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家出少女は昔振られた幼馴染と瓜二つ  作者: ナックルボーラー


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51話 資格

 凛が実家に帰省を尻込みしている間に、街中で偶然、凛の母親である夏樹さんと遭遇。

 あっちは飲み物を買っていた鈴音を凛と勘違いをしていたようだが、本物の凛の登場でその誤解は解け、凛の実家(隣が俺の実家)が近かった事もあり、その足で俺達は凛の実家内に入れされて貰った。


 居間に通された俺達は、テーブルを挟んで向かい側に夏樹さん、こっち側に右から俺、凛、鈴音の順で座っている。遭遇後から家の中まで何故か無言の夏樹さんだが、俺達が座り話す態勢となると、瞑っていた目を開き。


「久しぶりね、凛。何年ぶりかしら?」


「…………大体16年ぶりぐらい……かな?」


 凛と夏樹さんは親子なんだが、このギスギスした空気は到底親子とは感じられない。

 だが仕方ない。

 今凛が語った様に、凛と夏樹さんは16年ぶりの再会。しかも絶縁理由は喧嘩だ。


「正直言って、貴方がこの街にいる事に驚いているわ。貴方、今まで何処に行っていたのかしら?」


「…………ここから離れた場所で仕事を……していました」


 凛は夏樹さんの顔色を窺う様でビクビクと怯えている。

 夏樹さんも眉根が寄せられているから不機嫌が見て取れるから仕方ないのか。


「そう。仕事はしているのね。だけど、お父さんの死に目にも出て来なかったのに、どうして今になって帰って来るつもりになったのかしら?」


 凛の首筋に冷や汗が流れている事が確認出来た。

 もし、俺が親父さんの事を話していなければ、今頃凛は戸惑っていただろうが、凛は親父さんの死を知っている。


「その事に関しては……ごめん。いや、謝っても謝り切れないのは分かってる……。だけど、一度はお父さんの遺影に手を合わせたくて……」


 ボソボソと力なく話す凛に夏樹さんはため息を吐き、夏樹さんは俺の方を見る。


「康太君も去年の夫の葬式ぶりね。けど、こうやって貴方が凛と一緒に来たって事は、貴方が夫の死を凛に教えてくれたのかしら?」


「ええ、まあ。偶然にしては出来過ぎかもしれませんが、凛は現在、俺が勤めている会社に在籍してまして、その縁で凛に話しました」


「なるほど。つまり、それを聞かなければ凛はずっと家に帰って来るつもりはなかったってことね」


「それはないよ! いつかは家に顔を見せようと思っていたよ! だけど……お父さん達に怒られるのが怖くてずっと帰れなくて……。そう思っている間に、お父さんが亡くなってるのを知って……」


 凛は強く否定するが、親父さんの死を今更ながらに悲しく思ってか最後の部分は弱かった。

 

「まあ、今更貴方の事情を知っても、お父さんは去年に亡くなっている。もう取返しが付かないわよ」


 夏樹さんに叩きつけられ凛の目尻に涙が溜まる。

 凛は親父さんを怖がっていたが慕っていた。そんな親父さんを裏切った自分が許せないのかもしれない。だが、凛がどんなに悔やんでも、夏樹さんの言う通り、もう取返しはつかないことだ。

 夏樹さんは次に鈴音の方に目線を向ける。


「そう言えば、その()。まるで昔の凛の生き写しの様だけど、まさかその娘が」


 夏樹さんに話題を振られ鈴音は緊張気味に背筋を伸ばす。


「は、はい! 私はお母さ……田邊凛の娘の田邊鈴音です。えっと初めまして、お祖母ちゃん」


「鈴……音? すず……。そう。貴方があの時の……本当に、昔の凛に瓜二つな子だね。正しく、凛の子だよ」


 一瞬、夏樹さんは何処か悲しそうな表情をしている様に見えたが、気のせいか?

