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解心の一冊  作者: 叶山 慶太郎
7/14

教室にて

 ガヤガヤと賑わっている部屋に入る。俺が所属しているクラスだ。誰もいない静かな教室に心当たりはなく、探す時間もないので諦めてここに来た。立って食べる、というのも考えたが、過去に先生に注意されたのを思い出したのでやめた。


 俺の座席に目をやると、ある男子生徒が座っており周囲の友人と談笑していた。


「ん?あれ、今日は早いな」


『いつもギリギリで戻ってくるのに』


 その男子生徒が俺を見て話しかける。ここが誰の席かわかって座っているのか。珍しいな。大抵はそんなもの気にしない。「友人の近くの席」という認識であって「誰かの席」とは思わない。だから食べカスなんかも気にせず放置してその席を去れるのだろう。本当にあれは迷惑だ。と思っていたのだが俺の席だと認識しながらも食べカスを残すこともあるらしい。いつもではなくたまにだが。目の前に立証してくれた奴がいる。


『戻ってきたら解散っていう暗黙のルールができ始めてたんだけどな』


 俺は学校のチャイムのような存在らしい。喧騒や授業を終わらせることもできたらいいんだがな。


「いつも使ってるところがちょっとな。その席はそのまま使ってくれていい。他の席で食うから」


「あ、じゃあそこ座れよ」


 そう言って彼は俺の席の隣を指差した。


『前からどんな奴か気になってたんだよな』


 めんどくさい。放っておいてほしい。しかし、こういったときどんな断り方をすればいいのかわからない。黙って去るのは印象を悪くする。別に好かれたいとは思わないが嫌われたくはない。嫌われるということは敵をつくるということだ。何かあったとき真っ先に疑われたり責任や罪を擦り付けられたりするかもしれない。それは避けたい。仕方なく席に座ることにした。


 にしても


『え、誘っちゃうの?そういう軽いノリ苦手なタイプなんじゃないの?』


『いい奴なんだけどなー。うざがられるんじゃないか?』


 友達が心配そうな目をしているんだがいいのか?気づいてないのか?


 ん?うざい?・・・・・あ、こいつ松葉にうざがられてた奴だ。


「なぁ、えっと・・・・如月?」


「あぁ、合ってる」


「おお、よかった。俺は梅野 圭吾。よろしく」


「よろしく」


「下の名前は何?」


「・・・・・真」


「真か・・・・・いい名前だな!」


『真って感じしないけどなぁ』


 ・・・・真っぽい奴とはどんな奴なんだろうか。文句を言ってやりたい気分だ。


『にしても如月、か。名前が解心だったら面白かったのに』


 急に焦るようなことを思わないでくれ。


「真はさ、小説とか読む?」


 いきなり名前呼びか。こういうのをコミュ力が高いとかいうのだろう。もしくは軽い。あるいはチャラい。

 まぁそれはさておき、小説か。


「読む」


 こちらが頷くと嬉々とした様子で机の上に置いてあった本を手に取って見せてきた。


「じゃあさ、これ知ってる?」


 その本は俺が書いた「本心」だった。なんというか、反応に困る。知らないわけがないどろう。俺が書いたんだから。誰よりも詳しい。向こうは俺が作者だってことを知らないから無理もないが、もし知ったらとんでもない羞恥が彼を襲うだろう。


「ああ、知ってる。それに読了済みだ」


「・・・・どくりょう?」


『毒量?独領?・・・・』


 そんなわけないだろう。なんで今毒の量とかドイツの領地の話になるんだ。


 こうやって思い浮かべている文字までわかってしまうから、やはり聞こえるという表現は正しくないのだろう。


『あ、読了か!』


 教えようかとも思ったが自分で気づいたようだ。


「どうした?」


「え?あ、いや、なんでもない。ハ、ハハ」


 一応読了がわかっていないことを察していないよう振る舞った。こういうちょっとゆるい奴に限って「こいつ、心が読めるんじゃ?」とか考えやすいのだ。頭がいい、現実的、利己的な奴ほどそんな超常現象が頭の片隅にもない。というのも昔実際にアホっぽい奴が俺が連続でじゃんけんに勝ったのを見て動きが読めるだの心が読めるだの言ってきたことがあったのだ。運よく(アホにとっては残念ながら)周囲の人間は、そんなわけないだろとか、漫画の読みすぎだ、などと相手にしなかった。


『読了わかってなかっただろ・・・』


『読了わかってなかったな・・・』


 梅野を友人二人が呆れた様子で見ている。誰の目から見ても明らかだったようだから演じる必要はなかったか。


「そ、それでどうだった?」


『あー恥っず・・・・』


 恥ずかしいと思えるだけいいだろう。さっきのアホっぽい奴は「なんで誰も聞いてくれないんだ」と不思議がっていた。聞くわけないだろう。


 お馬鹿タレントと呼ばれる人々がいるだろう。とんちんかんなことを言う割りにどこか自信満々だったり間違えても「あれ、違うの?」みたいな顔をしている。真の馬鹿は自分が馬鹿ということに気付かない。馬鹿でありながら馬鹿というものを理解していない。馬鹿だから馬鹿という言葉の意味を理解していないがために自分が馬鹿だとわからない。


