15. 問題児は授業を受ける
異端書。
人間が生み出した魔法書の中でも、忌み子として扱われる存在たち。
そんな物を取り扱う授業が行われるなんて考えもしなかったな。
「あれ、今日は出席されるんですか?」
「たまには出席してやろうかと思ってな」
「この前風紀委員に叱られたからでしょ……」
相変わらずいつものやり取りをしていると、唐突に教室のドアが開かれる。
「お待たせしてすみません。早速始めますので着席してください」
間違いない。
あの若い教師は生徒会室の書類で見た男だ。
「しばらくの間『異端書基礎』の担当を務めるドラス・フォン・ローゲンです。宜しくお願いしますね」
ローゲン家については、あらかじめテルラから話を聞いている。
なんの変哲もない辺境の領主の家系だ。
彼の素性については問題ないだろう。
「珍しく顔を出したうえに寝ないなんて、本当に大丈夫?」
「ミーリヤ、お前は俺の事をなんだと思っているんだ」
「言って欲しいなら全部言うけど」
「いや遠慮しておく」
なんとなく嫌な予感がするからな。
「早速ですが、みなさんは異端書をどのような魔法書と認識していますか?」
ドラスは教室を見回した後、一人の女子生徒を指して答えさせる。
「とても強力で凶悪な魔法をまとめた書、でしょうか……?」
半分正解だな。
「惜しいですね、それだけだと半分といった所でしょうか」
異端書だって厳密に言えば基本魔法書とほとんど大差が無い。
つまり誰かが作った魔法をまとめただけの物、という事だ。
まぁ破戒の書だけは例外だが……。
「異端書の起源は人と魔族が争い合っていた、とても古い時代にまで遡ります。ではそこのあなた……」
次にあてられたのはミーリヤだ。
「魔族の特徴を挙げていただけますか?」
「強い魔力と強靭な肉体、あとは無詠唱かしら?」
「よく勉強されていますね。つまり我々はそんな強力な種族と戦う事になったわけです。でも結果はみなさんご存じの通り、人間の勝利で終わっています。それはなぜか?」
彼と目が合う。
しまったな、適当に外でも見ておけばよかった。
すぐに視線を逸らすが案の定あてられる。
仕方ない、適当な感じで答えるか。
「なんか強そうだし、異端書を使ったんじゃないですかね?」
「正解です。異端書は魔族と戦うため、現在で言う魔法戦の基礎を覆すべく作られたのです」
相手より先に詠唱を成功させる。
極論を言えば魔法による戦いはこの一言で表せる。
だから無詠唱やら詠唱の短縮を利用して敵を妨害するのだ。
しかし魔族にはその手が通用しない。
なんせ彼らには詠唱という手順自体が存在しないのだから。
加えて魔法も効きづらい。
その結果、戦いとは名ばかりの強力な魔法による殴り合いになる。
殺傷力が全てといういことだ。
対魔族を想定した軍用魔法の集合体。
それが異端書の正体だ。
「ですが異端書は作られたあとに重大な欠点が判明しました。キャパシティの問題です」
「あ、それなら知ってます! ひとつでも保有したらそれだけで埋まってしまうんですよね?」
後ろの方から唐突に声が上がる。
どうせまたテンションの高いドワーフのアイツだろう。
「彼が言ってくれた通りです。他にも適性の問題などはありますが、それはまた別の機会にしましょう」
魔法書を保有できる数。
つまりキャパシティはだいたい3冊ほどと言われている。
だがこれは烈火、潺、豊穣、疾風……そして白と黒、つまり基本魔法書に限った話だ。
異端書となると話は大きく変わってくる。
異端書はとにかくこのキャパシティを食う。
仮に異端書をひとつでも保有すれば、他の魔法書は諦めることになる。
運よく持てたとしても精々基本魔法書からひとつくらいだろう。
簡単な話だ。
異端書を保有すれば普段の生活で魔法を使えなくなる
そんなこと自分から進んで選ぶ奴は少数だ。
「また、――」
不意に左肩を叩かれる。
視線だけ向けると、フレイヤがなにか言いたげな表情で俺を見ていた。
「どうかしたか?」
「全然黒板を見てなさそうでしたから、心配で……」
そういえば確かに見てないな。
俺は言われてチラっと目を通す。
が、すぐに視線を外す。
書かれているのはどれも異端書に関する基本的な事だけだ。
学べそうな内容はどこにもない。
「大丈夫、今覚えたぞ」
「早いですね……!?」
しかし俺の心配までしてくれるとは。
おそらく試験的なのを気にしての事だろうが。
あれ、なんでフレイヤは俺が上の空だったって分かったんだ?
