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1話 家出少女と迎える初めての朝

 家出少女の女子高生を家に招き入れて一晩が経った。

 俺が拾った家出少女の名は鈴音。苗字は言わずに学生証も拝見してないから本名かは怪しい。

 道端で拾った鈴音を家に入れてから俺は宣言通りにコイツには何もしなかった。

 元々するつもりはなかったが、それ以上に俺はこいつの顔を見るのが嫌だった。

 だが、一度了承した手前に断る事は出来ず、家に泊めたのだが、今日は仕事なのに俺はまともに寝られなかった。


 俺は固いソファの上で毛布のみで寝て、ベッドは鈴音に貸した。

 寝心地の悪いソファと蘇った辛い思い出の傷の所為で俺が就寝出来たのは体感時間で深夜3時程だろう。

 ベッドを借りた鈴音は早々に可愛らしい寝息を立てて就寝。相当疲れていたのだろうか。

 それに対してあまり眠れなかった俺は、今何時かも考えずに眠りに付こうとする。


「——————て」


 意識の外から何か誰かの声が聞こえる。

 ゆさゆさと誰かが俺の身体を揺らす。揺らすな酔いの残りと寝不足で気持ち悪い。

 

「—————きて」


 だから寝させろって。俺は眠いんだよ……。


「——————起・き・て・く・だ・さーい!」


 キーン! 30代の鼓膜に直撃する元気な声に俺は上体を起き上らす。

 

「な、何事だ!?」


「何事じゃないです! 起きてくださいって何度も言ってるじゃないですか!」


 俺は寝汗を袖で拭うと俺を起こした張本人を見る。

 この部屋には俺と鈴音しかいない。つまり、当然俺を起こしたのは鈴音だ。

 俺は鈴音を見るや昔の事を頭痛と共にフラッシュバックする。

 

『もうこーちゃんは朝が弱いんだから。早く起きて、学校に遅れちゃうよ。本当にこーちゃんは私がいないと駄目なんだから』


 俺が昨日出会った家出少女は昔に俺を振った幼馴染の凛に似ている。

 アイツの髪は長かったが鈴音は短いって所は違うが、目元や口などの顔立ちはあいつに似ている。

 世界には同じ顔の人物が3人いるっていう眉唾があるが……こいつはただの他人の空似なのか。

 

「…………あの。私の顔をそんなに凝視させると困るんですけど……」


 寝起きの思考が正常じゃない俺はボーッと鈴音の顔を眺めていたらしく、鈴音は困った笑顔を浮かべている。

 

「あー悪い。なんかお前が昔の知り合いに似ていてな」


「それ、昨晩も言ってましたよね。少なくとも私は”おじさん”の事は知りませんので」


「おじさん、って……。確かに俺は30代だがまだ会って間もない相手におじさん呼びはないだろ。社交辞令としてお兄さんと呼んでも」


「お兄さん……ですか。ならいっそ、お兄ちゃん♡って呼んであげましょうか?」


「…………それは止めてくれ。犯罪臭がぷんぷんするから……」


 鈴音(コイツ)。小悪魔的要素があるな。それに、人を揶揄う表情……本当にアイツに似ている。

 

「そう言えばお前の名前は聞いていたけど俺の名前は言ってなかったな。俺は古坂康太だ」


「康太さん、ですか。なら”こーちゃん”ですね。宜しくですこーちゃん」


 キュッと胸が締め付けられる。

 殆ど初対面の相手をあだ名で呼ぶ事も異常だが、コイツの顔でその呼び名は心臓に悪い。

 

「お前さ。喋り方は礼儀正しい感じだけど、その大人に対しての態度はどうなんだよ」


「この話し方は中学の名残りです。私、中学は私立の女子中に通ってまして、そこは言葉使いに厳しかったですから、それが根付いているのでしょう。ですが、この生意気な性格は私の素です」


