悩みと提案
総体期間が終わり幾日、通常日程が再開されている。クラスや廊下では友人同士でどこまで勝ち進んだか、誰がキャプテンになるのかなど報告会が盛り上がっていた。
昼休み、騒音から抜け出して購買へと向かう。この学校は弁当派が圧倒的で俺みたいな購買のみという人は滅多にいない。購買に来る人間の大半は弁当だけじゃ足りない体育会系の男ばかりだ。正直むさ苦しい。
その中の数少ない女子に知ってる人物がいた。美崎の友人の佐藤だ。多分。珍しいと感じた。少なくとも今まで見たことがない。購買に来る人は割りと固定化されている。金が無いなどの理由で来ないことはあるが。
彼女は両手一杯にパンやらサンドウィッチやらを抱えて走り去っていった。
『急がなきゃ』
思わず一瞬聞いてしまったが、わかったのは急いでいるということだけでその言葉の背景までは知ることは出来なかった。別段、気にすることでもないか。
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約一週間ぶりの屋上での昼食。生憎晴天とは呼べない曇り模様だがこの季節にはありがたい。半袖カッターシャツというのもあって涼しい。衣替えという風習はあまり理解できない。暑いのなら五月、十月でもカッターシャツで来ればいいし、寒いのなら六月、九月でも制服を着ればいい。人によって暑い、寒いの感じ方は違うのだから。それを無視してまで統一性を重んじなくてもいいと思うんだがな。
「いやー涼しいなー」
横から声がした。松葉だ。屋上の出入口にすぐ横に座りもたれかかっている。そこは俺がいつも座っている場所だ。はぁ、とため息をついて松葉の横に座る。ある程度の距離を置いて。
「・・・弁当持ってここに来るとは珍しいな」
こいつが来るときは大概俺が食い終わって呆けているときだ。もちろん松葉も友達と昼食を済ませていた。
「まあな。たまにはお前と食うのもいいかなって」
「気持ち悪い」
「なっ、お前冗談ってわかってんのに酷くね?」
「・・・・冗談だったのか」
なぜ、俺がわかってる前提なんだ?
「いや、心読めば一発だろ」
そうか。それが当たり前だったからな。
「あぁ、言ってなかったか。最近は聞かないようにしている。と言っても多少は拾ってしまうが」
「え・・・・な、なにお前。どうしたの?どういう心境の変化?」
驚いているというより困惑しているといった表情で尋ねてくる。
「・・・・少し人を受け入れてみようと思っただけだ」
「・・・・・」
目を点にしてとはよく言ったものだ。目蓋が大きく開くことで黒目が小さくなって見える。
「悪いか?」
「いや、悪くはないけど」
「なんだ?」
「物事を否定するより肯定する方が難しいってことはわかるか?」
「・・・・証明問題でやったな。反例が一つでもあればいいってやつか」
数学では特別扱いやおまけは許されない。
小学生のころ、一ヶ月の日数にはある法則があると先生は言った。一月は三十一日、二月は二十八日、三月は三十一日、四月は三十日。ここまで見て多い、少ない、多い、少ないの順になっていてもしやと思ったが、七月、八月はどちらも三十一日だったため違うのだ思い直した。しかし、先生は八月をおまけだと言った。
今思えば至極どうでもいいことだ。あれは所詮雑談だ。数学でもなければ算数ですらない。些細なことは無視している。それよりも夏休みが一日多いと喜ぶべきなのかもしれない。たが、当時全く納得がいかなかった。ひどく気に入らなかった。それは法則と呼べないだろうと。一つ例外を認めればあやふやになっていく。
「うん、まぁそれもあるっちゃあるけどよ。てかお前案外真面目に勉強してんだな」
「やらなくていいことは極力やらないが、やるべきことは文句を言われない程度はやる主義でな」
「聞いたことねぇよそんな主義」
はぁ、と今度は松葉がため息を吐いた。
「どんなものでも完全じゃない。何かしらの穴がある。否定するにはそこをつけばいいってことだ」
「そうだな。お前も完璧ぶってるけど中身はアレだしな」
「ほっとけ」
『心の声聞けるやつの対策なんかできるわけねぇだろ』
「ずっと壁のことでも考えてればいいんじゃないか?そうすれば俺はお前から壁の情報しか手に入らない」
「あ、お前心聞きやがったな。聞かないようにしてるとか言っといて」
「意図的に聞くことはできるがその逆はできないんだ。オートで常時発動だからな。今はそれを抑えてるだけにすぎない」
