね?」
フレイヤが意外そうに顔を覗き込んでくる。
日頃の行いが悪いのは理解しているが、流石の俺でも傷つくぞ。
「まぁそういうことだから、明日は予定空けときなさいよ」
お前は俺の話を聞いていたのか?
なんで今日はそんな強引なんだ。
いや、よくよく考えてみればいつもの事か。
「もし明日付き合ってくれなかったら、レイの学費の支払いを止めるからね」
「クッソ暇だわー。暇すぎて死にそうだわー」
この世は金が全てだ。
ならば付き従うのが道理というものだろう。
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時刻はお昼時。
待ち合わせ場所の噴水に向かうと、すでに待っているミーリヤが視界に映る。
時間通りに来たはずなのだが……。
「相変わらず真面目だな」
「ちゃんと来たのね。おはよう」
今日の彼女は水色を基調とした、チュニックとロングスカートの服装だ。
しばらく制服しか見ていなかったせいだろうか。
久しぶりの私服は新鮮だ。
ちなみに俺はというと、初めてシトリスに訪れたときの服装そのままである。
紛うことなき平民スタイルだ。
「で、なんで今日は俺を呼びだしたんだ?」
「取り敢えずお店を予約してあるから、歩きながら話しましょう?」
「ほいよ」
歩いていく彼女に合わせて横に並ぶ。
はたから見たら奇妙な光景だろうな。
美麗な貴族と平民が、肩を並べて歩いている様にしか見えない。
というかさっきからメチャクチャ見られてるしな。
もちろん俺じゃなくてミーリヤが、である。
そんなどうでもいい事を考えていると、唐突にミーリヤが口を開く。
「誰かと一緒に居たかったのよ」
「いつもフレイヤと一緒なんだろ?」
彼女たちの部屋はとなり同士らしいのだが、何故かふたりはフレイヤの部屋で過ごしている。
ミーリヤの部屋はほとんど物置きに近い状態だそうだ。
「フレイヤは先生に呼び出されたみたいで今日は居ないのよ」
「呼び出された? なんかやらかしたのか?」
「『試験の結果が良くなかった』って先生に言われたらしいの」
直近の試験というと『異端書基礎』のはずだ。
だが内容は別に難しくなかった。
フレイヤが解けなかったとは到底思えないが……。
一応テルラに頼んでおくか。
俺はこっそり彼女に連絡を入れると、迎えに行ってもらえないかお願いしてみる。
すると間髪入れず肯定が帰ってくる。
フレイヤの帰る時間が分からないため、長丁場になることは伝えたんだが……。
待てよ、そういえばメイドが居るじゃないか。
「フレイヤの事は分かったが、部屋には使用人が居るだろ。そいつじゃダメだったのか?」
「普通はいないわよ」
「……ん?」
なら俺の部屋のアレはなんだ、アレは。
「入寮する際に追加で頼めばメイドを手配してくれるのよ。レイには必要かと思って付けておいたの」
いわゆるオプションってやつか。
費用はもう聞かんぞ。
聞いても後悔するのは容易に想像できる。
「てか俺ってそこまで信頼されていないのか」
「じゃあ聞くけど、レイはひとりで身の回りの事をこなせるの?」
「そりゃもう――」
……そういえば全部、アリシャがやってたな。
「出来る可能性は大いにある」
「はいはい、ダメってことね……」
なんだその全てを理解したと言わんばかりの表情は。
文句のひとつでも言ってやろうと思ったのだが、横を歩いていたミーリヤの足が不意に止まる。
「ここね、着いたわよ」
「ふむ……」
喫茶店だな。
ただまぁ、何というかアレだ。
名家のお嬢様たちが『おほほほほー!』とかやってそうな雰囲気だ。
「もっと適当な所は無かったのか」
「わざわざ付き合わせたのに、そんな場所選べるわけないでしょ?」
「そうすか……」
彼女が気負っている様子はまったくない。
さも当然といった感じだ。
俺とは住んでいる世界が違いすぎる。
彼女の背中に続いて俺も入ると、受付と思わしきウェイターが頭をさげてくる。
「お待ちしておりました、ミーリヤ様」
名簿のような物を確認した様子はない。
これがいわゆる顔パス、というやつだろうか。
一体ここはどんな店なんだ。
「予約していたはずなのだけれど、大丈夫そうかしら?」
「勿論で御座います。直ぐにでもご案内いたしますが……」
ウェイターは俺に視線を向けてくる。
「気にしないで。彼は私の友人だから」
「失礼致しました。ではお席にご案内させていただきます」