 

「お母さん。お父さんの死に目にも姿を現わさなかった、親不孝の私だけど、せめて……せめて、お父さんに手を合わせる事を許してくれないかな……。お父さんに別れと育ててくれた感謝を言いたいから」


 今日の目的は親父さんの墓参り。凛はその事を頼むが、


「そう。勝手になさい」


 そう言って夏樹さんは紙とペンを取り、地図らしき画を書き始める。


「ここがお父さんの遺骨が納骨されている墓地よ。墓参りでもなんでもしてきなさい」


 まるで突き放すかの様に夏樹さんは地図を凛に押し付ける。

 母親の態度に凛は困惑していると、


「凛。私と貴方の親子関係は今日限りよ。お父さんの墓参りが済んだら、この先私の前現れないでちょうだい。私は、貴方の事許したつもりはないから」


 夏樹さんの言葉は凛をどん底に突き落とすのには十分だった。

 親子の縁を直接言葉で告げられた凛の腕は力なく下がる。そして夏樹さんは鈴音の方を見て。


「鈴音……ちゃんだったかしら。貴方も、先程私の事をお祖母ちゃんって呼んだけど、私は貴方にお祖母ちゃんなんて呼ばれる筋合いはないわ。今後、私の事をお祖母ちゃんなんて呼ばないでくれるかしら?」


 更に孫にあたる鈴音にも夏樹さんは突き放す。

 鈴音は凛と比べる夏樹さんとの関係は皆無に近いが、言うなれば鈴音にとって数少ない血の繋がりを持つ祖母だ。だから夏樹さんの拒絶に近い言葉は心を抉る様で言葉を失う。


 その後は俺達は有無を言わさず、夏樹さんによって家を追い出されてしまった。



 家を追い出された俺達は、直ぐに移動できる状態でもなく、家の前の石塀の立ち尽くす。

 凛は母である夏樹さんの拒絶により心が折れたのか、涙をポタポタ流し。


「覚悟はしていた……けど、実際言われると辛いなぁ……。お母さんは私のこと、許してはくれないんだな……それもそうだよね。こんな親不孝な娘、今更娘だとは思う訳がないか……」


 凛自身も何処か心の隅で覚悟はしていたのかもしれない。

 凛は他の反対を押し切り、鈴音を産むために家を飛び出た不良娘だ。

 それを数年後に孫を連れて戻って来ても許すだろうか。


「鈴音は大丈夫なのかよ。祖母にあんな風に言われて?」


 凛と比べるとあまり気にしない様子の鈴音は苦笑いを浮かばせ。


「全然無い……ってわけじゃないです。私にとってあの人は、血の繋がったお祖母ちゃんですから、正直かなりショックですね……。けど、お祖母ちゃんの気持ちを考えると、ね」


 確かに今まで音信不通で親父さんの葬式にも表れなかった親不孝の娘が今更帰って来てもって、夏樹さんの気持ちも分からなくはない。

 だが、少し解せない。

 1つは、街で遭遇した時、勘違いとはいえ、夏樹さんの方から俺達の方に接触して来た。普通、許してないのなら声をかけるか? まあ、文句を1つでも言いたいってのなら分かるが。

 2つ目は、あの鈴音を見ていた時の顔。あれは何処か自己嫌悪している様にも見えた。

 

「…………これは1つ、確かめてみるしかないな」




 昼頃だからって、カーテンを閉め切り、仏壇の蝋燭だけが灯る薄暗い部屋。

 仏壇の前に座る夏樹さんに、俺は声をかける。


「夏樹さん、1ついいですか?」


「あら。人様の家に合意も無く入るなんて、昔から悪ガキだと思ってたけど、大人になっても変わらないのね、康太君は」


 それに関してはスミマセン。けど、1つ弁明するなら、俺はチャイムを鳴らした。

 だがチャイムを鳴らしても出て来なかったから、空いていた玄関から入ってまで。まあ、それもレッドよりのグレーだけど。


「それで、私に何の用かしら? 貴方もあの子たちと一緒に夫の墓地に墓参りに行くんじゃなかったの?」


「勿論、親父さんには沢山世話になりましたから、今日だけに限らず、毎年墓参りに行きます。だけど、今日は貴方の真意を確かめた後に、貴方も連れて一緒に墓参りに行きます」


