14. 問題児は働かされる
俺は目を覚ます。
だが決して瞼は開かない。
たとえ意識を取り戻したとしても、それを敵に悟らせてはいけない。
捕虜となった場合の鉄則だ。
続けて薄目で辺りを確認。
どうやら俺はイスをベッド代わりにして寝かされているらしい。
ここからでは見えないが、両手も後ろで拘束されている。
感触からして手錠に違いない。
恐らくミーリヤが賊に使われたものと同じだろう。
魔力を押さえつけるアレだ。
窓から覗く景色は……おそらく何処かの上層階か。
つまりここは牢獄――。
ではなく、どこかの教室だった。
壁がまんま教室だ。
心配して損したな。
ひょいっと体を起こした俺は、まったく同じ状況の隣人に声を掛ける。
どうせ彼女も待ち伏せされたとかそんな所だろう。
まぁ俺の様に気絶していた訳では無さそうだが。
「ようルカ、おはよう」
「この状況でよく寝ていられたよねー」
「そう褒めんなよ」
「っよ! さすが大将!」
ふたりで並んで笑い合う。
お互い手錠を付けられているため絵面は最悪だが。
俺たちがしばらく騒いでいると、閉じられていたドアが唐突に開かれた。
入って来るふたりはどちらも知っている顔だ。
ひとりはいつも俺たちを追いかけて来る猫耳族の女。
そう、風紀委員長だ。
そしてもうひとりはエルフの……。
「また会ったなライエン。元気にしてたか?」
「いつから我々は親しくなった!」
うむ、元気そうでなによりだ。
といっても最後に顔を合わせたのは朝の授業だし、聞かなくても知っていたが。
仲良くじゃれてる俺たちの事が気になるのか、一緒に入ってきたもうひとりの方はため息をついている。
「はぁ……。苦労して捕まえても反省の色無しですか……」
「ルカ、言われてんぞ」
「いや今のはレイシスじゃないかな」
風紀委員長は顔を引きつらせながら近づいてくると、俺とルカの手錠を外していく。
もう釈放なのだろうか?
「おふたりには校則違反の罰として、しばらくのあいだ生徒会の仕事の手伝いをしていただきます」
彼女が言うや否や、ルカが突然駄々をこね始めた。
「えー! やだやだー!」
よし、便乗しておくか。
「そうだそうだー!」
なぜか俺だけ、真面目組ふたりに滅茶苦茶睨まれた。
どうもルカと対応に差があるな。
「反論は認めません! 特に会長、承認されていない書類が山ほど溜まっているんですから、そろそろお願いします!」
「でもでもー。めんどくさいしー」
「か・い・ちょ・う!」
物凄い剣幕だな。
ルカは流石に観念したのか、この部屋でひと際大きな机の元へと向かっていく。
――ん?
「まて、会長ってなんだ」
思わずルカに質問を投げる。
「生徒会長のことだけど?」
「んなもん言われなくても分かるわ。会長って誰の事だって聞いてんだよ」
「あ、そっちね。それはわたしのことだね」
初耳である。
てかルカって先輩だったのか。
「おい貴様、まさかこの方が誰かも知らずに協力していたのか?」
「知るわけないだろアホ」
「また汚い言葉遣いを……!」
だから俺とルカを見る目に差があったのか。
風紀委員長の方はまだしも、ライエンに至ってはそりゃもう天と地ほどの差だ。
最初は俺だけハメられているのかと思ったが、どうも本当の事らしい。
というのも、ルカの手つきが非常にスムーズだったからだ。
かなり手慣れている。
あとライエンはどうやら生徒会に入っていたらしい。こちらも初耳である。
真面目過ぎる奴だし、お似合いだと思うぞ。
そうやって少しのあいだ、彼らの仕事ぶりをボーっと眺めていた時だ。
唐突に風紀委員長が肩を叩いてきた。
「ロズウィリアさん、あなたの仕事はこっちです」
彼女は言いながら、抱えていた紙の束を「ドンッ!」と机に下ろす。
「わたしと一緒に書類の仕分けをお願いします。こちらに分類が書かれていますので」
指さす先には、無造作に取り出した書類の端が。
そこには『授業計画書』の文字が書かれていた。
俺は上からいくつか書類を手に取る。
どうやら他にも『備品管理書』やら『予算報告書』など、様々な種類があるらしい。
要するにこの、見上げるほどの高さの束を整理すればいいのだろう。
「やるのは構わんが、どうしてこんな事になっているんだ」
書類を受け取る際に分けておけば、こんな惨状には絶対ならない。
というか基本的にどこもそうしているはずである。
「いつもはちゃんと分けていますよ。ここにあるのは会長が間違えて混ぜてしまった分ですね」
俺はもう一度紙の束を見上げる。
「間違える……?」
はたしてどう間違えたらこうなると言うのか。
まぁ愚痴っていても仕方ない。
さっさと終わらせてしまおう。
俺がイスに座り、書類をパラパラ取っていくと彼女も隣に座って来た。
「あれ、もしかして手伝ってくれるのか?」
「手伝っているのはむしろ、ロズウィリアさんの方だと思われますが」
すっかり忘れていたが、罰として手伝うって話だったか。
「そういや名前を聞いてなかったな。せっかく共に働く仲なんだ、何て呼べば良いかぐらい教えてくれ」
「シャノン。シャノン・ホワイトです」
ホワイトか。
そのショートヘアは茶色なのにホワイトなのか。
「そういえば会長共々、新入生のみなさんには入学式の際、ご挨拶したと思いますが?」
「体調不良で欠席してた」
「ほう……」
物凄い視線だ。
絶対信じていない、といった様子である。
まぁ正しいんだが。
「時間を取って悪かったな。さっさと仕事を済ませようぜ」
「そうですね。すぐに仕事を……いえ、丁寧にお願いします」
なぁ、言い直す必要あったか?