やがて俺たちは、案内された席で向かい合って腰かける。
ちなみにウェイターは表情を変えなかったが、離れていく際にチラリと俺を見ていた。
まぁ言いたいことは分かる。
誰が見ても俺とミーリヤは釣り合ってないからな。
「さて、ランチにしましょうか」
彼女はメニューを開きながら聞いてくる。
屋敷の時は適当に振舞ったが、ここでアレをやるのは流石に無理だな。
あんな事をすればミーリヤに恥をかかせることになる。
「じゃあ俺は――」
選ぼうとして思わず言葉が詰まる。
よく見たらこのメニュー表、値段が書かれていない。
「なぁミーリヤよ。これは果たしていくらなのだろうか」
「そんなの私が払うから気にしないでいいわよ……。というかあなたが払っても、それって結局私のお金じゃない」
「確かに」
彼女の言う通りだ。
なんせ今の俺には収入が全くない。
当然手持ちなどなく、ドラグシアじゃないのだから貯金も引き出せるわけがない。
つまり無一文である。
では今までどうやって過ごしていたのかと言われれば、全て彼女から渡される『お小遣い』のおかげだ。
厳密に言えば彼女の家からだが、そんなことはどうでもいい。
今の俺は完全にヒモ男、ダメ男である。
このまま粘っても仕方ないし、もう諦めて選ぶしかないだろう。
まさか水だけで乗り切るわけにもいくまい。
「コーヒーとサンドイッチで頼む」
「分かったわ。私は……」
ミーリヤがメニューとにらめっこをしている間、やることも無いため店内を見回す。
もちろん誰にも気づかれないようにだが。
こんな場所で首をぐるぐる回していればどう考えても浮くだろう。
まず目につくのは客層だ。
どこを見ても貴族やデート中と思わしき、それも裕福そうな人間しかいない。
それに入った時から気になっていたのだが、店内は驚くほど静かだ。
といっても話し声などは聞こえて来るし、談笑している席も少なくない。
俺が言いたいのは喧騒が聞こえて来ないということだ。
騒がしい大通り沿いにも関わらずである。
おそらく疾風の書を利用しているのだろう。
たしか第五章の中に、周囲の音を書き消す広域魔法があったはずだ。
そんなもの使う機会が無いためうろ覚えだが。
しばらく待って注文が届くと、俺はミーリヤと軽い会話を交わしながら食事を進めていく。
テーブルマナーは下級貴族に合わせたし、これなら彼女に恥をかかせることも無いだろう。
そうやって過ごしていると、店内に子連れの家族が入ってくる。
女の子は何か嬉しい事でもあったのか、とてもはしゃいでいる様子だ。
だが耳障りではない。
むしろ微笑ましいぐらいだ。
変な表現だが『上品に騒がしい』という言葉がしっくり来る。
彼らは席に着くと早々に注文を済ませる。
かと思えば、今度は親が大きめの包みを取り出し、笑顔でそれを子供に手渡し始める。
「あの子、今日が五歳の誕生日なのね」
「ん? ……あぁ、あれ魔法書のスクロールか」
彼女の言う通り、女の子が開けた包みの中から顔を出したのはスクロールだ。
「懐かしいわね。わたしとフレイヤも昔はあんな風に喜んだっけか」
女の子が触れたスクロールは光の粒子となり、ゆっくりと体に吸い込まれていく。
あの喜び方を見るかぎり、魔法書を保有するのは今回が初めてなのだろう。
「レイの時はどうだったの?」
「さぁな、そんな前の事なんてもう覚えてねーよ」
「えぇ……。最初に覚えた魔法書なんて忘れるわけないと思うんだけど……」
そりゃそうだ。
魔法書を手に入れるのは、誰だって大喜びする一大イベントだからな。
「じゃあミーリヤは覚えてるって言うのか?」
「当然よ。わたしは黒の書だったわ。……レイは本当に覚えてないの?」
――覚えているに決まってるだろ。
忘れようとしても、忘れたくても、ずっと頭の中に染み付いている。
これでは呪いと大差ない。
「そういや俺は潺の書だったな」
「たしか屋敷の時も使ってたわよね。あれは凄かったわ……」
感心している様子の彼女を眺めながら、俺は飲み干したカップを机に置く。
どうやら彼女も丁度グラスを空にしたらしい。
「どうする? 追加で頼む?」
「そうだな、もう少しゆっくりするか」
まぁ支払いは俺じゃないのだが。
次の注文を決めるためミーリヤがメニュー表を開く。
が、同時に俺の頭の中に声が流れてくる。
テルラからだ。
「"申し訳ありません。フレイヤ様が誘拐されました"」