「ふーん。どれぐらい抑えられんの?」
「・・・・水を満杯に入れたコップをこぼさないように運んでる感じだ」
ややうつむいて捻り出した例え。正直微妙だ。水を満杯に入れるという行為が邪魔なのだ。「こぼさないようにしてもこぼれる」という部分だけ言えればいい。
「あー・・・・結構きついんだな」
少しばかり目を上に向けた後、理解してくれたのか同情の視線を向けてくる。
「・・・まぁさっきのは意図的だが」
「おい」
「気にするな。それで、お前はなんでここに来た?」
「・・・・ただ愚痴吐きに来ただけだ」
不貞腐れながらも目的を吐露してきた。内容が些か遠慮が無さすぎる気もするが。
「総体で何かあったのか?」
「総体っていうか、その後かな。キャプテンに任命されたんだ」
「嫌なのか?周りからちやほやされるのは気分がいいんだろ?」
「まぁ、別に嫌だったわけじゃないけど・・・お前がやるんだろ?みたいな感じがあってさ」
愚痴を吐きに来たと言った割に表情や言葉に怒りは感じられない。
「一応やるか?って聞かれたんだけど、皆もう決まりだって顔してたんだ。断る理由もないし引き受けたら今度はやっぱあいつだよなって顔になった」
「・・・まるで周囲に操られてるみたいだな」
「そういうこと。別にキャプテンやろうかなって吹聴してたわけじゃないのに、いつの間にか俺がやることに決定してる。それがちょっとな」
『このままでいいのか』
ふと聞こえたそれは、きっとキャプテンになることを指しているのではないのだろう。愚痴というよりは相談だな。それも人間関係うんぬんではなく自分自身のことで。今まで自分がやってきたことに疑問を持つ。俺と同じだ。
「・・・お前は俺に似ているな」
「は?むしろ真逆だろ。お前はボッチだけど、俺にはたーくさん友達いる。それも男女含めて」
こいつ・・・・。まぁいいか。
「だったらなんでその友達とやらじゃなく、俺なんかに悩みを打ち明けているんだ?」
「!」
「お前も心の奥では俺のように人を信じていないんじゃないか?」
「・・・・・」
松葉は頭を片手で抱えるようにしてうつむいた。必死に返す言葉を探しているのだろうが、彼の口は開閉すれど何も発しない。
「・・・俺の結果を見てから決めればいい」
「・・・・は?」
「俺は今、人を信用していいか否かの実験中みたいなもんだ。それでしばらく経過を見てからどうするか決めればいい。変わるのか、変わらないかをな」
「・・・・お前に何のメリットがあるんだ?」
俺が本音を聞いたことに勘づいたのだろう。やや間があった。
メリットか・・・全く考えていなかった。にしても人の厚意を容易に信じないあたり、やはりこいつも人間不信なのだろう。俺とは全く別な形の。
「そうだな。はっきり言って特に無い。強いて言えばお前に貸しが作れることぐらいだな」
「そんなものに価値があるのか?」
等価交換。それが世界共通で可能な交渉であり法則だ。金は信用できると言うが正しくは金が持つ価値を信用しているのだ。紙幣なんて日本銀行の印がなければただの紙切れだ。物だけにとどまった話ではない。労働の価値として給料が払われるというのが最も身近な例だろう。今回松葉は俺が働いたことによる報酬として何かを払いたいのだ。
しかしそれは申し訳なさや義理堅さから来るものではない。見返りを求めないことは怪しいのだ。うまい話には裏がある。相手を油断させる、あるいは別の所に視点を向けさせるのが目的で、何か他に企みがあるのではないかと疑念が残る。逆に何か代償があった方が受け入れやすいのだ。
「難しく考えなくていい。何かあったとき頼らせてもらう。それだけだ」
こちらをやや睨むようにして聞いていた松葉はさっと視線をそらした。
「・・・・提案に乗るだなんて一言も言ってねぇんだけど」
不満たらたらな様子で松葉は呟いた。確かに一方的に俺が話している気がする。
「そうか。なら」
「まぁ乗らないとも言ってねぇけどな」
「・・・・・・」
下らないまねをしてきた松葉を睨むと、クツクツと性根の悪そうな笑い声をあげた。
「じゃあしばらく待たせてもらうわ」
「・・・・ああ」
短くそう返すとすぐ横の扉が開いた。どうも覚えのあるシチュエーションだ。
「あ」
「お」
「・・・美崎」
扉を開いて現れたのはやはり美崎だった。
前々から思ってたけど語彙力が欲しい。ちょくちょくああこういうの表す単語思いつかねぇってことがある。