17. 問題児はキレかける
「レイシスー!」
「断る」
「れいしすぅ~!」
「いや呼び方じゃねえよ」
もう何度目か分からないやりとりだ。
生徒会に連行された俺はルカにずっと絡まれていた。
「残りはわたしがやっておきますから、レイシスさんは休んでてもいいんですよ?」
「わざわざ手伝いに来てくれたんだ。それはあり得ない」
そもそも俺だけ居残りするはずだったのだ。
フレイヤに理由を聞かれ説明したところ、わざわざ仕事の手伝いに来てくれた、といった感じである。
ミーリヤは先に帰ったのだが、テルラに迎えを頼んであるため大丈夫だろう。
というか元々テルラに二人を送ってもらう予定だったのだが。
「ひま~」
「本当にうるせえ……って寄りかかってくんな!」
突然後ろからしだれかかってきた彼女を振りほどく。
無視して作業した結果がこれか。
最近の彼女はいつもこんな感じだ。
『上品なお嬢様』とか考えていた前の俺を殴りたいくらいだな。
「おふたりはとても仲がいいんですね……」
「これがそう見えるか?」
誰がどう見ても、俺がダル絡みされてるようにしか見えないと思うが。
「てかなぜフレイヤが不機嫌そうなんだ」
「別になんでもありませんが?」
なんかキレてるな。
表情は変わってないが、これは絶対にキレている。
でも彼女は別に被害にあって無いはずだ。
もしかして俺の作業効率が落ちてるからか?
「フレイヤちゃん、だっけか。彼っていつもこんな感じなの?」
「こんな感じですね……」
いやどんな感じだよ。
というか俺を挟んで会話しないで欲しいんだが。
「となると大変そうだねぇ……。あ、ちなみにわたしは狙ってないから安心してね」
「わ、わたしは別にそんなんじゃ――!」
「まぁまぁ、可愛いんだからもっと自信持ちなって!」
言いながら彼女はフレイヤの元へと歩いていく。
ともかくこれでやっと仕事に集中できる。
と、思ったのだが。
「――っえ!? ちょ、ちょっと……んん! ルカ、せんぱ!」
「いや……! やめて! ――ひっ!?」
「おぉ……わたしより大きい……。これならレイシスもイチコロだわ」
「んっ! や――!、そこ、ちく……っ! ……だ、め――!」
何故さらに騒がしくなってしまうのか。
やるべきことは山積みなんだが。
なんか頭が痛くなってきたな。
「れ、レイシスさ……あぁんっ!」
「俺を巻き込むな。向こうでやってくれ」
これでは何のために来たのか分からない。
別に俺だって好きで居残りしてるわけじゃない。
というか正規の生徒会役員を連れて来れば良かったと思うんだが。
少ないとはいえ、ゼロではないのだから。
「そもそもなんで俺を呼びつけたんだ。ライエンあたりで良かっただろ」
「だって彼ちょっとお堅いじゃん?」
「そんな理由で一般生徒を使うな」
この前ルカが静かだったのはライエンのおかげだったのか……。
もちろん風紀委員長様であるシャノンの功績もあっただろうが。
俺は頭を抱えたくなる衝動に駆られながら仕事を進める。
できれば早く帰りたい。
今はあの噂の調査で忙しい。
懸念事項はなるだけ早く潰しておきたいのだ。
まあこうしてフレイヤと一緒に居られているのが不幸中の幸いか。
しばらく騒がしい生徒会室で作業していると、不意にドアが開かれ全員の意識がそちらへ向く。
「失礼します! ――って何故フレイヤ様が!」
ルカは彼を見るや否や顔を引きつらせる。
俺が願ってもなかった男、ライエンである。
実に素晴らしいタイミングだ。
「ようライエン! 今日も頑張ってるな!」
「だから我々はいつ親しくなった!」
「まぁまぁ、今日も仕事がいっぱい溜まってるんだから仲良くしてこうぜ」
そう言って俺は、目の前に積み重なっている書類の半分を彼に押し付ける。
「はいこれお前の分」
「どう見ても貴様の分だったと思うが?」
「細かいことを気にする男はモテんぞ。なぁフレイヤ?」
「わ、わたしですか!?」
そりゃルカじゃダメだからな。
アイツは絶対ライエンを追い返すに違いない。
「どうなんでしょうか……。言われてみればそんな気が……」
「ば、馬鹿な……」
「ほれみろ。分かったならさっさと働け働け」
フレイヤは押しに弱いからな。
こうなる事は予想済みだ。
作戦成功である。
「てことで俺は帰るぞー」
「待て、貴様もまだ仕事が残っているだろう」
「なんの話だ?」
「そこに貴様の分が――。なに!?」
あるわけないだろ。
さっき俺の手元に残した書類はもう仕分けが済んでいた物。
よってライエンに押し付けた物が残りの全て、ということだ。
「まぁそういう訳――」
言い切る前に後ろから抱きつかれる。
これでは身動きが取れない。
「ごっめーん忘れてた! 実はまだあるんだよね!」
後ろから伸びて来た手が指す先には書類の束。
そう、仕事の束である。
「バ、バカな……」
作戦は失敗。
繰り返す、作戦は失敗だ。
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俺がルカにハメられた後、彼女たちはずっとじゃれ合っていた。
つまりまともに仕事をしているのは男二人組だけである。
というかルカが働いてさえいれば、俺とフレイヤは帰っても良かったのでは?
