100. 問題児は傍観する
起きて早々、ベッドで横になりながら赤い指輪を手元で転がす。
「これがなぁ……」
話し合いの終わり際、テルラに手渡された魔導具だ。
なんでも記憶させた魔法を誰でも使えるようになるらしい。
「インスタンスコア、ね」
数回使うと魔導具自体がダメになるが、どんな魔法も意のままになる代替詠唱装置。
それは異端書であっても例外ではない。
何度聞いてもバカバカしい話だ。
だがテルラはコイツを使い、回帰の書や例の転移魔法を行使していたという。
「信じがたい話だが、事実は受け入れるしかない」
ここまで高性能な魔導具、そう簡単に作れるとは思えない。
だが万が一にでも、もし量産が可能だったとしたら。
「魔術士同士の戦い、ひいては戦争のバランスがぶっ壊れるな」
ドラグシアであれば『翼』であり、エーリュスフィアであれば二つ名持ちであり。
そういった強力な魔術士を多く持つ国が勝者となる。それが戦争の常識。
だがこの小さな魔導具が広まれば、軍事力の評価基準は質より量へ。
間違いなくそのようにルールが塗り替えられてしまうだろう。
正直言って、あまりぞっとしない話だった。
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「チーッス」
「教師にその挨拶、殺されたいのか」
教え子にその挨拶、クビにされたいのか。
なんて言えるはずもなく。
登校してまもなく、俺はベレールに殺意を浴びせられていた。
「今日は重要な話があるって言うから頑張って来たんですよ。少しくらい大目に見てくれてもいいんじゃないすか?」
「ほう、その話よく知っていたな」
「フレイヤが教えてくれましたので」
「……やはりここで始末しておいた方が後世のためか」
ベレールが心底楽しそうに笑い出すと同時、教室にチャイムが鳴り響いた。
素晴らしいタイミングとしか言いようがない。
俺は逃げるように席に急いだ。
「レイシスさん、おはようございますー」
「あぁ、おはよう。それと昨日は助かった。フレイヤのおかげで命拾いしたかもしれん」
「あはは……。それはさすがに大げさだと思いますよ」
そんな訳はない。
もし今日の事を教えて貰っていなければ、確実に面倒な事が起こっていただろう。
始業前にもかかわらず、すでにベレールが教室にいる。
それだけで『重要な話』とやらの重要度がうかがえた。
「まぁなにも起こらなければいいが」
ちゃんと出席したからといって面倒ごとが起きないとは限らない。
というか今までの経験から言って、大抵こういう時は話の内容自体がそもそも面倒ごとである。
「ミーリヤは何か知らないか?」
「関係してるかは知らないけれど、職員室で騎士がどうの、ペアがどうのって話はしてたわね」
面倒ごとでしかなかった。
「いや待てよ」
アリシャと組めば全て解決じゃなかろうか。
彼女であれば時間を奪われる心配もないし、むしろ人前で堂々と会えるようになる。
ペアであれば二人っきりで話し合う機会が多くても、不審に感じる者はいないだろう。
「よしお前ら。昨日も話したが、今日は早めに決めてもらう必要のある大事な話からだ」
俺が考えている間にも、ベレールの話はどんどん進んで行った。
ペア制度。たしかライエンの話では王家の風習を模した物だそうだが、俺の予測では実戦的な意味合いも含んでいると見ている。
魔術士同士が詠唱のスキを埋めるため、ツーマーセルを組むのはよく取られる手法だ。
だから早いうちに、複数人での行動を慣れさせる名目もあることは容易に想像がつく。
「ペア相手の選出、および届け出は来週までに済ませとけよ。私からは以上だ」
彼女は質問を受け付けることも無く締めくくると、さっさと教室を後にしていった。
「さてと」
早速アリシャにペアを持ち掛けるとしよう。
そう考えて彼女の元を目指すと、なぜか大勢の人間とすれ違った。
俺は不審に思い振り返る。
そこにはすでに人だかりが出来ていた。
「フレイヤさん! 俺と組んでください!」
「おいお前! 先に着いたのは俺の方だぞ!」
「待て待て! それを言うなら俺は入学した時からお願いしていた! 順番的に俺からに決まっている!」
「邪魔だ! どけ!」
「てめえ! 今ワザと腕をぶつけやがったな!」
言い争う男たち、その中心で目を回しているフレイヤ。
いや、よく見ればミーリヤも言い寄られているな。
どこからどう見ても、文句なしの『面倒ごと』だった。
「レイシス様、気になるなら助けに行かれてはどうですか?」
「無茶いうな」
目の前の惨状を見て思わずため息をついていると、後ろからアリシャに声を掛けられた。
「あの中に俺が飛び込んでもみろ。確実に『平民の分際でー』とか、『雑魚が調子に乗るなー』だとか、この前みたいに難癖付けられるに決まっている」
フレイヤを取り囲んでいるのは全員貴族だ。
対して外野からチラチラ様子をうかがっているのはどれも平民。
この勢力図から見て、俺が突っ込めばどうなるかは目に見えている。
「ではお見捨てになられると」
首を動かしてアリシャを見ると、目元が少し笑っていた。
あれはからかっている時の顔だな。彼女が状況を把握しきれていないハズがない。
「ほっとけ。どうせそのうち収まる」
ペアの届け出を行うには、二人で受付に向かう必要がある。
だから無理やり組むなんてことは出来ないし、どのみちこの場で決まるとも思えない。
フレイヤたちには悪いが、余計な事をしない方がかえって穏便に済むだろう。
なんて結論に至っていたのだが、人だかりの言い争いはさらに白熱していた。
「そこまで言うなら模擬戦で決着を付けようじゃねえか!」
「望むところだこの野郎!」
模擬戦というとたしか、あらかじめ申請することによって教師立ち合いのもと、ルールに則って戦えるというアレか。
さすがは貴族同士。
俺の時みたいに、いきなりこの場で魔法を打ち合うようなことはしないらしい。
いやまぁ、俺は一切魔法を使ってなかったんだが。
というか冷静に考えたら、俺はまったく悪くないような。
まぁ過ぎた話だ。忘れておこう。
「そうと決まれば早速今日の放課後だ。逃げるんじゃねえぞ」
「そりゃ俺のセリフだ」
「おいおい待ってくれよ、俺たちも混ぜてもらうぞ?」
続々と声を上げる生徒たち。
何だか話が雪だるま式に大きくなっているようだが、フレイヤたちの意見はガン無視なのがまた……。
「お前たち、少しいいだろうか」
俺が呆れていた時だった。
ひと際大きな声を上げ、集団の中に威風堂々と混ざっていく一人の男が映る。
覚悟を感じさせる力強い一歩。
それはまるで死地に赴く英雄の背中。
「その戦い、私も参加させてもらおう」
ライエンだった。
投稿作業中に気づいたのですが、今回まさかの100話です。
書き始めた当時はこんなに続けられるとは思っていませんでした。ここまで応援して下さった皆様、本当にありがとうございます。圧倒的感謝です。




