彼女との会話は心地いい
五限目の前にトイレへ行く。既に一人が用を足していた。知り合いではなく、名前も知らない誰かだ。
『二組に来た転校生可愛かったな~』
そうか、彼女は二組なのか。思わぬところで情報が入ったな。誰かに尋ねるという行為を端折れるのは会話が苦手な俺にとってはかなりありがたい。尋ねたことで『あいつ狙ってんのか?』などと誤解を招くこともないしな。
トイレから出ると、ちょうど美崎清子が二組の前の廊下で誰かと話していた。
「あ、如月君」
「さっきぶりだな」
「教室戻るところ?何組?」
「六組だ。二組からは遠いな」
「確かにね。あれ?私、二組だって言ったっけ?」
しまった。こういうことはかなり気を付けていたんだがな。まぁ、これぐらいならなんとか誤魔化せる。嘘は嫌いだが致し方ない。
「二組の前にいたから二組かと思っただけだ」
「ふーん。それだけで二組だと思ったの?」
なかなか鋭いな。やはりただのバカというわけではないようだ。怪しむというより些細な違和感を感じたといったところか。
「本当だ」
「・・・まぁいっか」
特に気にならないのか。それとも保留しただけなのか。わからない。
「あの・・・・」
「あ、ごめん茉希ちゃん、ほっといちゃって」
「う、ううん。気にしないで」
「この人は如月 真君。如月君、こっちは佐藤 茉希ちゃんだよ。席が隣で仲良くなったんだ」
「よろしく」
「よ、よろしく」
『女の子ともあんまり話せないけど、男の人はもっと話しにくいなあ』
眼鏡にボブカットの彼女はどうやらコミュニケーションが苦手のようだ。はっきり言って見た目も地味で目立つタイプでは決してない。心の声を聞かなくても雰囲気でわかるほどに友達がいない人間だ。いや、美崎さんが友達なのだから少ないといった方がいいのか。
「っと、もう時間だね。じゃね如月君」
「ああ」
そう言って彼女は教室へと戻っていった。佐藤さんはこちらに軽く一礼してから美崎さんの後を追った。
時計をちらっと見てやや急ぎ足で教室へと向かった。
____
___
__
_
「この意味はーーーで、ここの文とーーー・・・・」
午後の授業というのは眠い。見渡せば数人が船を漕いでいる。なんとか起きていようと抵抗した結果うたた寝になっている者、諦めて机に伏している者もいる。なぜか男ばかりだ。かくいう俺も正直眠い。寝ない程度に眠いというか、だるいとかやる気が出ないとかそういうレベルだ。
何が言いたいかと言うと授業に集中できないのだ。ぼうっとしてどうでもいいことを考えてしまう。勉強は洗脳みたいだとか、古典とか将来役に立たないとか。
こういう時間がなぜか好きだ。意味はなくてもその考えを説得力のある理論にまで作り上げた時、自分の一部が形成されたような感覚があるのだ。まぁその結果、根暗無愛想人間不信なってしまったのだが。
「はい、じゃあこれを如月」
突然当てられてしまった。全く聞いていなかったが、問題ない。
「ーーーーーです」
「・・・・正解だ」
『話を聞いてるようには見えなかったが・・・・・』
答えは教えてもらったんで。周りとあなたから。丸聞こえ。
授業に集中できないのは聞かなくてもなんとかなるとわかっているからかもしれない。
_____
___
__
_
放課後、部に所属していない俺はさっさと帰り支度を済ませて教室を出る。そしてわざと二組の前を通って玄関へと向かう。この学校には階段が三つある。一つ目は体育館側の階段、二つ目は一、二組の近くにある階段、最後に五、六組の近くにある階段だ。いつもは最後の階段を使う。帰りのホームルームが終わったばかりの教室前は人が溢れるからだ。つまりその面倒事を抱えてまで二組の前を通りたいのだ。我ながら驚いている。なんとかして彼女と関わりたい。こんなに欲を出したことが今まであっただろうか。
「あ、如月君!また会ったね」
「そうだな」
計画通りと言いたいところだが、ただ運がよかっただけだ。
「如月君は何か部活入ってる?」
「帰宅部だ」
「そうなんだ。私はこれから決めないといけないんだよね」
「そうか。前の高校では何かやっていたのか?」
「部活には入ってなかったよ。でもいろいろやってた」
どういうことだ?
