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第一話 ~傭兵のお仕事~

意気揚々と新作の連載を開始したら、プライベートと仕事の両方で波状的に修羅場が襲ってくるなんてこと、あるんですねぇ(白目)

 思い返せば、今日は朝からツイてなかった。


 まず、昔の苦い思い出の夢で、覚めが最悪だった。


 次に、朝飯でケチがついた。

 と言っても、別に料理がマズいとかではない。

 俺が泊まっていたのは、王国領内にある、そこそこの貴族様の領地の中心都市に存在する傭兵ギルドに併設された宿屋だ。目覚めて1階まで下りれば、そこには窓口や待合スペースなどの傭兵ギルドの施設と、食堂兼酒場がある。

 朝食を取るために食堂の方へと向かい、今日のメニューを確認。体が資本の傭兵が主な顧客層なだけあり、いずれも質より量で格安な、肉と魚それぞれの日替わり定食の二種類しかない。

 今日は肉の気分だな、なんて考えながら列に並び、ついに俺の番がくる。


「大将、日替わり肉定食」

「わりいな。さっきの姉ちゃんで肉は終わったんだ。魚でいいな?」


 言われ、食堂の大将が目線を送った方へとつい顔を動かせば、俺の一つ前に食事を受け取った少女と目が合う。

 俺としては、文句を言うだとか、因縁つけて肉定食を取ろうとか、流石にそこまで非道な行いをする気はない。単に、『つい』顔が動いただけだ。

 ――残念ながら、少女の方はそうは受け取らなかったようだが。


「何か?」

「え? ……あ、いえ」


 俺を見て目を見開き、青い顔をして唖然とする黒いロングヘアの少女は、俺の言葉を受けて慌てて目をそらした。

 それにしても、改めてみると何となく違和感を覚えるな。

 安物の剣を腰に下げ、急所を守るように古びた安物の軽装革鎧を身に着けているのは、貧乏な駆け出し傭兵と考えれば不自然ではない。

 対魔法や対銃で効果を発揮するような魔法加工をされた装備は高価なので、大国の主力部隊や、安定して高給を稼げるようになった一流どころの傭兵なんかくらいしか所持できない。だから、貧乏傭兵が戦うことの多い、野生の獣や、飛び道具なんて石か弓くらいしか持ち合わせない野盗どもを仮想敵とすれば、オーソドックスな装備だ。

 違和感があるのは、それを『目の前の少女が』身に着けていること。

 装備は間違いなく駆け出しなのに、立ち方や着こなしが駆け出し傭兵には見えない。

 これは、軍人? いや、むしろ――


「ほら、魚定食。五百ジル。後ろも詰まってんだ、さっさと金払って場所を開けてくれ」

「あ、ああ」


 突然かけられた声に言われるまま代金を支払い、少女の方をもう一度見た時には、すでに少女の姿は食堂内から消えていた。

 結局、肉の気分で魚を食べるモヤモヤと、正体不明の少女の違和感のモヤモヤと、二つのケチが付いたすっきりしない朝飯になってしまった。





 と、そんなこんなで朝から散々だったが、心機一転、仕事を探しに傭兵ギルドの窓口へと向かう。

 傭兵ギルドでは、登録傭兵たちに仕事をあっせんしてくれるのだが、もっとも込み合うのは、その日の新規依頼が掲示される早朝、朝食前の時間帯。

 なので、皆が朝食を終え、それぞれが仕事に出かけた後の今の時間帯は、人がまばらにしか居ない。


 そんな中、俺も仕事を探しに来たわけだが、依頼の掲示されている掲示板の前を通り過ぎ、ギルドの受任相談窓口へと向かう。

 この窓口は本来、傭兵ギルドの大半を占める読み書きのできない連中向けに仕事を見繕ってくれるもので、文字の読める俺は普段は無縁なものだ。だが、今日はこちらでないといけない理由があった。


「仕事を見繕ってほしいんだが」

「はい。それでは、識別証をお願いいたします」


 手慣れた様子の窓口嬢に言われるまま、首から下げていた識別証である金属プレートを手渡すと、窓口嬢は識別証を装置にかざし、俺の方を何度かチラチラ見る。

 いったいどんな風に、どんな情報を見てるのかはこちらからは分からないが、おそらくは本人確認のようなものなのだろう。


「はい、確認できました。それで、どのようなご依頼をお探しで?」

「急ぎで受けられるものがいい」

「ああ。でしたら、ちょうどいい依頼がございます。隊商の護衛で、拘束予定期間は約1か月。経費は通常通り傭兵持ちで、前金七十五万ジルの、報酬は結果に応じて最大百五十万ジル。ただ、出発日はかなり近くて明後日になっておりまして、特別手当として今なら前金に上乗せも――」

