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私の旦那

作者: 園田楓

前回の続きとも言います。

手に取ってくださりありがとうございます。

塚田 聡

荻原 優菜

塚田(寺島) 有紗

塚田 俊

四條 朋寛

四條(江)真理子

古川 健一

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 私は塚田聡という男と結婚し、5歳になる息子と生活をしていた。聡は金融の仕事をしていた。残業をしたことは余りなく、19:00には帰宅をしていた。私は家族で一緒にごはんを食べられる事がとても嬉しかった。

 ある日の晩なかなか家に帰らなかったことがあった。

「ねぇ、ママおなかすいた」

 私が料理し終わったフライパンを洗っていると、息子が彼女のエプロンの裾を引っ張ってそう言った。時計を見ると、19:30を指していた。これ以上待っても仕方がないので、2人は夕飯を食べることにした。俊をお風呂に入れさせ、絵本を読みそのまま寝かしつけた。

ガタガタ…

物音がするのが聞こえ、私は目を覚ました。

「あ…寝ちゃってた」

頭上に置いてあった時計を見ると次の日を回っていた。

隣の部屋の電気はつけてはいたが、怖くなり恐る恐る寝室を出た。

一人の男が上着をハンガーにかけている最中だったようだ。

「…おう、ただいま」

私が暗闇から現れたことに驚いたのか、聡は数歩移動した。

「どうしたの?何も連絡なしで」

怒りよりも心配だったことが先に出ていた。

「今日は会社で飲み会だったんだ」

聡は、ハンガーをかけながらそう答えた。

(飲み会かぁ…)

当時の私は何も疑いを持たない、都合のいい人だったのかもしれない。元々、私は幼稚園からの付属だった。色んな立場の人が集まる公立の小学校や中学校を出ていれば少し変わっていたのかもしれないが、クラスメイトは高校になって外部生を入れるまでは全く変わらず、のほほんと生活をしていた。聡は大学から来たいわゆる外部生だったのだ。


 聡はこの日から帰りがいつもよりも遅くなったり、朝帰りが増えてきた。さすがに私も疑問を感じてきたころ、ポストに自分あてに郵便物が入っていた。

『緑華学園 中等部 同窓会』

中学生の時に通っていた学校だった。中学は対して思い出はなかったが、友達に会いたい気もしていた。

 次の日の朝、私は朝食を食べている聡に同窓会に言ってもいいかと聞いた。

「うん、いいんじゃないか?」

この間の大学の時の飲み会は頑なに、「行くな」と言っていた人からの突然の許しに驚いた。

「え?いいの?」

「お前が行きたいなら、別にいいだろう。その日は俺も休みだし、俊を見といてやるから」

この言葉を聞いて、有紗は行くことを決めた。

「ありがとう」

「よし、今週の日曜はパパと遊ぶか」

無邪気に笑う俊をみて、思わず笑ってしまう。聡に任せても大丈夫だろうと思った。


 同窓会当日、会場に到着しLINEで連絡を取っていたマユミを探していた。

「久しぶり~」

結婚式から変わってなく、手を振りながら走ってくる。

「何年ぶりなんだろね~。どう?結婚した生活は?」

独身のマユミと中学の思い出に浸りながら、近況報告をお互いにし合っていた。

その時、向こうの方からグラスを片手に来る男がいた。

(名前は確か…)

思い出せずに困っていると、

「久しぶり、寺島だろ?俺、四條だよ」

結婚していることを知らない彼は旧姓の寺島と呼んだ。

「あ~、四條君」

四條朋寛、当時は明るくてスポーツや勉強もできる子だった。かなり女子からの人気は高く朋寛の周りにはいつも人がいた。だが朋寛は大学に進学する時、色々な人と話し、十何年前に戻った気がした。


 だが、四條の言葉に有紗は驚いた。

「寺島の旦那、浮気してねえか?」

有紗は目を丸くして驚いた。

まずった…という風に四條は頭を掻いた。そして、慌てて付け加えた。

「いや…違うならいいんだよ」

忘れてくれと四條は言い、去っていった。

楽しかった同窓会が、あの一言で全て台無しになった。

(なによ、あいつ)


 数日後、いつものように朝帰りが増えた聡のワイシャツを洗っていると見た事のない長い髪が上着に一本くっついているのが見えた。私の髪型はショートだった。

 洗っている手を止め、タオルで手を拭いながら上着に近づいた。指先で摘まむ。

(誰のだろう)