「ロズウィリア、ひとつ質問しても良いだろうか?」
「お前から聞いてくるなんて妙な事もあるもんだな。気味が悪いぞ」
「真面目な話だ!」
表情を見る限り本当に真面目な話らしい。
いや、考えてみればコイツはいつも真面目だったな。
「フレイヤ様……いや、ミーリヤ様までもが貴様に心を許しているように見える。貴様の様な奴に、だ」
「そりゃ日ごろの行いの賜物だろうな」
「会長を超えた問題児として、名を馳せている男の言葉とは思えんな」
「まぁそう褒めんなよ」
「褒めてないわ!」
コイツもルカに負けず劣らず元気な奴だ。
一見水と油のような組み合わせだが、もしかしたら相性が良いのかもしれない。
厳密にはライエンのおかげで、あのルカが制御されると言うべきだろうが。
「本題に戻る、単刀直入に聞きたい」
「お、おう……」
物凄く真剣なまなざしだ。
思わず俺の背筋が伸びる。
この目を俺は何度も戦地で見たことがある。
これはまさしく騎士の顔。
覚悟を決めた男の表情だ。
まて、先ほどライエンは何と言った?
たしか『貴様の様な奴』と言ったよな?
しかもフレイヤたちまでわざわざ引き合いに出している。
――まさか正体がバレたか?
俺は悟られぬよう、右手首のブレスレットに手を掛ける。
最悪この場で戦闘になるかもしれない。
場所が場所だ。
Sランク魔術士の教員たち、そしてBランク越えの生徒たちに囲まれたこの状況。
それなりに本気を出す必要がある。
最悪のパターンだと死絶の書による殲滅もあり得る。
ともかく異端書を隠し通すには厳しい可能性が高い。
彼は俺の耳元に顔を近づけてくる。
誰にも聞かれたくない話らしい。
俺の背中で冷や汗が流れているのが分かる。
思わず唾を飲み込む。
「――どうすればフレイヤ様に気に入って貰えるのだ?」
「……。 ぁ? 悪い聞き逃した。もう一度頼む」
集中し過ぎたせいか、小声だからか知らんが、なんか聞き間違えたな。
「フレイヤ様に気に入って貰える方法を聞いている」
「……」
聞き間違えじゃなかった。
なんか無性にムカついてきたな。
いや俺だって、コイツが悪くないのは分かっている。
分かってはいるが腹が立ってきた。
「知らん」
「頼む、教えてくれ! 私だってフレイヤ様とお近づきになりたいのだ!」
「だから知るか。勝手にやれ」
「そこをなんとか!」
しつこい奴だな。
そういや初めて絡まれた時もしつこかったな。
「そもそもお前はフレイヤに気に入られる努力をしたのか?」
「もちろんしている!」
「なら言ってみろ」
少なくとも俺の記憶では、コイツとフレイヤが一緒にいる場面なんてほとんど見ていない。
「時間がある時はフレイヤ様を陰から見守り、周囲の危険に目を光らせている」
「アホ」
「なんだと!」
それ何ていうか知ってるか?
「お前のやってることはただのストーカーだと思うが」
「な――!?」
彼は絶句し表情を強張らせる。
いや気づいていなかったのかよ。
なるほど、世のストーカーはこうして生まれるのか。
悪意のない悪意が一番厄介とは言うが……。
「まぁなんだ。恋愛小説でも読めばいいんじゃねえの?」
「おぉ……その手は盲点だった……」
そんな感心されても逆に困るんだが。
ぶっちゃけ半分適当だぞ。
「貴重な助言感謝する!」
うーむ……。
念のためフレイヤと行動する時間をもう少し増やしておくか。
噂の件もあるのだし。
というかこれだと俺も人の事を言えんな。




