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解心の一冊  作者: 叶山 慶太郎
8/14

誰かの失敗は誰かの好機

 六月と言えば総体予選だ。と答えるのは部活動に所属している者だけで、帰宅部の俺には無縁な話である。しかし、今年ばかりは違う。


 先日、美崎から「今年は高校の近くで開催されるからよかったら見に来てほしい」と誘われたのだ。他の奴が言ったのなら社交辞令かもしれないが(壮行式で応援よろしくお願いしますなんて言ってるが、誰も本当に応援しに来るとは思ってない)美崎が言うなら別だ。あいつに社交辞令なんて理解できないんじゃないだろうか。「そんなこと言う意味あるの?」とか言いそうだな。


 俺は今補習を終えて高校の近くの市の体育館に来ている。補習、といったが別に俺は成績が悪い訳じゃない。中の上~上の下といったところだ。総体に出場する生徒は学校に来ないが出席扱いになっている。インフルと同じだ。なので総体に出ない生徒も一応学校に来なければならないらしい。それで、ただ学校に来るっていうのもアレだな、といった理由で復習をメインに補習が行われている。


 その補習も午前中だけで終わるので、昼食を済ませ、一旦着替えてから(制服は目立ちそうだから)体育館へと向かった。ちなみに今日は大会二日目である。一日目は残念ながら補習の間に試合が終わってしまったため来ることはなかった。到着すると、多くのジャージ姿がひしめいていた。談笑するチームもあれば、軽く体を動かしているチームもある。


 二階の観客スペースからコートを見下ろす。幸いにも試合が始まる直前だったようで、うちの高校の白のユニフォームがちらほらコートの隅で見られた。ちなみに対戦相手は黒のユニフォームだ。今はアップ中だろうか。


 しばらくすると選手たちがコートの真ん中に集まっていく。その中に美崎の姿もあった。レギュラーを勝ち取れたようだな。試合に出るかを尋ねると「見てからのお楽しみ」としか答えてくれなかったから今初めて知った。まぁ補欠なのにそんなこと言う奴なんていないだろうから予想はしていた。


 驚いたのは、ベンチに黒崎がいたことだ。ひょっとして、いや十中八九、美崎がレギュラーになったことでメンバーから弾かれたのだろう。不貞腐れているのかと思いきや他のベンチメンバーと共に必死に声を出している。競争の結果を受け入れてそこに座っているということか。


 争うことはよくない、争いからはなにも生まれない、なんていうのは綺麗事であり、戯れ言だ。そんなことを言いながら、受験や部活動、就職などで競争が起こっている。独占禁止法というものがある。これは競争相手がいないという状況を作らないようにするためだ。競争相手がいるからこそ品質も上がり続け価格も高騰しない。スポーツでは対戦相手がいることが多く、両者のぶつかりあいにより興奮や感動が生まれる。不要な争いは確かにあるし、争いから憎しみや嫉妬が生まれることは否定しないが、争い全てを否定するような言い方はやめてほしいものだ。


 人間全てを否定していた俺が言えたことではないのかもしれないが。


 まぁそれは争いではなく競いか。普段あまり考えていないことだから意味の差異を気にしなかったが、今なんとなく違いが見えた気がする。やはり思考は・・・・。一瞬下らないことが思い浮かんだが、すぐに忘れることにした。こんな変化はいらないんだがな。思考もここでやめておこう。試合も始まるだろうし。


 中央の背の高い二人を除いて選手たちが散らばる。始まるようだ。コート上は声援に包まれながらも静寂のような緊張感がある。見ているだけなのに思わず唾を飲み込んでしまった。


 審判の手からボールが放たれる。中央の二人の膝がグッと下がった。しかし、目線は逆に上がっていく。両者同時に床を蹴り、獲物目掛けて手を伸ばす。試合開始だ。






 ____


 ___


 __


 _




 試合はシーソーゲームだった。こちらが得点すれば向こうが取り返す。向こうが取ったならこちらも取り返す。一進一退の攻防が続いた。


 美崎はオールラウンダーというやつなのだろう。ドライブでゴール下に潜り込みダブルクラッチで得点したかと思えば3Pを決めたりノールックで鋭いパスを出したりしていた。


 しかし動きすぎたのか、第3Qは黒崎と交代した。黒崎はシューターらしく、外から何本か決めていた。フェイントが上手く、デイフェンスを何度も欺いていた。普段と変わらないな。