 そこそこ頭のいい奴が一番自分が馬鹿だと思っているのかもしれない。知ってることより知らないことのほうが多いと理解し始めるから。


 さて、とりあえずこの問いにどう答えたらいいだろうか。堂々と「面白かった」と答えればいいのだろうか。だがそれだと世間でなにかと忌み嫌われる自画自賛である。なんとなくそう答えるのは抵抗がある。かといって「つまらない」と答えるのも乗り気がしない。自分で面白いと思って書いたものなのだから。


「いろいろ考えさせられるものがあった」


 評価ではなく感想を答えることにした。


「あ~わかるわかる。皆、なにかしら隠し事してんじゃねぇかって思っちゃったりしてさ」


 黙って相槌を打つと「だよな!だよな!」と機嫌良さそうに騒ぎ立ててきた。お気に召したようだ。


「でも、ちょっとやりすぎなんじゃねぇかとも思ったな。悪く書きすぎっていうか。嘘ついたり誤魔化したりするのと騙すのは違うと思うし」


「・・・・違うのか?」


「え、そうだろ?例えば好きな人がいるのにいないって答えても騙すってことにはならないだろ?知られたくないって人の方が多いんじゃねぇかなむしろ。でもそれおかしいとは言えなくね?」


「・・・・なるほど」


 嘘をつく、誤魔化す=相手を騙すではなく、自己防衛の一種だということか。真実を吐露した場合に何らかのリスクが生じるなら隠した方がいいのだろう。


 嘘つきは泥棒の始まりなんて言葉があるが、優しい嘘という言葉もある。昔は義賊と呼ばれる人たちがいた。犯罪に手を染めながらも民衆に支持された。漫画だが、犯罪者を徹底的に殺しまくった奴がいた。彼は支持どころか崇拝されていた。しかし、犯罪者に変わりはなく最期は惨めだった。


 何が正しいのなんて誰にもわからない。


 性善説、性悪説なんてものがあるが、そもそも善悪を決めるのは人だ。人は完全じゃない。それが故に善悪というのも完全に隔たれてはいない。事によってそれは正しいという人もいれば間違っているという人もいる。正しくない行いも理由や状況次第で受け入れられることもある。


 今思い返せば俺も沢山の嘘をついているし誤魔化している。仕方なくと理由をつけて。皆も嘘をつきたくてついてるわけではないのかもしれない。本音を隠していることは知っていてもその理由を必ずしも知れるわけではない。例えば『なんと言って誤魔化そうか』としか思わなければ理由はわからない。俺は「あぁ、やっぱり人は嘘をつくんだな」と表面上のことにしか視点がいってなかった。


 俺は今まで間違っていたのだろうか。


 人間は信頼できない。だが、美崎は信頼できる。美崎は人間だ。背理法なら人間は信頼できないことを否定できる。


 美崎というイレギュラーが俺を困らせ悩ませる。いい方向にに行くのか悪い方向に行くのかもわからない。


 疑うことが日常になって忘れていたが、もともと疑いたくて疑っていたわけじゃないんだ。


「・・・・おーい」


「っ!わ、悪い。どうした?」


「どうした、はこっちのセリフ。いきなり黙り込んでよ。てか食わねぇの?時間なくなるぞ?」


 そう言って梅野は俺の前のパンを指差す。時計をチラッと見ると昼休みが残り五分となっていた。


「そうだな」


 パンの袋を破り袋からパンを少しだけ出してかじっていく。


「お、そうやって食うよな普通」


「・・・・?」


「いや、梅野は全部袋から出して食うんだよ」


「そうそう。そんで食べ終わったら指についたパンくず舐めるんだよ」


「べ、別にいいだろ」


「食べ方は自由でいいんじゃないか?」


「おお、わかってくれるか!」


「その手はちゃんと洗ってるんだろ?」


「・・・・・おう」


『ちょくちょく洗い忘れて、まぁいっかって放置してるけど』


「嘘だな」


「嘘だな」


「汚い」


「最後酷くね!?」


 やはり人間は嘘をつく。それは間違いない。だがそれが悪だとは限らない。実際さっきの会話はなんというか、悪くなかった。


 いつか、松葉は俺のことを悪趣味だと言った。悪いのは俺だったのだろうか。


 こんな簡単に自分の考えを変えていいのだろうか。いや、今回のはただのきっかけに過ぎない。美崎と話す度に少しずつ変化していったのだろう。


 俺は人の醜さしか見てこなかった。いや、見ようとしていなかったのだ。


 曇天のわずかな隙間から太陽の光が差しこんだような心地だった。もっとも外は今も降り続いているがな。










 このときから、徐々に心を覗くことが少なくなっていった。



主人公の心の声多すぎじゃね

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