黒いストレートな髪だった。

 先日の四條が言ったことが気になり、LINEに髪の写真を送った。

【この間、言っていた理由を教えて。今日こんなのを旦那の上着から見つけたの】


 そのころ朋寛は自宅で朝食を食べていた。テーブルの上に置いておいたスマホが鳴る。

「誰?」

向かいに座って、同じ朝食を食べている真理子が聞いた。

「中学の時の同級生だよ」

そう言いながら、スマホを開きメッセージを読んだ朋寛は動きが止まった。

「どうしたの?」

笑いながら真理子は朋寛のスマホを奪い中身を読んだ。

「かわいそうね」

真理子はそっと呟き、レタスにフォークをさした。

「寺島に話したいことがあるんだ」

「あなたは何かを知っているの?」

朋寛は黙って頷いた。

真理子はそんな様子の朋寛を黙って見ながら、静かにこういった。

「明日、彼女を家に呼んだらどう?」

「え?」

「明日、家でタコ焼きを作るつもりだったの。ちょうどいいわ。寺島さんも呼んで話したらどうかしら」

朋寛も納得をし、有紗に連絡をした。


 昨日の晩から、私は聡に対する不安で一睡もできなかった。眠い目をこすりながら家事を済ませ、隣に住むおばさんに俊を預け、中学の時の同級生の四條の家に向かった。

 LINEで示された住所と地図を頼りにアパートについた。

「ここかな」

インターフォンを鳴らすと、一人の女性が出てきた。

「こんにちは」

(誰だろう…部屋番号は…合っているよね)

「寺島さんね、どうぞ」

迎え入れてくれた女性は髪を一つにまとめ、エプロンをしていた。リビングに案内され、ダイニングテーブルが置いてある所についた。

「よう!いらっしゃい」

声がする方を向くと朋寛が立っていた。

「俺の妻の真理子だ」

朋寛は先ほど出迎えてくれた女性を紹介した。その女性はキッチンに立ち何かを作っていた。

「初めまして、真理子です」

真理子はグラスがのったお盆を持って、こちらに来た。

「はじめまして」

軽い自己紹介のような挨拶を交わし、朋寛は本題を話し始めた。

聞くところによると、聡と朋寛は同じ会社に勤める仲なのだそうだ。

「この間飲み会があったんだけどさ、聡が急に帰ったんだよ。俺もあまり遅くならないようにしなきゃなって思ってそのあとを追うように帰ったんだけど、見ちまったんだよ」

朋寛は俯きながらそう話した。

「寺島との話とかよく聞くし、結婚していたことは知っていたんだよ」

朋寛は自分のスマホの画面を良く見えるようにこちらに差し出した。

「⁉」

私は言葉を失った。


 その夜、私はスマホの画面を帰宅してきた聡に見せた。

「これってどういうこと?」

聡は驚き、私の手からスマホを取ろうとした。

「ちょ…これどこで?」

「私の友達から送ってもらったの」

聡は逃げるように自分の部屋へ向かおうとした。

「どういうこと?これって誰なの?」

「…うるせえな」

しつこく詰め寄る私に嫌気が刺したのか、聡は大声を立てた。

「…」

ビクッと肩が震え、その拍子に手に持っていたスマホが落ちた。聡は落ちたスマホを広げ写真を削除しながら

「誰でもねえよ、ただの幼馴染」

いちいち勘ぐるんじゃねえよ。ともう一度聡は怒鳴った。背広をハンガーにかけ、部屋を出て行ってしまった。

「…ごめんなさい」

私は前から誰かに強くいわれると何も言い返せなくなってしまう。この日もそうだった。

(ただの幼馴染)

