1. 異端の翼は始末される
一話と二話がプロローグに近い構成となっています。
三話から時系列通りに始まりますので、お付き合い頂ければ幸いです!
「ふわぁ……」
登校してきたばかりだというのにあくびが漏れる。
「授業前とはいえ、さすがに隠したほうが……」
「いやー悪いなフレイヤ。あとでノートを見せてくれ」
そう言ってすかさず机に顔を伏せる。
もちろんこのまま寝るためだ。
が、それは叶わない。
今度は反対側から強い視線を感じ、俺は仕方なく顔を上げた。
「ちょっとレイ、今日も朝から居眠り?」
「どうせ座学だろ? あとでフレイヤのノートを見れば完璧だ」
「よく堂々と言えるわね……」
ミーリヤはあきれているようだが関係ない。
やると決めた事はやり遂げる。それが男の矜恃である。
という訳で今度こそ寝るべし。
そう考え、ふたたび机に顔を突っ込み目を閉じた。
どうせまたあの夢を見るのだろう。
でもそれでいい。
何度見せられても構わない。
忘れてしまわないよう、何度でもだ。
----
「"レイシス? ターゲットの処理、確認……したよ?"」
頭の中に響く《"魔導通信"》。
今日も自信なさげだが心配する必要はない。
何かあればもっと口数が少なくなる。それが彼女だ。
「"こっちもいま仕事が済んだぞ。フィリアは速やかに狙撃地点から撤収、アリシャは合流ポイントCへ移動してくれ"」
返事は誰一人欠けていない。
どうやらみんな大丈夫みたいだ。
俺もさっさと引き上げよう。
そう考え、目の前に転がっている死体を手早く焼却する。
相手は裏で名の知れている人間だ。このまま残す訳にも行かない。
「しかし妙だな」
国にとって邪魔者だったとはいえ、こんな雑用を俺の部隊に回すのは引っかかる。
戦争が終結して忙しい時期であるこのタイミングで、だ。
仕方ない、自身の勘を信じてみよう。
もし間違えていたのなら、あとで笑って流せばいい。
「"みんな聞こえているか?"」
俺は別のチャンネルで《"魔導通信"》を全員に送る。
彼女たち以外には誰にも教えてないものだ。
しばらく待つと頭の中に声が返ってきた。
全員困惑しているが、それもそのはずだ。
このチャンネルは緊急時のみ使うと決めていた。不審に思われても仕方ない。
「"全員ポイントFに変更してくれ"」
新たに指示した撤収ポイントは、本来であれば使うはずのない予備の場所である。
みんな疑問を感じているようだが、こればかりはどうしようもない。
「"理由は後で話す。今はとにかく急いで欲しい"」
説明できる機会がある事を祈っておこう。
「"あーそれとノーラ、お前今どこにいるんだ?"」
作戦中、バックアップを担う人員は王宮待機が基本である。
……というか規則なのだが、自由奔放な彼女のことだ。
今日も勝手に抜け出している可能性は十分ありえる。
だがそんな心配は杞憂に終わった。
「"んー? 今日はウチの部隊のとこにいるよー?"」
幸いなことに、珍しくちゃんと配置についてくれていた。
これなら今から出す指示の内容も間に合ってくれるだろう。
「"そこに置いてある研究資料のオリジナルは破棄だ。ついでに評価済みの試作機も全て破壊してほしいんだが……"」
全身に魔力を流しながら要点を伝え、視線を動かし遠くを見据える。
嫌な予感が的中してしまった。
「"おけおけー……って全部!?"」
「"あぁそうだ"」
「"うそーん!?"」
予想していたよりも来るのが早い。
やはり最初から仕組まれていたか。
とはいえこの場を離れるわけにはいかない。
もしここで俺が引けば、彼女たちが逃げる時間を稼げない。
「"……そんなことしたら女王様とか怒るんじゃない?"」
「"どうしたお前、普段そういうの気にしないだろ"」
「"うーん、なんかレイらしくないんだよなぁ"」
そういえば彼女は変なところで勘が鋭かったな。
いつも適当に流すクセに、こういう時に限って頭が回る。
まぁ確信がないのか、これ以上聞いてくる気配はないみたいだが。
今だけはその適当な性格に感謝しよう。
「"とにかく頼んだぞ。あとはそうだな――"」
チラリと視界の隅が光る。
俺は勢いよく跳躍、急いで回避行動を取った。