「私の真意?」


 夏樹さんは仏壇に向けている体を振り返られ、俺の方に向き直る。

 俺と夏樹さんは凛との交流の関係上、深い付き合いをしている。だから、この人の性格を知っている。


「貴方は本当に、凛を、孫の鈴音を嫌っているんですか?」


 俺の問いに夏樹さんの眉間に皺が寄る。それを不服と捉えるかそれとも図星と捉えるかは、この先の反応次第だ。


「俺は知っています。貴方が、誰よりも凛の事を心配していたって。高校の頃、凛が姿を消した直後、貴方はずっと凛を探していた。隣町にも出向いて、凛の情報を得ようと頑張っていた……。そんな貴方が、凛を心の底から嫌える様には思えません。勿論、凛が親不孝だからって事もあるかもしれません。だけど、俺にはそうには思えない。貴方は、今も凛の事が、大切なんですよね?」


 俺が語った言葉は単なる俺のエゴかもしれない。

 俺はエスパーじゃないから、夏樹さんの心は読めない。だけど、俺は知っている。

 親父さんが警察に頼るのを拒んだあと、なら自分で探すと昼夜問わず凛を探し続けた夏樹さんを。

 凛が見つからず、ただ凛が無事である事を祈る様に涙していた夏樹さんを。

 そんな夏樹さんが、凛を心の底から嫌っているなんて、俺には思えなかった。


 夏樹さんは暫く無言になると、息を深く吸い、そして吐き捨てる。するとカラカラと笑い。


「本当に、康太君には敵わないわね」


 夏樹さんの表情は先程凛に見せていた剣幕ではない、穏やかなものだった。


「そう。康太君の言う通りよ。私は、凛の事を嫌ってはいないわ」


 それを聞いて俺は安堵する。やっぱり、この人は凛を嫌ってはいなかった。


「勿論、全然怒ってないってわけじゃないわ。実際、お父さんの死に目にも帰って来なかった事は許せない。だけど、やっぱり子供がどんな風になっても、親にとって子供は可愛い存在なのよ」


 そう言って夏樹さんは膝の上に乗せていた厚い本……それは、アルバム?

 夏樹さんがアルバムを捲ると、そこには幼少期から高校までの凛の成長期を表す写真が収められていた。


「だからこうやって、私はお父さんに報告をしているの。私たちの可愛い娘は、無事だったって。お父さん、あの人は頑固で表には出さなかったけど、ずっと凛の事を心配していた。だから、天国で凛の無事を喜んでくれてるかもしれないわね」

 

 夏樹さんの言葉に俺の目頭は熱くなる。

 親は子の健やかなる成長の願う存在。

 どんなに喧嘩をしようと親子の絆は簡単に千切れる物ではない。夏樹さんは今も、凛の母親だ。


「ならなんで、そこまで凛の事を想っているのに、あんな態度を……」


 俺はここでもしかしてと1つの可能性を思い浮かべる。


「まさか、鈴音()、ですか?」


 夏樹さんが凛を拒絶する理由、それは鈴音ではないかと推測する。


「本当に、昔は可愛げがあったのに、察しが良くなったわね」


 そしてそれは正解だった。


「今日、あの娘たちを見て私は、過去の自分の行いに嫌悪感を抱いてしまったの」


「嫌悪感……ですか?」


「えぇ。当時高校生だった凛の妊娠が発覚後、私は…………あの子に我が子を中絶(ころ)す様に言った。学生の内の妊娠なんて倫理的に可笑しいからって、私はあの子の意志を尊重せずに」


 学生の内の妊娠及び出産は、学業や経済的などの観点から世間から冷たい目を向けられる。

 だから周囲にバレる前に発覚する事が多いかもしれない。


「だけど凛は自分の意思で私たちに反対した。私も同じ母親を経験した身だから、凛の気持ちは痛い程分かる。女性はね、子を妊娠した時から母親なの。そして子は宝物。だから、子を守りたいのは母親としての本能。知っていたはずなのに私は、世間の目を気にして……凛の気持ちを一切考えず、剰えあの子に暴力を振るって傷つけた……私は娘に恨まれても仕方ないわ」

 

 同じ女性だからこそ分かる事があるはず。だが当時の夏樹さんはそれを考えようともしなかった。

 中絶を促す為に暴力に走ったことを悔いているのか、傷つけた自分は母親失格だという。


「本当はね、孫である鈴音ちゃんを見た時、愛おしいと感じたわ。抱きしめたい程に……。だけど、あの子は凛に守られた命。そして私は、その子の命を奪おうとした殺人者。そんな私に、あの子の祖母を名乗る資格は……ないわ」


