46話 大切な人の為に
感情に任せて屑野郎の大平清太を殴り飛ばした俺は、倒れ込む奴を無視して、顔に傷だらけの凛の許に歩み寄り。
凛はまるで俺に神出鬼没の幽霊の様な唖然とした目を向け。
「こーちゃん……どうしてここに?」
ごもっともな質問だな。
それもそうだ。凛は俺に行先なんて伝えてないし、GPSの様な場所特定を施しているわけでもない。だから俺の登場に困惑するのも無理はない。
そしてこいつはやっぱり気づいていなかったみたいだ。
「お前の声は、俺の所にも届いていたぜ」
そう言って俺は未だに通話中のスマホの画面を凛に向ける。
画面には通話相手であり繋がりの証明でもある凛の名前が書かれていた。
凛はハッとした顔で転がる自身のスマホに目を向ける。
「じゃあ、一瞬スマホが鳴ったかなって思ったのは、こーちゃんからの電話……」
「その前に何度も連絡してたんだけどな。テメェ、仮にも上司の電話を無視してやがったな?」
俺がそこを突くと凛は苦い顔で顔を逸らす。図星の様だ。
理由は言いたくないみたいだが、大方予想は出来る。
何かしら脅されて連絡出来なかったんだろ。他の奴に話せば知られたくない秘密をばらす的な。
「大体の会話の内容は聞いていた。そんで、電話越しの音とかで場所を特定したんだ。どうだ? 少ない情報で事件現場を特定なんて、俺刑事とか合うんじゃないか?」
と茶化す俺に凛はハハッと笑い。
「そうかも…………ね、って、こーちゃん? 今、大体の会話は聞いていたって言わなかった?
「あぁ、言ったが?」
凛の質問に俺はあっけらかんに答える。すると凛は顔を真っ赤にして項垂れる。
まるで聞かれたくなかった事を聞かれ恥ずかしがっているかの様な。
もしかして、あれを恥ずかしがっているのか?
俺と鈴音を馬鹿にした大平清太に噛みついたことを。
なら、恥ずかしがる事はねえのにな。お前の気持ち、しっかり届いたからよ。
俺は項垂れる凛の頭を2度ポンポン叩いた後、俺に殴られ倒れ込む大平清太に視線
向ける。
「おい屑野郎。いつまで寝っ転がっているつもりだ? 30超えた運動不足の男の拳ぐらいで気を失うわけがないだろ? それとも、本当は喧嘩が弱くてもうノックアウトか? ならマジでダサいな。女に強気だが野郎には及び腰ってのはよ」
俺が挑発的に言うと、やっぱり気を失っているわけがない大平清太は殴られた頬を摩りながらに立ち上がり、血走った目で俺を睨む。
「突然しゃしゃり出て来ての不意打ち野郎がなに調子付いた事を言ってやがるんだ、この底辺野郎!」
前に見た好青年の皮は一切無い清々しいでの屑表情に俺は呆れを通り越して感嘆する。
よく今まで隠し通せて来たものだな。
「底辺底辺って、お前人を馬鹿にするボキャブラリーが少ないんじゃないか? もしかして喧嘩とかあまりした事ないだろお前? レベルが小学生だぞ?」
「チッ! 黙りやがれ!」
煽らせ耐性の低い大平清太は俺に殴りかかるが、俺はその拳を――――自身の頬で受ける。
「痛ぅ……」
俺は痛覚のないサイボーグじゃない。だから殴られれば痛みは来る。
「ハハッ! 人を挑発する大口を叩いていたわりには簡単に殴られるとか情けないな!」
一回俺を殴った程度で優越感に浸り高笑いするコイツが不憫に感じる。
俺が今のを、わざと避けなかった事を知らないばかりに。
「殴られた? 当たり前だろ。一方的に俺が殴れば、弱い者虐めになるからな? 俺は虐めは大嫌いなんだ。だからこれで殴り殴られの喧嘩だ。テメェ、凛を傷つけた事許さないからな?」
不本意でも殴られた事で喧嘩は成立した。俺は唖然とする大平清太の顔を殴る。
ぐはっ、と呻き声を漏らし蹲る屑野郎の胸倉を掴み、強制的に立ち上がらせる。
「何蹲ってやがるんだ。俺は電話越しでテメェが凛に何をしたか知っているからな? 少なくともテメェは10発以上凛を殴った。凛の代わりに俺がテメェにその報いを与えてやるよ!」
頬を真っ赤にして涙目の大平清太に俺はもう2発拳を加える。
俺は喧嘩が大嫌いだ。人を殴る感触が最悪だからな。
だから俺は小さい頃からあまり喧嘩はした事がなかった。自分に原因がある事なら大抵の事なら受け身になって相手に殴られる事を選択するが、昔一度だけ心に決めた事がある。
嫌いな喧嘩でも、凛を泣かす奴はどんな奴でも許さねえ。その為なら嫌いを我慢してぶん殴ってやるよ!
