10. 問題児は振り回される
ミーリヤおすすめの店で昼食をとり、寮で必要なものを買い揃えた後だ。
俺たちはもう一度学校へ戻り、入寮手続きを行っていた。
もう試験は終わったらしく人も減っている。
今ここにいるのは入学を決めた人間だけだろう。
ちなみに俺はなにもしていない。
壁に背を預けて暇を持て余しているだけだ。
ふたりが俺の分も済ませてくれると言うので、完全に丸投げ状態である。
「君はそうやって、いつもフレイヤ様とミーリヤ様にやらせているのか?」
「うるせーな。俺は客人様だぞ」
「貴様……」
どうやらライエンはちょうど手続きを済ませたところらしい。
こんな場所でまた顔を合わせるとはな。
本当にツイていない。
だが俺から何を言われようと、今の彼にはどうしようもないはずだ。
なんせフレイヤたちの家に招かれた、大切な客人という扱いになっているのだから。
「まあいい。その様子では退学になる日も遠くないだろうからな。覚えておくがいい!」
大声で言い放った彼はズカズカと歩いていく。
たぶん自分の部屋にでも向かうんだろう。
最後までやかましい奴だ。
その後もしばらく待っていると二人が近寄ってくる。
思っていたより終わるのが早かったな。
「なにやら揉めているようでしたが……大丈夫でしたか?」
「本当あなたって、すぐに問題を起こすわね……」
「いや悪いのは全部アイツじゃねえか?」
至極まっとうな主張のはずだが、どうもミーリヤは適当に聞き流しているらしい。
あまりにも理不尽だ。
「フレイヤー!」
「レ、レイシスさんは悪くないですよ!」
やはり彼女だ。
俺には彼女しかいない。
「あんまり甘やかすと痛い目に合うわよ」
「あ、あはは……」
苦笑いするフレイヤが半歩引き下がる。
ここまでの仕打ち、はたして許されるだろうか?
俺はすかさずミーリヤを睨む。
が、彼女はあまり気にしていない様子だった。
本当に理不尽である。
「もう、今はそんな事どうでもいいの。それよりフレイヤ、彼に渡してあげて?」
「分かりました。……こちらがレイシスさんの部屋の鍵になります」
「おっと、悪いな」
彼女から手渡された寮の鍵を軽くさすってみる。
これ複製対策の魔法が付与されているな。
それもかなり強力なものだ。
仮にこの鍵を複製しようとしても、俺では難しいかもしれない。
「鍵に付いてるプレートですが、そこに部屋番号が書かれています」
「816……これか」
「それじゃあ私たちは自分の部屋に行くから、また明日ね」
言いながら彼女たちは女子寮の方角へと歩いていく。
だが俺にはまだひとつ聞いていない事があった。
「待ってくれ、学校で必要な物とかはどうすればいいんだ?」
学校なのだから当然制服や教科書などが必要になるはずだ。
だがそんなもの渡された覚えはない。
「もう一緒に手続きしたわよ? 後で部屋に届くって言ってたわね」
「そ、そうか……全部任せて悪いな」
手際が良すぎて流石に申し訳ないな。
これじゃあ完全に俺の母親だ。
いや実際どうなのかは知らんが。
「とりあえず荷物を置きに行くか」
こんな場所に居たって何もすることは無い。
さっさと俺も部屋に向かうとしよう。
そういえばミーリヤは『また明日』などと言っていたが、一体なにがあるのだろうか?
明日会ったら先に聞くか。
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「お待ちしておりました、ご主人さま」
「お、おう……」
寮とは思えない豪華な部屋に入るや否や、紫髪のメイドが頭頂部の猫耳を向けてくる。
うなじが隠れる程度に伸びた綺麗な髪だ。
それにスタイルも悪くない。
うむ、これは部屋を間違えたな。
「んなわけあるか。なんでメイドがいるんだ」
思わず考えていたことが口から漏れる。
そもそも鍵が使えたんだから俺の部屋に決まっているだろう。
それにこの調度品の数々だ。
学生が使う部屋とは到底思えない。
「ご主人さまは一番上のランクで学費を支払われておりますので、最上級の寮室と待遇が宛がわれているためです」
えぇ……アイツら何やってくれてんの……。
てか学費に段階があるなんて初耳だぞ。
俺の給料5年分って話は一体何だったんだ?
