12. 問題児は拘束される
「なぁテルラよ」
「どうかされましたか?」
彼女は俺の手を握りながら返してくる。
強く……そう、とても強くだ。
「もう放してくれても良いんじゃないか?」
「ですがまたご主人さまがお一人で行かれては……」
いやもう行かないといけないんだが。
このままでは遅刻してしまう。
あと周りの目が痛い。
なんせここは校門前だ。
「昨日休んだにしては朝から楽しそうね?」
「そ、そういうのは二人だけの時にした方が……」
彼女たちは呆れている様だが気にしない。
今はテルラだ。
「ほら、ここからは友達もいるんだ。俺はひとりじゃないぞ」
「確かにそうですが……」
「彼女たちはあのフレイヤ様とミーリヤ様だ。流石にテルラでも安心できるだろ?」
「な、なんと。これは失礼いたしました」
適当に言ってみたが本当に行けたな。
実はライエンに絡まれた日にひとつ気づいたことがある。
フレイヤたちに挨拶する人間がかなりいたのだ。
『ご挨拶』というやつだろう。
貴族ってのは繋がりを重要視するからな。
それにどうも彼女たちに頭をさげる人間が多いのだ。
相当位の高い家柄と見える。
何度も聞こうとは考えているのだが、なかなかタイミングが合わない。
さくっと聞いてみてもいいのだが、それだと多分わからないだろう。
どうせなら時間を取って詳しい話を聞きたい。
亜人領の貴族までは流石に把握してないからな。
フレイヤ、そしてミーリヤと合流した俺は教室まで一緒に向かう。
ちなみに昨日、つまり入学式の欠席は体調不良で通してある。
彼女たちが信じているかは別として、だが。
ちなみに水路から子供を助け、そのまま寮に帰った後の話だ。
俺はあの場所の事が気になりテルラに聞いてみたのだが……。
「――だから――言ってるの。分かる?」
「あぁ」
どうやら水路自体は地元の人間には馴染み深い、というか周知の事らしい。
だがネクロリーパーの話をすると彼女は怪訝そうに眉をひそめていた。
魔物がいる事については初耳だったらしい。
「――シスさんは、まだ――思うんです」
「そうだな」
今頃テルラは冒険者ギルドかエーリュスフィア騎士団の駐屯地にでも向かっているはずだ。
昨日急いで報告してくるとか言っていたからな。
おそらくすぐ討伐隊でも編成されて処理されるだろう。
脅威ランクSというのはそれだけ危険視される魔物なのだ。
「ねえレイ」
「その通りだと思う」
特にネクロリーパーは厄介な魔物だ。
白の書以外に完全な耐性を持ち――。
突然後頭部に衝撃が走る。
振り返るとミーリヤが拳を握りしめていた。
「一応聞いてあげるけど、どこまで話を聞いていたのかしら?」
話……話ってなんだ?
「フレイヤの『おはようございます』辺りまでは覚えているな」
「それって今日初めて会った時ですよね?」
ふたたび走る衝撃。
また殴られたな。
そういえば今ので思い出したな。
「あー忘れた。今日の授業って何があるんだ?」
「あんたね……」
「あ、あはは……。今日は一限目が魔法歴史学、二限目が詠唱幾何学、あとは三限目の魔法書基礎で終わりですよ」
ということは大体昼頃までか。
まぁ初日だし授業数も少なめなのだろう。
よし、今日は一日校内のチェックに使うか。
授業中であれば使われている教室以外は無人のはずだ。
その方が断然やりやすい。
「見事に全科目俺が嫌いなやつだな。てことで今日も体調不良だ」
「はぁ?」
「いきなり抜け出すのはレイシスさんらしい、と言いますか……」
「というわけで俺はもう行く」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!?」
ミーリヤが肩を掴んで来ようとするが問題ない。
俺はひょいっと姿勢を落として避けると、そのまま全速力でこの場を後にした。
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三限目の開始を告げるチャイム。
校内の形状を一通り頭に入れた俺は最後に残った場所、図書室の扉をくぐる。
「素晴らしいな」
思わず唸る。
凄まじい蔵書量だ。
広大な部屋、棚の数。
しかも一番上は、はしごが無ければ届かないほどの高さだ。
とても学校が所有する図書室とは思えない。
これはもう図書館と言った方が正しいだろう。
ずっと入り浸っていたい衝動に駆られる。
しばらく並べられた本を眺めていた俺だったが、不意に一つの蔵書に目が留まる。