「いや、仕入れから帰ってくる相棒と、明日の朝にここで待ち合わせなんだ。だから、今日中に終わる仕事がいい。何か、傭兵が急に出られなくなった仕事の穴埋めとかはないか? 暇つぶし代わりだから、内容や条件はあまりうるさく言う気はないんだが」


 そう伝えると、目の前の女性は難しい顔で黙り込む。

 まあ、護衛にしろ、討伐にしろ、通常、傭兵を必要とする仕事なんてのは、何日も前から頭数が計算できていないと困るものばかりだ。だから、普通、今日の今日で仕事をしたいと言っても、入れはしない。

 とはいえ、命を張る以上は予定していた人間が死んでしまっただとか、護衛についていた隊商でトラブルがあって予定通りの日程でやってこれなくなったなど、急に穴が開くことがある。

 普通は、命を張る以上は精神的に消耗が大きいことから、一度働けばしばらく休息を入れるのでそこまで仕事を詰めないのでリカバリーが効くのだが、そのあたりを考えずに仕事を詰め込むバカは、いつまで経ってもいなくならないものであり、そうして空いた穴の情報は掲示板よりも窓口で聞く方が情報が入るのだ。だから、こっちへ来た。


 とはいえ、窓口嬢の様子を見る限り、そういう情報はなさそうだ。


「別に、内容はこだわらない。どぶさらい、倉庫作業、それに建築の下働きとか、そんな駆け出しの小遣い稼ぎ向けの雑用みたいなのでもいいんだ」

「……少々お待ちください」


 そう言って奥へと入った窓口嬢は、すぐに小太りの男性を連れて戻ってきた。

 窓口担当課長と肩書を名乗った男性は窓口嬢の座ってた席に腰かけると、一枚の依頼票を差し出してきた。


「この町近くの村の警護、経費は傭兵持ちで日当一万ジル、か」

「は、はい。その、本来は中級冒険者の方にご紹介するものではないのですが、本日の昼の派遣人数が少々すくなめなものでして……」


 傭兵ギルドに登録する傭兵は、表向き、4つに分けられる。

 駆け出しの初級、一人前の中級、一流の上級、特別な功績が認められた特級。

 内部的にはもっと細かく分類されているとの噂もあるが、公的にはこの四つと発表され、依頼を受ける条件としてもっともベーシックなのが、一定の等級以上でないと受けられない、というものだ。


 で、経費を考えれば赤字にすらなりかねないこの依頼は、明らかに駆け出しの日銭稼ぎと経験稼ぎのためのもの。中級以上なら、比べ物にならないくらい稼げる依頼を受けられるので、赤字覚悟でこんなものを受けるなんてありえない。

 ただ、ギルドとしては引き受けたメンツがある以上は不十分な数しか送れなかったというのは後の風評にも関わるし、一人でも多く送った実績が欲しいってところだろう。特に、数の足りない分、質で補ったと弁明もできるだろうしな。


 ――そんな裏側まで考えた上で、どうせ暇つぶしだからとボランティア精神を発揮してしまったのが間違いだった。


 それは、交代時間目前の、空が茜色に染まり始めたころのことだった。

 特別にギルド職員用の馬を無償で貸し出され、警護対象の村につけば、人手不足の影響で、十分に経験のある俺は、一人で粗末な門一つの守りを任されていた。

 正直、大きな街の近くにあるとの立地から、こんなところを襲えば領主の軍勢に目を付けられるリスクがかなり大きい。しかも、村自体は大して裕福でないという、金目当ての賊にすればリスクばかりでうまみのない場所。

 人里に迷い込んだ獣か、領主相手にケンカを売ることが目的のイカれどもくらいしか来ないだろう場所で、俺は、あまりの暇さに、門の支柱に背中を預け、目を閉じていた。


「で、そんな俺を見て、無防備に眠り込んでるとでも思ったか?」

「ぐふぇっ!?」


 物音を立てず近づいてくる人影を立ち上がりざまに殴り飛ばせば、汚い悲鳴と共に手中のナイフを落として気絶した。


「さて、ざっと二十人ってところか。さっさと出て来い。何なら、今すぐ帰ってくれるなら追いはしないぞ」


 そう声をかければ、門の近くにある森の木々の中から賊どもが姿を現す。

 見たところ、薄汚れているが飢えている様子はなく、食い詰めた果てに襲ってきたって様子ではない。

 さらに、賊にしては珍しく銃を持っており、半々ずつ前衛と後衛に分かれて、連携した動きを取る動きも見せるくらいに訓練されている。


 ――武器を抜く必要まではないが、向こうのペースにさせると少し面倒そうだな。


 そう判断し、一気に踏み込むと、さっきまで俺のいたところを目掛けて弾丸が殺到する。

 体中にわずかに魔力を流すことで無理やり人間の限界を超える出力で動く体でもって距離を詰め、相手方が反応するよりも早く、三人を気絶させる。

 限界を超えることで悲鳴を上げる体を、これまた魔力に任せて無理やり治癒させ、敵の残った前衛を片付けようと踏み出そうとし――その眼前を、俺の頭よりも一回り大きな火球が通り過ぎる。