「その一番上のランクってのは一年間でいくらなんだ?」
「エーリュ金貨8000枚ほど、と伺っております」
「ふむ」
なるほど、5年分ってのは多分かなり下のランクの話だったんだな。
これ以上考えるのは止そう。
彼女たちに頭が上がらなくなる。
「そういえば名前を聞いていなかったな」
「これは失礼致しました。本日よりご主人さまのお世話をさせていただくテルラと申します。何なりとお申し付けくださいませ」
「俺はレイシス……ってその顔はもう知ってそうだな」
「すでに様々な書類は受理しており、目も通してあります」
俺が手続きしたわけではないため、書類とやらが何なのかは分からない。
まあ試験結果は間違いなく渡されているだろうが。
「それでテルラは具体的になにをしてくれるんだ?」
「なんでも致します」
即答である。
年齢的にも同じくらいだろうし、ここまで上下関係をはっきり示されても困る。
そもそも今の俺はただの学生、一般人だ。
まあ言っても聞いてくれなさそうだが……。
「じゃあ得意な事とかは……」
「炊事に洗濯、家事と護衛です。あとは夜伽――」
「よしもういい」
何なんだこの学校、というよりこの待遇は。
貴族ってのはこんな世界で暮らしているのか……?
護衛までメイドにさせるのが普通なのか?
……夜伽? そんなもん論外だ。
「ちなみに魔術士……でいいのか?」
さっきから思っていたのだが、彼女には一切スキがない。
それなのに体は小さく、華奢な見た目だから魔術士だとは思うのだが……。
あの教師の事もある。
俺はもう何も信じられん。
「はい、Aランク魔術士です。保有魔法書は疾風の書と豊穣の書になります」
「ということは俺より上ってことか」
「恐れ多い事でございますが……」
彼女は心底申し訳なさそうに深く頭をさげる。
うーん、やはりこの関係はやり辛い。
とはいえ仕事を任せない、ってのは無理だろうな。
彼女の存在意義に関わってしまう。
ここは妥協案でいこう。
「よし、じゃあテルラには家事全般を頼みたい。ちょっと不慣れでな」
「かしこまりました。ちなみにもうお食事時ではありますが、さっそく召し上がられますか?」
言われて窓の外に視線を移すと、確かに外は暗くなり始めている。
ドラグシアと違って大気中の魔力が多いのか、夕日がとても綺麗だ。
「そうだな、シャワーを浴びてくるからその間に頼めるか?」
「それだとお背中を流すことが出来ませんが……」
「いや要らんわ!」
しまった、思わず大声でツッコミを入れてしまった。
テルラが滅茶苦茶縮こまっている。
「いやー悪い、ついやっちまった。ゆっくり浴びたいだけだから気にしないでくれ」
「は、はい……。お食事の準備をしてお待ちしております……」
なんというか、これからの学生生活が非常に不安である。
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サクっとシャワーを浴び、(いつの間にか)用意されていた衣服に袖を通した俺は、並べられた食事の前で唖然としていた。
「テルラさん、ひとつ質問よろしいでしょう」
「なんでしょうか?」
フレイヤたちの屋敷ほどではないが、それでも豪華な料理たち。
少なくとも学生が毎晩食べるような献立ではない。
というかこの短時間でよく作れたな。
「これが普通なんでしょうか」
「至って一般的だと思いますが。……お気に召しません……でしたか?」
頼むからその泣きそうな顔をやめてくれ。
俺は悪くないはずだ。
でもなぜか罪悪感が湧いてくるんだ。
「いやもう最高! いただきます!」
俺は椅子に座り、用意された料理は片っ端から食べていく。
見た目は凄いがそれだけじゃない。
味も文句の付け所が無い。
俺の様子を見て安心したのか、彼女はほっとした表情でこちらを見ているようだ。
「テルラは食べないのか?」