コイツ本当は性格悪いだろ。
最初こそ険悪なムードだった俺たちだが、集中しだすと状況も変わってくる。
今ではお互い無言で書類を仕分け、効率も上がっていた。
では部屋は静寂に包まれていただろうか?
いいや違う。とても賑やかだ。
ルカが事あるごとにライエンを弄っているらしい。
まあ俺としては、静かなよりずっとやりやすい。
当の本人からしてみれば、堪ったものではないだろうが。
そんなこんなで仕事は続き、次の書類に手を伸ばす。
同時にふと、ある疑問が浮かんだ。
「そういえばシャノンは、なんで生徒会の仕事をしているんだ?」
確か彼女は風紀委員のはず。
というか今まさにシンボルである腕章を付けている。
「毎年生徒会は人手不足なんですよ。どうしても他の学校と比べて責任が大きくなりますから、誰もやりたがらないのです」
なるほど。
確かにここは貴族が多い分、ひとつのミスが大げさに取り上げられることも多いはずだ。
奴らはそういう生き物だからな。
それに王立ともなれば、任される仕事の質や量も違ってくるのだろう。
保身のため誰も生徒会に入りたがらない、という話も頷ける。
「それで風紀委員が手伝ってるわけか。人数多いもんな」
「そういうことです」
貴族は上から目線で人を裁くのは得意だからな。
こういうところは人族領も亜人領も、なんら変わらないという事なのだろう。
――ん、なんだこの書類は。
「おい、この授業はどういうことだ」
思わず声に力がこもった。
「あぁ、それですか。つい最近人族領で戦争がありましたよね?」
「ドラグシア王国とガーリス公国の奴か?」
「はい。その際に多用されたので臨時科目として学んでおこう、というのが先生方のお考えだそうです」
俺はもう一度書類に視線を戻す。
『授業計画書』と書かれた下には大きな文字でこう書かれていた。
『外部講師を招いた、異端書を学ばせる臨時カリキュラム』。
とはいえ詳細を見る限り、授業自体は異端書についての話をするだけに留まるらしい。
当たり前だ。
こんな物、誰彼かまわず保有してていい力じゃない。
気にしすぎだろうが、念のためこの授業は出ておくか。
「にしてもまだ半分以上あるな。これ、今日中に終わるのか?」
「『終わるのか?』ではなく、終わらせないと帰しませんが?」
「マジ?」
竜翼魔術士団並みの横暴である。
人というものは、どこに行っても権力には抗えないらしい。
っと、長くなるなら連絡しておいた方が良いな。
「悪い、少し外すぞ」
「そう言って逃げる気ではありませんよね?」
「しねーよそんなこと」
悪態を吐きながら立ち上がった俺は部屋の隅まで移動する。
別に聞かれてマズイ話でもないのだからここで充分だ。
《"魔導通信"》を送ってみると、ほとんど待つことなく相手に繋がった。
「"ご主人さま、なにか御用でしょうか?"」
「"突然悪いな。今日ちょっと帰りが遅れそうだから伝えておこうと思ってな"」
というか伝えておかないと絶対またなんか言われる。
それだけで済めばいい。
最悪前のように、保護者よろしく学校まで送り迎えの刑すらあり得る。
あれは本当に勘弁して欲しい。
「"――なにか問題でも起きたのですか?"」
「"いや、単に生徒会の手伝いが長引きそうなんだ"」
「"ふむ……"」
そう答えると、テルラはしばらく黙り込んだ。
……まだ返事は帰って来ない。
…………一向に帰って来ない。
………………あれ、これ繋がってるよな。もしかして切れたか?
「"おいテルラ?"」
「"失礼しました。ご主人さまが生徒会に手を貸すビジョンが全く見えませんでしたので……"」
理由がもう失礼だった。
まぁいい、そろそろ戻らないと風紀委員長様に怒られる。
「"とにかくそういう事だから頼んだぞ"」
「"承知いたしました。お夕飯の準備をしてお待ちしております"」
そうして切られた《魔導通信》。
俺は疲れ気味にシャノンの隣に座ると、重々しい動きで仕事を再開した。
「差し支えなければ、お相手を聞いても?」
「寮のメイドだよ。ちょっと困った奴でな」
「ふむ、メイドですか……。『ヤっベー奴が最上階に住んでいる』という噂は本当だったんですね」
なぁ、それって俺の事だよな?
わざわざ誰かの口調まで真似てるみたいだが、絶対俺の事を言ってるよな?
「まぁそういう事――」
っと、最上階で思い出した。
彼女に聞いておきたい事があったな。
「そういえばフレイヤってなんで手を貸していたんだ? そっちの差し金だろ?」
「彼女でしたら私がお願いしたところ、二つ返事で了承してくださいましたよ」
なんだと?
快諾したということは、とうとうフレイヤにまで見捨てられたか。
「なんでも『レイシスさんにはちゃんと生きてて欲しいんです!』とのことです」
滅茶苦茶いい子だった。