本当にそうだろうか、そうならなぜ今まで隠していたのか。

何もないのなら隠す必要はないんじゃないか。

言いたいことは山ほどあったが、怒鳴り声を思い出してしまい、怖くていうことが出来なかった。


 次の日の朝から、夫婦間の会話は何一つなかった。何を話したらいいのか自分でも分からなくなった。私はソファーに座ったまま、昨日の写真のことを思い出していた。

聡が会社に向かってから、一時間がたった。

「ママ?」

声がする方を向くと俊がパジャマ姿で立っていた。

「俊…」

俊はこちらに近づきもせずただ柱の陰で立っていた。

「…ママ、なんで泣いているの?」

「え…?」

その瞬間、ツーっと頬に流れるものを感じた。

俊が近づいてきた。

「パパと喧嘩したの?」

優しい俊の言葉を聞いた途端、今まで溜まっていた気持ちが流れ落ちた。


 その日は聡はいつになっても帰ってこなかった。ダイニングテーブルに置かれた一人分の料理はラップにくるまれて冷めてしまった。私は風邪をひいてしまった俊を寝かしつけ、イスに座った。時計の秒針だけが部屋中に大きく聞こえる。私はスマホを開きtwitterを開いた。こんなにも退屈な時ってあっただろうかと思うほどtwitterの内容を確認せずただただスクロールをしていた。

 ピコン♪

LINEの通知が鳴り、メッセージを開いた。

「こんばんは。夜分遅くにごめんなさい」

相手は四條君の奥さんの真理子さんからだった。

「あなたにどうしても伝えたいことがあってLINEしました」

そう書かれたメッセージの下に知らない女性のtwitterアカウントの写真が送られてきた。私は急いでtwitterを開き確認した。

「⁉」

一番上に今日の日付で

『今日はさとくんとディナー、こんなあたしだけど傍にいてくれてありがとう』

「なにこれ」

私は過去に遡ってその女の書き込みを読んだ。写真つきで書かれたその投稿は、夜景の見えるレストランでの写真、高そうな洒落た料理の写真、見覚えのある男の写真が載せてあった。

(今日遅い原因はこのことなのね)

今までの事に辻褄が付いた。黒い髪の毛のことも分かった。


 次の日になり私は俊を連れて、すべての荷物をまとめホテルに向かった。

「ママ、どこ行くの?お泊り?」

心配そうに俊は聞いてきた。

「そうね、今日は旅行に行きましょうか」

わーい!と喜ぶ俊を見て心が和んだ。

ホテルに着き、トランクを置いた。

『今日、私は自宅を出ました』

真理子さんにメッセージを送り、俊が喜んで飛び跳ねている隣のベットに倒れた。


 何日かしても、私たちは実家に連絡が出来ずそのままそのホテルでの生活をしていた。聡との連絡はすべて無視した。私のわがままで話し合いをせずに出て行ったのは十分分かっていた。でももう心配して何日も何時間も待っているのは耐えられなかった。そんなある日、夕食のバイキングに行った時だった。見覚えのある顔を見かけた。目が合った。私は慌てて顔を反らした。

「よお!久しぶりじゃんか」

仕方なく声がしたので顔をあげると、以前勤めていた所の先輩だった。歳は同じだったが、入社が彼の方が一年早かったのだ。古川健一は左手にコーヒーの入ったカップを持ってこちらに向かってきた。

「あ!健一!」

当時私たちは仲が良かった。仕事で分からないことがあった時など色々な相談に乗ってくれていた。私が疲れた顔をしていたからか、健一は私の顔を覗き込んだ。「大丈夫か?」その声にホッとした。

 今までの嫌なことが全て忘れられそうな心地になった。

 私たちはそのまま朝食を一緒に食べることにした。食事をしながら私は今までのことをすべて話した。健一は黙って聞いてくれた。

「それで家を出てきたわけか。」

私は俯きながら頷く。

先輩はコーヒーを啜った。「よし!寺島、今日俺の家に来るか?」

どういう意味なのか分からないまま私はホテルの荷物をまとめていた。彼の家につき、私と俊はソファーに座った。

「ゆっくりしてって」

「ありがとう、でもいいの?」

「ずっとホテルにいるのも大変だろ、それに旦那さんに見つかってしまうよ」

そう言いながら、紅茶をテーブルに置いた。俊にはオレンジジュースを渡した。

 私たちは色々な話をした。あの頃に戻ったかのような楽しい時間が流れた。

ピロン♪

携帯の着信音が鳴った。

「出れば?」

彼は私のスマホを見ながら言った。

「うん」

私はスマホを取り、メッセージを眺めた。いつものように聡からのラインだった。『今どこにいる?』『メッセージ読んだら返事して』など。私がいなくなったら慌てたように来るこの男が憎かった。

(今まで散々なことをしてきた挙句に)