 喋り方が良いからと言って性格が良いって訳ではないって事か……フリーザ様的な。

 言葉を矯正されたのならその性格もどうにかしてもらえばよかったのにな。

 自分が生意気だってのは自覚しているみたいだし


「それでこーちゃん」


「だからそのこーちゃんって呼び方は止めろ。色々と心労に来るからよ。せめて康太さんに」


「それでこーちゃん」


「コイツ……マジで人の話を……。まあ、いいや。んで。なんだよ?」


 呼び方の改正を諦めて鈴音の話を聞く事にすると、鈴音は部屋の中心のテーブルに指を差し。


「朝食、出来てますよ」


 本当だ。殆ど目の前にあったのに鈴音の存在感で見落としていた。

 一人暮らしになると作り立ての朝食ってのは中々作るのは面倒で。

 朝は食べないか、食べたとしても冷えたパンかカップラーメンぐらいだからな。

 

「旨そうな匂いだな」


「匂いだけじゃなくて味も良いと思いますよ。冷蔵庫にあった材料は少なかったですから、献立は侘しいですが」


 鈴音が作ってくれた朝食は確かに豪華と呼べる物ではない。

 白米に味噌汁。卵焼きに焼いたソーセージ。きゅうりの浅漬けなど。ザ・日本人の朝食みたいな食事だ。

 元々あまり自炊しない俺が最低限に冷蔵庫に入れていた食材で作られた献立だが、俺は感涙する。

 学生の頃は当たり前の様に作ってくれた母親のご飯。1人暮らしになるとその有難みは強く分かる。

 30代のいい大人が女子高生の手作りの朝食に感涙するのは恥ずかしく、鈴音の痛い視線にコホンと咳払いを入れた俺は、朝食が並ぶテーブルの前に座り。


「折角作ってくれたやつだ。有難く頂くとしよう。頂きます!」


「どうぞ召し上がれ」


 合掌した俺はまず景気づけにお椀に注がれいる湯気の立った味噌汁を啜る。

 味噌汁の味がそいつの料理の腕を表すと言っても過言ではないと俺は信じたいが、寝起きの身体には味噌汁は身に染みるのが一番の理由だ。

 鼻を燻ぶる味噌の香りを感じながらに俺は味噌汁を呑む…………これは。


「どうしました? お口に合いませんでしたか?」


「い、いや……上手いんだが……」


 言葉を失う俺を訝し気に首を傾げる鈴音。

 この味噌汁の味……あいつのに似ている。


『今日はこーちゃんの両親はいないらしいから私がご飯を作ってあげるよ。おっと。献立のリクエストは受け付けないよ。出来てからのお楽しみ。私が精一杯に作るんだから、好き嫌いせずに残したら駄目だよ』


 幼馴染の凛は共働きで家に両親がいない事が多かった俺の為によくご飯を作ってくれた事がある。

 味噌は違うはずなのに……なんでかな。鈴音の作る味噌汁はあいつを彷彿させる味だ。

 本当にコイツといると嫌でもあいつの事を思い出しちまうな……本当は思い出したくないのによ。

 その後は無言で食事は進み、俺たちは鈴音が用意した朝食を食べ終える。

 いつも家を出る時間にまだ余裕がある。けど、着替えの準備ぐらいはしないとな。


「って、あれ? 俺、ここにスーツ掛けてたはずだが?」


「スーツでしたらこちらにシャツと一緒にあります」


 鈴音がそう言って差し出したのは綺麗に畳まれたシャツと新品の様に伸ばされたスーツとズボン。

 

「これってお前、アイロンが掛かってるじゃねえか」


「はい。泊めて貰ったお礼に食事だけだと心苦しかったですから、シャツやスーツにアイロンをかけておきました」


 1人暮らしを始めた時に生活に必要な家電は一通り揃えたが、アイロンは今日まで一度も使った事がなく埃が被っていたはず。15年も前の旧式のアイロンが未だに動いた事は驚いたな。


「そこまでしなくても良かったのによ。俺が提示した謝礼は朝食だけだったのに」


「でしたら私のお節介として受け取ってください。おつりは要りませんので」


 朝食のみならずに仕事服にアイロンもかけてくれるなんて、寂しい独身の心に染みるわ。

 こいつ、大人を馬鹿にする悪戯な性格だが性根は良い子なんだな。

 なんでこんな奴が……家でなんて。


「なあ、鈴音。お前、なんで家出なんてしたんだ?」

 

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