厳密にはその本自体ではないが……。
『魔法書の歴史を辿るⅡ ~六属性という概念~』。
別にこの本自体は珍しいものでもない。
俺が気になったのはその隣だ。
「一巻が無い、のか?」
いや、これほどの図書室であればそれはあり得ない。
つまり誰かが借りていると考えた方が自然だろう。
だが一巻は基礎中の基礎、常識のようなことしか書かれていない。
誰も目を付けないような本だ。
俺が訝し気に棚の空白を見つめていると、背後に人の気配があることに気が付く。
どうやら集中し過ぎていたらしい。
幸いにも敵意は感じない。
そりゃ学校なのだから当然か。
俺はゆっくり振り返る。
「あら、ごめんなさい。邪魔をしてしまったかしら?」
人族の彼女はメガネを直すと、優雅な所作でそう聞いて来た。
「いや問題ない。ただ本を探していただけだからな」
黒い瞳とは対照的な、雪原を連想させる銀色の髪。
腰のあたりから顔を出している毛先はとても綺麗だ。
育ちの良さが伝わってくる。
「もしかしてだけれど、あなたが探していた物はこれだったり?」
彼女は手に持っていた本の表紙を見せてくる。
それはまさしく俺が探していた『一巻』だった。
「お、やっぱり誰かが読んでいたのか」
「わたしは何度も読んでいるのでお気になさらず」
そう言って本を差し伸べてくる。
だが俺だって同じだ。
その本は死ぬほど読んでいる。
やったことは無いがおそらく内容の暗唱も可能だろう。
「俺も腐るほど読んでるから大丈夫だ。ただ『一巻』を読む奴がいることに驚いていただけなんだ」
「ふふ、それはあなたも同じでしょう?」
彼女は生徒とは思えない仕草で上品に笑う。
……あれ、今って授業中だよな?
どうやら向こうも同じことを考えていたらしい。
「もし違っていたら申し訳ないのだけれど、あなたも授業を?」
「てことはそっちも抜け出しているのか」
ふたり揃って笑い合う。
てっきり雰囲気からお堅い性格かと思ったが、そうでもないのかもしれない。
「授業が難しいから自習をしに……というわけでもなさそうね」
「面倒だから抜け出して来たんだよ」
「そういう事だったら大歓迎。
わたしも同じだから、一緒にサボっちゃいましょう?」
彼女は肩の力を抜いたのか、やや砕けた様子でイスに座り本を開く。
それでも滲み出る気品のような何かは隠しきれていないが。
彼女が開いたのは『魔法書の歴史を辿る』の一巻だ。
たしか何度も読んでいると言っていた気がするが……。
「そんなにそれが面白いのか?」
「ええ、そうね。全ての魔法書の原型となった『天秤の書』、錬金術のお話は何度読んでも飽きないの」
ある物を別の物に変化させる錬金術。
その魔法が記載されている、もっとも古い魔法書が『天秤の書』だ。
とはいえ中身は酷く単純だ。
普通に考えれば面白くもなんともない。
「別に基本的なことしか書かれていないだろ、その本。天秤の書に関する専門的な本ならもっとあると思うが」
天秤の書をベースに発展させたのが今の魔法書だ。
つまり現在魔法が普及しているのは、天秤の書が研究され尽くされたおかげだってことだ。
「この本だけは着眼点が素晴らしいの。古い時期に書かれたせいか、魔法の基本的な法則に縛られていないのでしょうね」
まさか彼女は……。
いや、この顔はまだ気づいていないといった感じだ。
一応念のため確認してみるか。
「初めて聞いた意見だな。それって具体的にどこら辺なんだ?」
そう聞いた時だった。
まるで『令嬢』という言葉を具現化したような存在。
そんな印象だった彼女が急に目を輝かせ始める。
「気になりますか!」
「お、おう……」
これあれだ。
アリシャやノーラと同じ目だ。
魔法バカの目だ。
よし、逃げるか。
そう考え出入り口に視線を向けるがもう遅い。
気付いた頃には俺の手は掴まれており、空いているイスに強引に押し付けられていた。
なんで俺はこうも毎回、誰かに手を掴まれるのだろうか。
「天秤の書、つまり錬金術に関する記載は多岐に渡っているのですが、特に注目すべきは235ページから249ページの部分なんです! この本が執筆されている時代はまだ魔力量等価の法則や魔力量保存の――あぁ、失礼。正式名称はロウ・オブ・マギセーブでしたね。そういった原則事項が見つかっていな――――」
俺も人の事は言えないが、筋金入りの研究者は大体これだ。
とにかくだ。
誰でもいいから助けてくれ。