座っている足に水が落ちた。何もかもが悔しかった。

泣いている私を健一は黙って見ていた。

 大きな手で頭を撫でられ、私は少しずつ落ち着くことが出来た。

「ありがとうございます」

慌てて涙を拭っていると彼に抱きしめられた。

「!」(ちょっと…)

離れようとする私に

「ごめん、少しだけこのままでいさせて」

 俊が寝ちゃった後でよかったと思った。

私が何をしているのかは自分でも分かっているが、その時は心の支えが欲しかった。

 その日から健一の家に泊めてもらうことになった。


 健一の家に来てから一か月経った。私は彼の家で朝ごはんを作ったり、掃除洗濯をするなどをして過ごした。今まで苦に感じていた家事が今はやりがいのあるもののように思えてきた。聡といたときは感謝の言葉はなく、料理を作っても美味しいと言われたことはなかった。私がいる意味がないのでは?と思えてきていた。

「ただいま」

「あ!ケンさんだ!」

俊はあれから健一と仲良くなった。彼は俊に食事のマナーなどを優しく教えたり、今日の幼稚園の話などを聞いたりしていた。

 その夜、洗い物を済ませソファーでくつろいでいると俊が私の所にやってきた。

「ママ、ケンさんは?」

「今、お風呂に入ってるわよ」

ふーん。と返事をしながら俊はあたりを見渡した。

「どうしたの?」

と私は聞いた。

「ママってケンさんといる時はパパとの様な喧嘩はしないんだね」

俊はそう言って自分が持っていた昆虫の本を広げ、隣に座った。

 私はずっと息子の言葉が頭から離れなかった。

聡との言い合いはよく深夜が多かった。

(今までの事は俊に聞かれたのだろうか)

私は俊に今まで酷いことをしてきたことを初めて知った。

(この先どうしたらいいのかしら)

このまま家を出て行っても良かったのだろうか、それともずっとあそこに居続けたほうが良かったのか。あそこにいたとしても喧嘩は留まらなかっただろう。話し合いもどうせ聡は聞いてもくれないのだから。

 何が正解なのかが分からなくなった。

「どうした?」

健一の声が聞こえ、私は我に返った。

「ママ?」

俊が私の顔を見ている。

「ママ、顔が白いよ」

健一がお茶を持ってきてくれた。

「ありがとう、ちょっと考え事をしてて」

分からないけれど、このままでいい気がしていた。

(あの家から抜け出さなきゃ、俊はもっとかわいそうだったから)



 私たちの生活は日々楽しいものになった。俊もすっかり健一に慣れ、この間は二人で出かけて行った。

 そんなある日の休日

ピンポーン♪

と玄関のチャイムが鳴った。

「俺が出るわ」

そう言って、健一は玄関に向かった。

ドアスコープで確認した彼が、慌てたように戻ってきた。

「有紗、ここはまずい。寝室にでも隠れていて」

私たちを寝室に連れていき、彼は玄関のドアを開けた。

「おい、ここに俺の妻がいるだろ」

そう言った怒鳴り声が聞こえてきた。

私は震えた。まさか聡が乗り込んでくるなんて。

「失礼ですが、どちら様ですか?」

健一は冷静な対応をしていた。それでも聡の怒鳴り声は終わらなかった。

私はこれ以上収まる気配がないと思い、俊には出てこないでと言い私は寝室の扉を開け、玄関に姿を現した。 


聡も健一も驚いたように私を見ていた。聡が私の手首を掴み、乱暴に私を引っ張った。

「この浮気女がただで済むと思うなよ」

嫌々と言っている私を構わず引っ張る。

「やめろよ」

健一は私達の中に割って入り、引き離した。

「有紗がこんなにも嫌がっているのに、それでも連れて帰ろうとするのか?」

私の前に立ち彼はそう言った。

「そりゃ、俺の妻だからな。一緒に住むのが当たり前だろ」

「有紗から聞きましたよ。なんで家を飛び出したか」

「そんなのただの女の気分ってやつじゃねぇのか」

こっちはいちいちそんなんに構ってらんないよ。

「いいから行くぞ」

ともう一度私の手を掴んだ。 

(何その言いよう確かに私は嫌で飛び出して行ったけど、原因は誰なの?誰のせいでこうなったの?)