「来たか」
瞬間、先ほどまで立っていた石レンガの地面が爆ぜた。
魔法による長距離狙撃だ。
「来るのが早いな」
恨み言をこぼしながら壁を蹴って屋根に着地。
続けて全身に巡らせていた魔力を開放する。
これ以上身を隠しても意味がない。
向こうの射程圏内に入っている事は今の攻撃で分かっている。
そこか。
遠くの時計塔で間違いない。
敵はあそこから動く気がないらしい。
狙撃に失敗したにもかかわらず位置を変えてないのが不可解だ。
明らかに素人のそれだが、一体なにを考えてこんな奴を使ったのだろうか。
俺は詠唱しながら魔力を球状に凝縮、狙撃手へと最速で打ち込む。
次の瞬間、敵がいた時計塔はタイムラグなしに砕け散った。
視線を外した俺は周囲を警戒しながら、ふたたび《"魔導通信"》に意識を戻す。
「"悪いノーラ、さっきの続きだ。廃棄の件、報告書に書いてない例のアレもだぞ。ちゃんと処分するように"」
「"えーっと……?"」
すっとぼけているが嘘なのは分かっている。
「"こっそり隠すのは無しだ。エーリッシュの池にでも放り込んどけ"」
不測の事態も考えてそう伝えると、彼女は猛烈に抗議し始めた。
「"ぇえー!? アレは見逃してくれるって約束だったじゃん!"」
「"うるさい、これも命令だ。あんまりわがまま言ってると、有ること無いこと報告して減給に追い込むぞ"」
「"え、ちょっまっ――!?」
顔は見えないが、不機嫌さを顕にしているに違いない。
やがてしばらく待つと、彼女は荒れ気味に返してきた。
「……むー! 分かったよ捨てておく! 今日のレイ、なんか嫌い!"」
ぷつり。
なんて音が聞こえて来たかと思えば、彼女はとっくに通信から抜けていた。
おそらくもう準備を始めている。こういう所だけは真面目なのだ。
安心した俺は無意識に時計塔へ視線を戻す。
そして、思わず自身の目を疑った。
「どういうことだ」
あり得ない。
時計塔はなぜかそのままの形で残っている。
何度まばたきしても無傷だ。
「まさかアイツは――」
ふと心当たりが過った。
なぜ俺は時計塔ごと消し飛ばしたと思いこんでいた?
そしてなぜ、長時間気づくことすら出来なかった?
答えは明白だ。思考を捻じ曲げる精神干渉系の魔法に他ならない。
こんな器用な事ができる奴らはひとつだ。
「いや違う、ひとりしか存在しない」
敵の正体に気づき、急いで対策を練ろうとした時のことだった。
背後に浮かび上がってきた強烈な殺意。すかさず回避したがわずかに遅い。
反応できた頃には、ローブの敵が俺の右肩を短剣で切りつけていた。
見た目はとても小さな切り傷だ。
だがこれは致命傷となる、あまりに大きな切り傷だった。
「――!」
竜翼魔術士団、第八中隊。
軍の中でも謎に包まれている影の部隊。
でも俺はこいつらの手口を、そして魔法をイヤというほど知っている。
やがて突然襲ってきた激痛と共に、肩から先の感覚が消失した。
普通の人間であれば発狂し、一瞬で気絶するレベルの強烈な痛みだ。
まさか痛覚強化まで乗せてくるとは思わなかった。
切り落とされた右腕がみるみる離れていくが、俺は構うことなく大きく飛び退く。
最低でもあと60秒は稼ぎたい。でないと彼女たちが逃げ切れない。
とにかく時間を稼ぐ。
それが今採れる唯一の選択だ。
「なぁ、どうして俺はこんな状況になっているんだ?」
ダメ元で声を掛けてみるが返事はない。
暗殺者である彼らは会話などしない。
――はずなのだが、相手は意外にも一呼吸置いて返して来た。
「動揺ひとつ見せないんだね」
ひどく聞き覚えのある声だ。
「ここまでしても意識があるなんて、やっぱりレイは異常だよ」
男はそう口にしながらフードを取る。
中から出て来たのは俺が良く知る顔だった。
「ベイルか。まさかお前を差し向けられるとはな」
左手で右肩を押さえ、口元を隠しながら止血する。
コイツが相手となると治癒魔法は使えない。
「予定……いや想定では、キミはとっくに気絶しているはずなんだけど」
「その方が楽に殺せるって言いたいのか?」
コイツが動いたということは殺し以外にあり得ない。
しかしなぜ俺を狙う?