まだコイツが凛に食らわせた2分の1にも達してないが、唇を切り口から血を流す大平清太は反撃とばかりに口を開く。
「おい……お前は誰に手を出しているのか分かっているのか? 俺はお前の所の大事な取引先の社長の孫だぞ? そんな俺を殴って会社がどうなっても良いのか!?」
喧嘩で勝てないと見込んだのか、会社を兼ね合いに出して脅迫する野郎に心底呆れる。
恐らくこいつは、今までも金や会社をひけらかして好き放題して来たんだろ。
「人の大切な者を殴っておいてカッコ悪い事を言うんじゃねえよ。男なら祖父が造った会社を盾にするんじゃなくて、自分で得たモノで勝負しやがれ!」
俺はコイツの脅しに屈しず突き放す要領で野郎を蹴り飛ばす。
ゴホッゴホッと咳き込む大平清太だが、俺を睨む目は曇らない。
「テメェ……マジで許さないからな」
その腐った根性だけは素直に褒めてやるよ。
どんな人生を歩めばこんな性根が腐るのか、逆に感心してしまう。
だが俺はコイツが放った言葉に対して疑問を投げる。
「おい屑野郎。テメェは仲間を呼ぶ時に“いつもは”って言ってたよな? まさか、凛にした様な事を他の奴にもしていたのか?」
コイツの手口は何処か小慣れた感じがしていた。
だから俺はこいつは今回が初犯じゃなくて常習犯なのではと憶測を立てる。
なのにこいつは臆面もなく口端を上げ。
「ああ、そうだが? だからどうした? もしかして沢山の女を食った俺が羨ましいのか?」
どんな思考回路をしていたらそこに行きつくのだろうか。
「外道が……」
それを言ったのは俺の後にいる凛。俺も凛に同感だ。
コイツは女をなんだと思っているんだ? お金があればなんでもしていいと勘違いしているのか?
表には成績優秀の好青年として悪い噂はないが、恐らく、こいつは金の力で被害者に泣き寝入りさせているのかもしれない。もしくは他言できない様に脅迫をしているとか。
薄々勘付いていたから別に驚きはしない超絶軽蔑はするが、だが1つ気がかりだった。
「その事をテメェの祖父は知っているのか?」
オオヒラスーパーの社長大平源次郎は良識のある人物。穏やかな表情から悪人のそれはない。まさか、あれも上辺だけの演技だったのか?