「どうした、動きが止まってるぞ? 怖いのか? 俺の無詠唱魔法の威力を見て格の違いを思い知ったのか?」


 そう言うのは、細剣を構え、一党の一番奥に立つ男。

 俺の反応を勝手にビビったせいだと判断し、男は言葉を続ける。


「どうやら、お前は薄汚い傭兵にしては物を知ってるらしい。気付いている通り、個人のしかも無詠唱でこの規模の魔法を行使できるのはオレのような超一流の魔法兵くらいだからな」

「……」

「フフ、声も出まい。格の違いは分かっただろう? オレたちは、不当の我らが祖国を侵略した薄汚い王国貴族どもに報いを与えるのが目的だ。それこそ、今すぐ帰ってくれるなら追いはしないぞ?」

「……」

「ああ、オレを前にしっぽを巻いたところで恥にはならんぞ。この、かつてホーランド公国軍で、我らが祖国の英雄であるファン・ボルスト特務大尉とも肩を並べて戦ったことのある我ら――」

「うるさい。消えろ……!!」


 気付けばすべてが終わっていた。

 無意識に抜いていた細剣を振り下ろした時、周囲は瞬時に火の海となり、焼け野原だけが残っていた。


「あー、マズいな……」


 名も知らぬ男が言っていた通り、個人に使える魔法なんて、無詠唱でさっきの火球が良いところだし、悠長に詠唱したって威力が何十倍にもなるわけじゃない。

 一時の感情に任せて、自らの特異性に繋がりかねない痕跡を残してしまうとは、不覚としか言いようがない。


 そうして頭を抱えつつも、先ほど魔法を使っていた男だったもののところへと歩み寄る。

 そこにあったのは、一本の細剣。

 ホーランド公国軍の魔法兵部隊の標準装備だった、量産品の魔法剣。


 間違いなく、自分の部下の中にこの男は居なかった。

 だが、大規模会戦にもなれば、身も知らぬ多くの者たちが共に参加している。

 それに、よっぽどの事情でもなければ、一流どころの魔法の才をもって食いあぶれることなどない。


 そこまで考えたところで、思考を止める。

 どう足掻こうが、しょせん過去は過去なのだと言い聞かせて。





 散々な一日だった。

 結局、焼け野原については、村に火を放つためにだと思われるが、賊どもが持っていた油壷をたたき割って現場に残し、その油に引火したせいで生じた事故ということで村人や他の傭兵を納得させて、強引に帰ってきた。


 ギルドに帰って日当を受け取り、酒でも飲んで忘れようとその金を握りしめて食堂兼酒場へと足を向ければ、何やら言い争う声が聞こえてくる。


「ですから、私たちは人を待っているだけです! ご迷惑はおかけしないので、待たせてほしいだけど言っているでしょう!? ちゃんと、注文もしますから!!」

「とはいってもなぁ……。嬢ちゃんはともかく、連れの子は幼すぎる。昼の食堂営業の時ならいいが、夜の酒場営業の時間だと、雰囲気ってもんもあるからなぁ……」


 片方は、この食堂兼酒場の大将。

 もう片方は二人連れで、一人は、今朝食堂で最後の日替わり肉定食を持って行った少女。

 そしてもう一人は、十代前半の少年……いや、少女か。中性的な顔立ちとショートカットであること、それに薄汚れたズボン姿であることで間違えかけたが、あれはあえて性別を誤魔化しているな。


「とりあえずだ、嬢ちゃん。その待ち人ってのは誰なんだい? 君らのお父さんか何か?」

「いえ、傭兵です。『ハイエナ』『不正昇級男』『ロクな実績もないのに昇級した男』『相棒の枕営業のおこぼれで昇級したクズ』などとこのあたりで呼ばれる若手傭兵で、名前は……」


 そこで少女は言葉を止める。

 この不名誉な一連の二つ名を聞いたこの場の傭兵たちが、一斉に入り口に立つ俺へと目を向けたことに気づき、こちらを見たからだ。


「どうも、初めましてお嬢さん方。君らがお探しの傭兵は、まず間違いなく俺のことだよ。アラン・スミシ―だ。どうぞお見知りおきを」


 本当に、ロクでもない一日だ。


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