「いまいち分からないな。まさかお前ら第八の勝手な行動って訳じゃないだろ」
彼らは忠誠心の塊のような部隊であり、上からの指示なしに独断専行する可能性は低い。
だが陛下が俺の殺害を指示するとも思えない。一体誰の差し金だ。
そんな俺の疑問は、続く彼の言葉によって判明した。
「ゼシウス閣下からの命令でね。キミも終戦の日、あの恐ろしい魔法を見た筈だ。上はレイが軍を裏切ってアレを使ったと考えているらしい」
「何を言い出すかと思えば……」
竜翼魔術士団を統括するゼシウスであれば確かに第八中隊を動かせる。
でも理由があり得ない。奴が知っている可能性は限りなくゼロに近い。
いや、ゼシウスだけじゃない。
俺たち以外、知っているはずがないのだ。
おそらく理由は別にある。俺を消そうとしている別の理由が。
その上で、表向きの口実として白羽の矢が立ったのが終戦のアレなのだろう。
とはいえ流石に無理がありすぎる。
「俺の階級は軍曹だぞ? ただの下士官があんな魔法を使っただなんて、上は本気で信じているのか?」
「少なくとも僕は何かの冗談だと思っている」
お前自身も納得していないのか。
にもかかわらず第八が動いていると。
やはり妙だ。こんなあやふやな理由で彼らを動かせるハズがない。
つまり今回の命令、陛下は知らない可能性が高い。
完全にゼシウス……いや、『上』の連中と言ったな。
彼らが裏で糸を引いているのは明確だ。
「お前も疑問に思ってるんならコッソリ見逃してくれてもいいぞ」
「それは出来ないことぐらい、君が一番分かっているだろうに」
もちろん冗談だ。命令遵守の考えは十分理解している。
第八中隊……いや、俺含む軍人の在り方であり存在意義なのだから。
上官の命令に逆らうことは、どんな理由があろうとも許されない。
「"翼持ち"の6人全員がレイを殺しに向かっているんだ。もう時間がない、頼むから抵抗しないでくれ」
この不安定な時期に軍の最大戦力を全てか。どう考えても正気じゃない。
上層部はそこまでして俺を消したいのか。
それっきり彼はもう何も語らなくなった。時間切れ、そういう事なんだろう。
少しの情けから取り合ってくれたんだろうが、俺たちは友人である前に軍人だ。
これ以上の温情は期待できない。
――だがこの貴重な時間、有意義に使わせてもらった。
口元を隠したのは指示を出すためだ。
そしてそれはもう済んでいる。時間を稼ぐ必要は無い。
「何とか間に合ったな」
ここで第八中隊を無力化する手もあった。でもそれではダメだ。
軍の死傷者を増やしてイタズラに刺激すれば、他の部隊を差し向けられるだけで根本的な解決にはならない。
だからこそベイルの足止めに徹し、彼女たちが逃げきるための時間が必要だった。
彼の話を聞く限り最重要目標はあくまで俺だけのはず。
なにも全員が犠牲になることはない。
軍も余計な損害は出したくないだろうし、俺さえ死ねばそこで終わる。
後は抵抗するフリを見せ、このまま彼らの作戦を終わらせてやるだけだ。
「来いよ」
ベイルが短剣を構えると同時、静かに構えて言い放つ。
みんなの安全は確保された。
例え俺の意図に気づいたとしても引き返せないほど離れている。
そう確信した俺は、別れの言葉を彼女たちに告げた。
「"お前たちは生き残ってくれ。これが最後の命令になる"」
軍に入ってからは毎日、『今日が死ぬときなんだろう』なんて考えはした。
だからだろう。不思議と死に対する恐怖はない。
……まぁ、こんな終わり方になるとは思ってもみなかったが。
「"本日をもって第零魔法試験小隊は解散だ"」
頭の中は抗議の嵐だったが、一方的に魔法を切って目を瞑る。
しかし、なんだかな。
奴らは冤罪を吹っ掛けるつもりらしいが、あの魔法に関しては当たってるのが皮肉なもんだ。
そうやって心の中で笑みを零しながら、胸部に差し込まれた短剣の感触を最後に俺は意識を手放した。