「爺ちゃんは俺の事は知らねえよ。爺ちゃんは正義感が強いからな。こんな事を知れば俺は家を追い出されてしまうよ」
素直な返答に驚きはしたが、その回答を聞けて俺は胸を撫でおろす。
父親は知らねえが、祖父と孫による犯罪と隠蔽じゃなくて良かったよ。
つまり、コイツの暴走はコイツ自身の傲慢によるものってことか。
「俺の事はどうでもいいんだよ。つかお前の方こそ、何ヒーローぶってやがるんだよ。お前、そこの馬鹿女の幼馴染の癖に振られた無様野郎の癖によ!」
大平清太の言葉に俺の心は抉られる。
コイツ、やっぱり俺と凛の関係を知ってやがる。何処で知ったかは知らねえが、俺が凛に振られた事なんか、当時の同級生や関係者ぐらいだぞ。
俺の微かな動揺を逃さなかったのか、大平清太は更に捲し立てる。
「それにしても本当に惨めだよな。幼稚園来の幼馴染の関係で会って間もない大人に好きな女を取られるなんてよ。どんな気持ちだったんだ? 幼馴染の裏切られた気持ちはよ!」
侮辱する様に哄笑をあげる大平清太に凛が、
「こーちゃんを悪く言うなって言ったはずだよ! こーちゃんは全然悪くない! 悪いのは全部わた――――!」
「お前もそれ以上言うな。てか、何度も言うがお前は悪くないっての」
俺は凛の口を手で塞いで遮る。
凛は全部自分が悪いと抱え込んでいる。誰もそんなの望んじゃいねえのによ。
「おい金の力で全てが思い通りになるって思っている勘違い野郎。テメェの勘違いに1つ指摘してやる。お前、幼馴染に対して夢見過ぎじゃねえか?」
俺の指摘に勘違い野郎の口が閉じる。
俺は嘆息しながら自分の髪を掻き。
「フィクションの中では幼馴染の恋愛物語は人気もあって定番中の定番だ。何年も一途に思い続けてきた2人が結ばれる物語、誰もが胸をトキメク。だがな、現実と空想をごっちゃにするなよ。人の心は他人でどうにか出来るモノじゃねえんだよ」
俺はこう言ったが、実際の俺もその夢を描いていた。
俺と凛は幼馴染なんだから、いつかは結ばれるんだと、疑わずに日々を過ごしていた。
だが、幼馴染って関係に胡坐をかいて、俺は凛の事をしっかりと見ていなかった。
幼馴染だから絶対に結ばれる? 冗談。幼馴染だろうと一目惚れだろうと、どんな関係であろうと互いに互いを見てなければ永遠に結ばれるわけがない。俺にはそれが出来ていなかった。
「確かに俺と凛は幼稚園来からの幼馴染だ。恐らく、その関係は後にも変わらないだろう。だがな、人間の心は時が進むにつれて変わるんだよ。ずっと同じ心だって保証はどこにもねえ。だから、昔がどうであれ、昔にどんな確執があれ、大事なのは今どう想っているかだ」
だが、人生は死ぬまで続く。死ぬまで何が起こるか分からないのが人生だ。
過去は変えられない。過去にどう想っていようと、想われていようと、結局大事なのは現在だ。
「その事を踏まえて言ってやるよ。俺は確かに昔凛に振られた。だがな、俺は今も昔も凛が好きだ、大切に想ってる。ありがとよ、ヒーローって言ってくれて。どんなに歳を取ろうと、大切な人を守る時にヒーローと呼ばれて喜ばない男はいないんだぜ、悪役野郎」
俺は過去の失恋に踏ん切りがついた。俺が凛に振られた過去は永遠に変わらない。
だが、それでも俺は、今の凛が好きだ。
大人らしくなったかと思えば昔と変わらずにどこか抜けている所が愛おしい。
大切な奴の為なら格上の奴にも物怖じしない芯の強さが愛おしい。
娘の為に身を粉にして頑張る事が愛おしい。そんなにいねえぜ、娘の為に難関資格を幾つも取るなんて奴は。
「だから大平清太。テメェみたいなクソ野郎に泣き寝入りするぐらいなら、全てを投げ打ってお前をぶん殴ってやるよ。刑務所でも仲良くしてくれよ、糞野郎!」
俺は暴行事件で逮捕を覚悟して大平清太に殴りかかろうとするが、奴はニシリと笑った。
「超絶くだらねえ自己陶酔論を語ってくれてありがとよ。時間だ!」
「なに!?」
自信ありげに腕を広げる大平清太に俺は動きを止める。
どういう意味だ!
「俺は予め仲間とは時間を決めてたんだよ。その時間が来れば俺の連絡無しでここに来ても良いって。それが今だ! アイツらはさぞその女の体に興味津々だったからよ。飢えた肉食獣の様に時間通りに来るだろうよ!」
俺は驚愕して周りを見渡す。
クソっ! やられた! そもそも集団で犯罪を起こしていた奴が1人でいる方が可笑しいか。逆に今まで出て来なかった方が疑問だ。
コイツは見た目に反して喧嘩は弱かったが、流石の俺も多勢ではどうしようも出来ない。
ここは、一か八か凛を連れて逃げるか…………と悩む俺だが、大平清太がいうような仲間が1人も現れない。
「あ? アイツら何をしてるんだ、こんな時に遅刻か?」
コイツも予想外とばかりに焦っている。
そして、仲間が出て来ない理由がある人物によって明かされる。
「お前が言っているお仲間さんはこいつらの事か?」




