11. 異端の翼は調査する
テルラとひと悶着あった翌朝、俺は私服で外出していた。
なぜかって?
入学式をサボったからである。
「そんなことしてる暇がないからな」
昨日ミーリヤが『また明日』などと言っていたわけだが、どうも入学式の事を指していたらしい。
どうやら入寮手続きの際に教えられたようだ。
が、初耳である。
手続したのは俺じゃないからな。
「さーて、まずは壁からにするか……」
学校を取り囲む外壁を念入りに調べていく。
今の俺は誰が見ても明らかに不審者だが問題ない。
誰かが近づいてくれば、すぐ気付けるように魔法を使ってある。
登校時間もずらしている。
いまごろ中では入学式が始まっている頃だろう。
それに大通りじゃないせいか、そもそも人通り自体が少ないのだ。
「思ってたより堅いな。儲かってんなーこの学校」
材質は耐魔レンガ、おまけに驚くほど分厚い。
シトリス魔法学院は歴史ある古い学校だ。
にもかかわらずここまで綺麗という事は、整備がしっかり行き届いている証拠だろう。
通っている生徒たちの事もあってか防犯意識は相当に高いと見た。
あとは飛んで侵入するか、校門を堂々と抜けるかだが……。
そもそもこの壁は魔法による盗撮、盗聴対策の意味合いが強い。
本命は別だ。
「ふむ……。ちゃんと探知魔法も張られているな」
定点設置型の探知魔法。
クソほど高い設備である。
ここまで来れば、もはや軍事施設並みに堅固な要塞だな。
これならフレイヤに手を出すのは難しいだろう。
というか仮に入ったところで、中には大隊クラスの魔術士とその見習いが居るわけだ。
あまりにもリスクが高い。
「ここは取り敢えず安全だな」
少なくとも校内での彼女の安全は保障されていると言えるだろう。
さて、次は街全体を調べるか。
シトリスの大通りを巡り、街の構造を目視でチェックしていく。
隠れやすそうな場所、待ち伏せに適した場所、狙撃ポイント……。
戦闘が起きた場合に重要となる場所は全て頭に叩き込む。
《"地形探知"》が使えれば早いのだが、そういうわけにもいかない。
雑多に魔力が入り乱れる環境では上手く機能しない。
つまり人が多い場所だと効果が落ちるってことだ。
「まぁこんなもんか……ん?」
次の場所にでも行こうかと思っていた時、立ち尽くしている猫耳族の子供が目に留まる。
あそこは確か行き止まりだったはずだ。
壁を……違うな、その先を見ているのか。
「どうかしたのか?」
少年に近づき声を掛ける。
振り返った彼は今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「あ、あの――! 友達が、友達が!」
「いいから落ち着け。はい深呼吸!」
彼の肩を叩いて強引に落ち着かせる。
このままじゃ話も聞けないからな。
しばらく待ち、もう一度質問する。
「よし、もう大丈夫そうだな。何があったんだ?」
「と、友達が水路に入っちゃって……。先生やお母さんは絶対ダメだって言ってたのに……!」
確かに子供なら入れる広さだが……。
ここまで必死な子供が嘘を付いているとは考えられない。
「その友達はなんでこんな場所に入ったんだ?」
「勇気試しだって言ってたんだ。将来立派な魔術士になりたいからだって……」
「そうか……。よし、任せておけ」
まったくバカな子供が居たもんだ。
「でもお兄ちゃん、大きいけど入れるの?」
「這って行けばギリギリ行ける」
整備のために出入りする場所を探してもいいんだがな。
まぁ出来る限り早い方がいいだろう。
子供なんて何をするか分かったもんじゃない。
「お前はここで待っとけよ。それも勇気のひとつだ」
「――う、うん! 分かった!」
すんなり聞き入れてくれた彼の頭をグシャグシャ撫でて安心させる。
そのまま友達とやらの特徴を聞き出すと、俺は急ぎ足で水路へと向かった。
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はたしてここは本当に水路なのだろうか?