私は思いっきり聡の手を振り払った。

「私は帰らない」

そう言い切った。聡はそれを聞くと勝手にしろ。と言って去っていった。


あれから何日間は何もなく平穏無事に過ごしていた。そんなある日、会社に行くと言って出かけて行った健一が血相を変えて帰ってきた。手には何枚かの紙を持っていた。

『ここの505号室、塚田(旧姓:寺島)有紗は子持ちのうえ、古川健一と不倫をしている』

そんな紙が何枚もマンション中に貼られていたらしい。

「有紗、どうする?」

「ごめんなさい、健一を巻き込んじゃって…」

俯く私に健一は抱きしめてくれた。

「俊君は俺が幼稚園に送っていく。俺のことは構わないから。ただ、有紗が心配なんだ。有紗はいつも通りでいい。でもすぐに一緒にここを出よ」

「うん」

「ここを出る前に、やり残したことをしてきたらどうかな」

(やり残してきたこと…私がまだやっていないこと。これから健一とスタートさせるために)

「やっぱり、面と向かって行ったほうがいい。隠れてこそこそするよりはましだろう?」

私は頷いた。

「何かあったらすぐに駆けつけるから」

そう言って準備が出来た俊を連れて、出て行った。


 私が向かったのは、前に住んでいた家だった。

玄関の前に着くと、聡が家を出ようとしているところだった。私の顔を見ると驚いた顔をして立ち止まった。「有紗…」いつも仕事に行くグレーのスーツではなかった。真っ黒い色をしていた。「どこにいくの?」私はカバンを握りしめそう聞いた。「友達の葬式だ」話があるから車に乗れと聡は言った。私は、一応(車が向かいそうなとこに合わせた)喪服に着替えた。聡が運転する車に乗った。

家を出発し、大通りに出たとき、私はずっと言いたかったことを言った。

「離婚して」と。

 彼は聞いているんだか聞いてないんだか分からない顔をしている。やがて

「今日優菜の葬式なんだ」

ぽつりとそういった。私には初めて聞く名前だった。

「誰?」

「中学の時の同級生だったんだよ、たまたま今年街であってさ…」

聡は話し始めた。

 その中学の時の同級生の名前は荻原優菜。彼女は病気がちで、独身であった。余命は半年と医者に言われたらしい。それを聡に言い、かわいそうだと思い彼は毎日のように仕事帰りに彼女の家を訪れていた。私が見た『今日はさとくんとディナー、こんなあたしだけど傍にいてくれてありがとう』というtwitterの投稿がかかれた日は優菜の誕生日だった為、最期かもしれない思い出にと聡がサプライズをしたのだそうだ。その二週間後に彼女は倒れ、病院に搬送されて一昨日死んだらしい。

「で?何が言いたいわけ?」

「俺はさ、優菜が死んだ日から一人だって実感したよ」

「…」

「ごめん、でもどうしても放っておけなかったんだ」

「大事だから」

「…うん」

「結婚記念日をすっぽかしても、その女の方に行くほど」

「…うん」

「だったら、私がいなくてもいいわけだよね。あんたはただ一人になりたくないだけだよね」

「…」

「その人の為って言っておきながら結局は自分の為でしょ?その女が死んで、自分は一人ぼっちで辛いから戻ってきてくれって?私はそこまでの女?馬鹿にすんのもいい加減にしてよ」

「…ごめん」

「私はあんたと今までの生活を奪った女の顔を見に行く」

「…」

「そして、今日離婚届書いて。私の目の前で」

「どうしても?」

「どうしても」

 女の葬式が終わり私たちは家に戻った。離婚届の欄を書かせるまで、長く口論になったが、紙は完成させた。

「私が明日出してくるから」

そう言って荷物をまとめ、私は家を出た。

家を出ると、健一が待っていた。

「あ!」


「心配だから、迎えにきた」

私たちは車に乗り込み、健一の家に向かった。

 三人での生活がスタートしたような感じがした。

 次の日に、役所に離婚届を出した。聡との思い出のものは全て捨てた。何もかも無くし、再スタートをする。

『離婚しました』

真理子さんにLINEをし、スマホを切った。


 着信音が鳴り、画面を開くと有紗からのメッセージが来ていた。

たった六文字の言葉だが、私にとっては大きなものだと感じた。

「色々な夫婦がいるのね」


 洗濯を畳みながら真理子はポツリと言った。



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