 そうか。あの鈴音に対しての言葉、鈴音の存在の否定ではなく、逆だ。

 鈴音が愛おしく感じたからこそ、夏樹さんが自分に対しての戒めを打ち込んだんだ。

 遠回しでも鈴音の命を奪おうとした自分に……。


「だから康太君……。もし良かったでいいの。私は凛の母親としても、鈴音ちゃんの祖母としての資格はない。だから、私の代わりにあの子たちを、宜しくお願いするわ……」


 深々と頭を下げて懇願する夏樹さん。その体は微かに震えている。

 本当は、自分がその役目を全うしたいだろうに、自分にその資格はないと決めつけ、その役目を俺に託そうとしている。本当に、面倒臭い親子だよ、全く。


「夏樹さん…………嫌ですね」


 夏樹さんの頼みを撥ね退ける俺に夏樹さんは驚いたように顔をあげる。

 どうして……と言いたげだが、俺は懐に手を入れる。


「家族ってのは仕事みたいに誰かに任せる事なんて出来ません。貴方の代わりなんてこの世の何処にもいませんよ」


 俺は懐から取り出したのは、最近活躍中のスマホ。尚通話中。その通話先は、


「おい凛、鈴音。聞こえてただろ。入って来い」


 俺が合図をすると、玄関の扉が強く開かれた音が聞こえた。そしてドタバタとした足音がこっちに近づき。


「お母さん!」


 仏壇がある部屋に入って来たのは、涙を流す凛だった。

 俺と夏樹さんの会話はスマホを通じて外に居た凛たちに聞こえていた。

 恐らく凛や鈴音では夏樹さんは素直には話さない。なら、第三者に近い俺なら夏樹さんは心を開いてくれるのではと思ったが、その作戦は成功した。夏樹さんの想いは、凛に全て伝わっている。

 

「私、一度もお母さんを恨んだ事はない! 私、鈴音()を育て始めて、お母さんの苦労は痛いほどわかった! お母さん達がどんな想いで私を育ててくれたのか! 私はどれだけお母さん達に大切に育てられたのか。謝るのは私の方だよ! お母さん達は私を立派に育てようとしてくれていたのに、その恩を返さずにいなくなったんだから! 私は今も、お母さんの事、大好きだよ!」


「凛……こんな私を、母親だと思ってくれるの?」


「勿論だよ。私にとってお母さん。世界でただ一人だからね!」


 そこにいるのは鈴音の母親である凛ではない。母親を愛する()だ。

 母親の前では子は弱くなる。だから凛は涙を流して母親に抱き付く。そんな凛の背中を夏樹さんは震えた手で摩り。


「凛……ごめんね、貴方の気持ちも考えずに傷つけて……。大きくなったわね、凛……」


「お母さん……お母さん!」


 夏樹さんはただ素直になれてなかっただけだ。本当はずっと凛の事を愛していたのによ。

 そして後から登場したのは孫の鈴音だった。


「鈴音ちゃん……」


 凛の場合は凛自身が悪いと受け止められる事だが、鈴音の場合は簡単に受けいられる事ではないのかもしれない。なんせ、鈴音は自分が生まれる前に殺されそうになっていたのだから。

 多感な時期な鈴音にとって、それは残酷だと懸念したが、鈴音はニシっと笑い。


「お祖母ちゃん。私も、別にお祖母ちゃんを恨んだり、怖がったりは全然してないよ」


 鈴音の言葉に夏樹さんは信じられないと驚いている。


「いや……鈴音ちゃん。私は貴方を殺そうとしたのよ……なのに、恨んでないの……?」


「私が産まれる前の事だから恨むなんてのは分からないけど、私は今こうして生きているからね。こうやってお祖母ちゃんとも会えたんだから」


「貴方も……私をお祖母ちゃんって、呼んでくれるの?」


「うん! お祖母ちゃんは、私の大好きなお母さんの大好きなお母さん。なら、私にとっては大好きなお祖母ちゃんだよ。だから、これから祖母と孫として仲良くしてくれると、嬉しいな!」


 鈴音の笑顔に夏樹さんの感情は崩壊したのか、溢れる程に感涙し、愛おしく感じた孫を強く抱擁する。

 

 16年続いた家族の溝も、今日を持って徐々に埋まっていくことを、俺は切に願う。

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