とにかく広く、そして複雑に折り重なっている。
この場所は異常だ。
「《"地形探知"》」
――やはりだめか。
いくら探知魔法を使っても頭の中に浮かんでくる情報は白一色だ。
そう、まるでイデア大樹海のように。
設置されたランタンの明かりは弱々しいが、なんとか目を凝らして壁を確認する。
かなり劣化が激しいが間違いない。
耐魔レンガだ。
「水路の役割も当然あるだろうが、おそらくこれは……」
魔法の種類は大きく3つに分けられる。
ひとつ目は現代の主流となっている魔法書を利用したもの。
ふたつ目は特定の魔法に絞ることにより、術者を必要としなくなる定点設置型の魔法。
学校で使われていた探知魔法や、この前見た『術刻印』がこれにあたる。
そして最後のひとつは詠唱や魔法陣を用いた古い魔法だ。
この水路の形状は明らかに魔法陣としての役割を有している。
「急いだほうが良さそうだな……」
見たところ魔法陣は活性化していない。
だが水路の状態から見てとても古い魔法陣だ。
いつ起動するか予想もつかない。
当然何が起こるのかも不明だ。
「つっても探知魔法が使えないのがな」
こういう場合は耳を澄まし、音に注意するしか方法がない。
幸い水路という事もあり反響しやすい環境だ。
迷い込んだ子供が音を――。
「――ッ!」
反応が遅れた。
いや、反応出来なかった。
最速で後ろを振り向く。
が、鎌はすでに首元の寸前まで迫っている。
一切の音を出さずに忍び寄り、人を殺していく凶悪な習性から脅威ランクSに分類される魔物。
ネクロリーパー。
まさか都市の真下に生息しているなど、考えもしなかった。
この距離ではもう間に合わない。
だから俺は――。
「《"――ろ"》――」
俺の意志に呼応するように魔物の腕が消滅する。
すかさず《"フロスト・スピア"》を無詠唱で放ち、氷の槍で敵ごと壁を貫き拘束。
暴れる暇も与えず、ゼロ距離まで接近し頭を鷲掴みにする。
「白の書、第二章、第一節より引用――《"ホーリー・フォース"》!」
触れている手から眩しい光が溢れ出し、敵はその体を灰に変えていく。
俺はネクロリーパーが死んでいく様を視界に入れながら辺りを見回す。
全神経を集中させ、あらゆる探知系魔法も強引に使う。
耐魔レンガによる阻害効果を莫大な魔力で押し切るように。
脳が悲鳴を上げ、視界が赤く染まる。
体の至る所から血が滲み出てくるが気にも留めない。
そんなもの、後で戻せばいい。
そうやってしばらくの間、周囲を警戒していたが一向に反応はない。
これ以上の探知は必要ないだろう。
「――俺のミスだ」
壊れた体を回帰の書で戻し、ネクロリーパーの残骸を踏みつけながら毒づく。
思わず防衛本能が理性を上回ってしまった。
街の調査をするため、あのブレスレットを置いてきたのは失敗だった。
幸い今の戦いは誰にも見られていないが……。
水路が不審な事に気づいた時点であらゆる状況を想定するべきだった。
通常あのクラスの魔物、魔獣は人の生活圏近くでは見かけない。
軍や騎士団、冒険者といった職業の人間が仕事として討伐するからだ。
だからこそ油断していた。
ただ古い設備だと思っていたが、ここはすでに魔物の住処だ。
まさかシトリスの下にこんな場所があるとは……。
「――なんだ?」
微かに音が聞こえ、俺はもう一度耳を澄ます。
……走る音。
人が走る音だ。
それも間隔が短い、子供の歩幅だ。
音の正体に気づいた俺は疾風の書を使い加速、全速力で向かっていく。
反響していて場所が分かりづらいが、確かに距離は縮まっている。
大丈夫、足音は聞こえている。
まだ間に合うはずだ。
迷路のような水路を駆け抜ける途中、何度か魔物とすれ違うが魔法でどかしていく。
なにも仕留める必要はない。
今は道さえ確保できれば十分だ。
――見えたな。
教えてもらった特徴と一致する。
ネクロリーパーに囲まれ、追い詰められているあの少女で間違いないはずだ。
「白の書、第五章――」
詠唱しながら無詠唱で氷の槍を飛ばし、少女を取り囲む魔物をけん制する。
俺に対する敵の攻撃は避けるだけに留める。
少女を狙っている魔物の対処が最優先だ。
「――第三節より引用」
準備は整った。
「おいお前! 目を閉じとけよ!」
そう言い放ち、従ってくれたらしい少女と同時に俺も目を閉じる。
ランタンで照らされているとはいえ、地下水路はかなり暗い。
目を開けたままでは光量の差で失明する可能性が高い。
「《"ホーリー・エクスプロージョン"》!」
右手から拡散する光の奔流。
目を瞑っているにも関わらずかなりの眩しさだ。
やがて光が収まったのを瞼越しに確認した俺は目を開ける。
一面に広がる灰。
全てネクロリーパーだった物だ。
静まり返った水路を歩き、しゃがみ込んでいる少女に視線の高さを合わせる。
「ケガはないか?」
「だ、だいじょうぶ! ……っ!」
手で隠されていて気づかなかったのだが、どうやら腕に擦り傷があるらしい。
俺は手をかざし、豊穣の書で傷を塞ぐ。
「無理すんなって。他には?」
少女は観念したのか、ポツポツと痛む箇所を伝えてくる。
幸い深い傷は無かったようで、無詠唱で次々に治した俺は手を差し伸べる。
だが立ち上がる様子がない。
「どうかしたのか?」
「ごめん、足がうごかないの……」
あぁ、腰が抜けてるのか。
仕方ないな……。
「うわわ!?」
少女を持ち上げおんぶする。
あれだけの数だ。
おそらく近くのネクロリーパーは全て引き付けてしまったのだろう。
おかげで安全に帰れるだろうが、早く退散するに越したことはない。
少女を背負い早足で来た道を戻る。
その道中、水路に入る段階で彼女に伝えようと決めていた事を口にする。
「魔術士にとって一番大切なのは勇気じゃないからな」
「え? どうしてその事を知ってるの?」
「お前を待ってる奴が言ってたんだよ」
少女の顔は見えないが、誰を指しているのか気付いているだろう。
例の猫耳族の子供のことだ。
「とにかく今は勉強して、魔法の理解を深めてみろ。そしたら何が大切なのか分かるはずだ」
「おにいちゃんは魔術士なの?」
「……そうだよ。だから先輩の言うことはキッチリ聞いておけよ?」
やっと外の光が見えて来た。
これで一安心だろう。
魔術士にとって大切なもの。
魔力量、出力限界、保有魔法書。
そういった能力はもちろん重要だろう。
だがそれだけじゃない。
一番大切なのは魔法を使う"覚悟"だ。
まぁ俺も、偉そうに人に言えた義理じゃ無いがな……。