 第4Qから再び美崎が登場した。疲れているのではないかと心配していたが、杞憂だったようで前半と同様の動きを見せていた。


 今、試合は終盤も終盤、一点ビハインドでこちらの攻撃。美崎にボールが渡る。ドライブで中に切り込みシュートにいくが、ゴールの前に黒が立ちはだかる。ボールを持ち換えてかわすが、それを読んでいたのか別の黒が待ち構えていた。それを見て美崎は相手二人の間から白の4番にパス。4番のミドルシュート。ゴールに何度かぶつかりながらもボールが網をくぐった。逆転だ。流石キャプテンナンバーの4を背負っているだけあって持っている。


 しかしまだ終わっていない。十数秒というわずかな時間が残されている。バスケは他の集団で行うスポーツと比べて点をとるのに時間がかからない。残り一秒でコートの端からボールをぶん投げてゴールに入ったなんてことも動画で見たことがある。試合終了のブザーが鳴るまで油断してはならない。


 黒のユニフォームが攻めいってくる。必死の猛攻にゴール下まで侵入を許してしまう。だが相手も焦ったのか強引にシュートを放った。不正確なシュートはゴールに弾かれた。敵味方関係なく「リバウンド!」と叫ぶ。数名が跳躍し必死に手を伸ばす。


 ボールを掴んだのは白の4番、我が校のキャプテンだ。


 残り数秒。下手に攻めずにキープすれば勝利だ。観ている者全てがそれをわかっている。味方サイドは歓喜し、敵サイドは意気消沈だ。


「美崎!」


 キャプテンが美崎にパスする。時間稼ぎのためのなんてことない平凡なプレー。


 しかし、美崎はファンブルした。ボールは手に収まることはなく、空中をゆっくり降下していく。本人も何が起こったかわからないといった様子で気付くのに一瞬費やした。その一瞬を敵が見逃してくれるはずもなくボールは奪われた。


 リバウンドをとった時点で皆油断していた。これで勝ったと。相手からすれば神様が与えてくれたような千載一遇の好機。さっきまで勝敗が決まったような雰囲気だったのに、今は既に「ひょっとしたら」と思い始めている。


 空気が変わった


「行けー!!」


 相手ベンチから声が飛ぶ。ボールを奪った選手がシュートを放つ。美崎が必死に手を伸ばすが届かない。それと同時にブザーが鳴った。ボールは綺麗な放物線を描き、枠に当たることなくスパッとネットを通る音が響いた。


 瞬間、爆発のような、あるいは崩壊のような歓声が体育館中に木霊する。


 クライマックスとピークが印象に残りやすいと聞いたことがある。誰の目にも美崎がボールを取り損なう瞬間が焼き付いたことだろう。美崎のミスがもし序盤、中盤で起きたものならば、試合が終わる頃には大概が忘れるのだろうがな。実際にちらほらと「あれが無ければ」なんて呟きが聞こえてくる。


 だが、目に焼き付くどころか、頭の中に楔を打ち込まれた人物がいる。美崎だ。彼女は耐えきらなくてコート上に崩れ落ちている。他のメンバーが涙を流しながら肩を貸して立ち上がらせる。ある者は背中を優しく叩き、ある者は頭をあやすように撫でる。「あなたのせいじゃないよ」と言うかのように。


 歓声が止まり、今度は拍手が巻き起こった。両者の健闘を称えてなのか励ましなのかはわからないが、遅れて俺も拍手を送った。意味としては両方だ。


 本当は直接会って何か声をかけてやりたい。何かしてあげたい。だが、こういうときどうすればいいのかわからない。美崎の心が聞けたなら望む言動をとれたのかもしれない。


 無力な自分が情けなくて美崎に何の声もかけることなく、顔を合わせることもなしに俺は体育館をあとにした。



美崎じゃなくて白崎にしたほうがよかったかもしれない

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