「わたしはご主人さまのお食事が済んだ後にいただきます」
「それだと洗い物とか面倒だろ。一緒にどうだ?」
「そんな恐れ多い事できません」
そりゃ貴族と使用人の関係なら理解できるが、俺たちはそこまで厳密な関係じゃないだろう。
今後この関係が続くとストレスで俺の髪が無くなるぞ。
「なら命令だ。一緒に食べよう」
「そういうことでしたら……」
彼女はしぶしぶといった感じで、自分の料理を持ってくる。
なんでこんな場所まで来て人に命令しなくちゃ――。
「待て、なんだその料理は」
「はい……? パン、ですが」
「いやそれは見れば分かる。なんで俺がステーキやらスープがあるのに、そっちはパンだけなんだって聞いているんだ」
「メイドだからです」
そっかー、メイドだからかー。
やばい、もうこの学校辞めたい。
なんで俺が貴族みたいな生活をしなければならないのだろうか。
「はぁ……。じゃあ今日は俺の分を一緒に食べてくれ。実は外で軽く食べて来た後なんだ」
昼食は外でとってきたのだから別に嘘じゃない。
予想通り彼女はなにか言おうとしてくるが、もちろんそんな事させる気は毛頭ない。
「命令だ」
「か、かしこまりました」
ここまで言ってやっと彼女は一緒に食べ始めてくれる。
まぁ渋々といった感じではあるが……。
ともかくこれでやっとひと段落だ。
しばらく静かに夕食をとっていた俺たちだったが、テルラが不意にこちらを見つめてくる。
「そういえばお仕事は家事だけでよろしかったのですか? ご主人さまには護衛が居た方がよろしいかと思われますが……」
「あぁ、それなら気にしないでくれ」
別に彼女に悪気は無いだろう。
俺はBランク魔術士ってことになっているからな。
にもかかわらず最上級の寮室を選んでいるのだ。
そのお値段なんと……。
いや考えるのは止めると決めたばかりじゃないか。
要するに人質取って身代金を要求する対象としては満点だということだ。
少なくとも俺が犯罪者ならそうする。
とはいえ送り迎えまでされては動きづらい。
目的のためにも、ひとりで居られる時間は多いに越したことはない。
「よし分かった。ちょっとそこで見ててくれ」
俺はグラスの中身をグイっと飲み干し、中の氷から目を離さないよう彼女に伝える。
言葉で伝えるより、見せて納得させた方が早いだろう。
そうだな……あそこにあるシャンデリアで良いか。
学生寮の一室にシャンデリアがあることに関してはこの際無視だ。
詠唱はもちろんしない。
「す、凄い……です……」
彼女は思わずと言った感じで感嘆の声を上げる。
俺は最後にもう一度氷を整える。
これでシャンデリアの完成だ。
いわゆる氷像という奴である。
といっても方法自体は至ってシンプル。
烈火の書で表面を溶かし、形を整えながら潺の書でまた凍らせる。
魔法を使った氷像の作り方は基本的にこの繰り返しだ。
あとは潺の書で表面を湿らせば、まるでガラス細工のように仕上がる。
やり方自体は単純だが、魔法の習熟度を要求される遊びだ。
これで彼女も、俺に護衛が必要ない事を理解してくれるだろう。
そういえば何もない場所から氷像を作れる奴がいたな。
といってもそんな芸当が出来るのは、俺が知る限り潺の翼である彼女だけだが。
「まぁランクは低いが魔法はわりと使えるんだ。それに男が女の子に守られながら登校ってのも恥ずかしいだろ?」
「すみません、お守りするなどと出過ぎたことを口にしてしまいました。お許しください」
「親切心から提案してくれたんだろ? むしろ感謝したいぐらいだから気にしないでくれ」
最初は不安だったが、やはり彼女に悪意は一切ないのだろう。
これから長い付き合いになる。
なんとか良好な関係を築いていきたいものだ。
「あ、もうひとつ忘れていました」
「ん? まだなにかあるのか?」
「夜伽の方は――」
「いや要らんわ!」
もう一度言う。
これからの学生生活が非常に不安である。