「どうやって俺が黒板を見ていなかった事に気づいたんだ?」
「あ、それはレイシスさんを見ていたからですね」
「なんで俺を見てるんだ……」
「そんなの――」
彼女は突然固まって口を閉ざす。
『そんなの』ってどんなのだ。
「フレイヤ?」
「ほ、ほら! 授業が進んでますから集中しましょう!」
一体なにが言いたかったのだろうか。
だが彼女は取り合ってくれそうにない。
これ以上は諦めるしかないだろう。
まぁいい、今は授業だ。
教員がどこまで話すのか気になってわざわざ出席したのだ。
とはいえさっきから聞いている限り、授業自体は問題なさそうである。
どれも少し調べれば、誰でも手に入るような情報だけだ。
あとは彼がどこまで知っているか、だな。
もとより授業の終わりを見計らって探りを入れる予定だ。
場合によっては消す必要があるからな。
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「あ、どうも」
「ん? 君は確か……」
「ロズウィリアです。先ほどの講義はとてもためになりました」
「そうかい? ありがとう」
俺はドラスの横に並んで歩く。
彼の行先は職員室だろう。
授業が終わった教員は大体一旦戻るからな。
ちなみに俺は生徒会室に向かっている事にしてある。
職員室と隣り合っている関係上都合がいいのだ。
これなら俺が居ない場所で話題に挙がったとしても、ルカが適当に合わせてくれるはずだ。
アイツはよく機転が利くからな。
「そういえば先生、実は先ほどの授業で分からないことがあったのですが……」
「何でも聞いてくれて構いませんよ」
彼は柔和な笑みを浮かべながら返してくる
面倒だとかそういった感情は一切伝わってこない。
根がいい人なのだろう。
知らない事を祈るばかりだ。
「異端書ってどのくらいの種類があるんですか?」
無知を装って、かつ何気ない感じで質問する。
彼は考える素振りも見せず口を開く。
「4冊ですね。といっても、そのうちの一つは僕も名前しか分かっていないのですが……」
思わず眉が動く。
全ての異端書を知っているという事はそれなりに知っている人間だ。
後は……。
「ちなみにそれってなんて奴なんですか?」
「破戒の書というものです。これだけはどの文献にも名前しか出てこないんですよ」
俺は悟られないように肩の力を抜く。
彼は問題ない。
破戒の書を知らないのなら、殺す必要は無い。
「へぇ、そんな物もあるんですね。異端書って聞けば聞くほど不思議な存在ですね」
「だからこそ恐ろしくもあり、面白くもあるんですよ」
ドラスは俺の目を真剣に見つめてくる。
「もし興味があるなら、一度調べてまとめたものを持ってきてください」
ベレールとは真逆の事を言うやつだな。
しかし持って行ったところで何があるのだろうか。
成績に加点でもされるのか?
「もし持っていったらどうなるんですか?」
「内容次第では面白い事を教えてあげますよ。まあ簡単な試験のような物、と考えてください」
なるほど、そう来たか。
異端書に関する話を餌にして調べさせようとしてるのか。
正確に言えば『学生レベルが出来る範囲で調べさせる』だが。
そんな事をしても、作られた情報しか手に入らない事くらい知っている。
結果的に異端書の真実から遠ざかることになるだろう。
もちろんそれが彼の目的なのだろうが。
「本当ですか! できるか分かりませんが頑張ってみます!」
異端書の話は広めない。
そういった事をしているあたりまともな人間だろう。
ひとまずこれで、彼に関して警戒する必要は無さそうだ。