「前の高校は人があんまりいなくて人数ギリギリの部活が多かったんだ。だからあちこちで助っ人やってたの」
なるほど。学校を一人で探索するほどアクティブな彼女ならありそうなことだ。
「まぁ単にどれか選べなかっただけなんだけどね」
気さくに笑う彼女を見て、気づかぬうちに自分も頬がわずかに上がっていた。人との会話がこんなに楽しいのは初めてかもしれない。
「何か候補はあるのか?」
「うーん。バスケかバレーかな」
バスケにバレーか。バスケは誰にパスを出すかバレバレだからカットしまくってたな。バレーは誰にトス出すか丸わかりだから絶対に取れるとまでは言わないが全て反応はできた。
あらゆるスポーツで活躍できるのではないか、と思ったことはあるがそれは卑怯だとも思った。だんだん申し訳なくなってきっと耐えられなくなる。それに目立てば目立つほどバレる可能性が高くなる。それは避けたい。まぁあとは単に体力がない。
「なら第一体育館だな」
「あ、そうなんだ」
「知らなかったのか?」
「うん。場所はわかるんだけどね」
昼休みに回っていたのだからどこで何の部活が行われているかなんてわかるわけがないな。
「あっ!そうだ、よかったら一緒に見に行かない?」
・・・・彼女はきっと誰でもこんなふうにさらっと誘えるんだろうな。
「ああ、いいよ」
どうせ暇だしな。いや、この間次回作の催促がきたから暇ではないのか。まぁ取材の一環ということにすればいいか。にしても
『なんだあの二人、仲良いな』
『美崎さんと・・・・誰だあいつ』
周りがうるさくなってきた。視線も多い。あまり噂になりたくないんだがな。
____
___
__
_
「あれ、体育館に行かないの?」
「見学するなら上からの方がいいだろ。邪魔にもならないし」
「あ、それもそうだね」
体育館の上には観覧スペースが設けられている。球技大会のとき以外は人がいるところをあまり見たことがない。誤ってボールが、なんてことはネットが張られているから起こり得ない。つまり誰かが取りに来ることもない。二人きりだ。二人きりという言葉は単に二人しかいない状況を示すだけなのだが、それが男女だと浮わついた思想を多くの人が持ってしまう。俺は、そしておそらく彼女にもそういった感情はない。少なくとも今のところは。
「あ、黒崎さんだ」
そう言った彼女の目線の先には黒髪を後ろで一つにまとめている女子がいた。いつもは髪を下ろしているから違った印象を受ける。
「黒崎さんってちょっと怖いんだよね」
「・・・・そうなのか?」
「うん。なんていうかな、なんとな~くだけど周りを下に見てるような感じがする・・・・気がする?」
「随分と曖昧だな」
「あはは、でも気のせいかな。だってみんなからすんごい人気あるもん」
よく勘付けたものだ。この学校でアレに気付けている奴はあいつの取り巻き数人を除けばいないだろう。いや、松葉なら感づいてるかもしれない。あいつは同族だからな。
「で、バスケの腕前はどうなんだ?」
「うん、上手いね。多分レギュラーなんじゃないかな」
「そうか。二年でレギュラーなら大したもんだな」
「そうだね。でも負けてないと思う」
?・・・・あぁ、自分と比べてってことか。言葉を補うのにも答えを頼りにしていたからな。いや、今のは誰が聞いても伝わりにくいんじゃないか?
普通がわからないというのは不便だな。
「あ、私と比べてってことね」
「あ、ああ」
・・・・彼女も心が読めるのではないかと思うことがたまにある。それなら俺が心の声を聞けないのも、彼女が俺の上位互換だとすれば頷ける。だとしたら先程の曖昧な言い方は不自然か。
俺が求めているのはどっちなのか。
・・・・考えるまでもないことだな。
「決めた、私バスケ部にする!」
生き生きとした様子で彼女は宣言した。
「まだバレー部見てないけどいいのか?」
「うん。いいチームだと思うし、やっぱりライバルがいるってのがね」
彼女の目に火が灯っているように見えた。かなりの体育会系のようだ。
「って言っても一方的なライバル視だけど」
「だったら実力でライバル視させればいいんじゃないか?」
「おっ!いいこと言うね」
少し彼女に感化されて柄にもないことを言ってしまった。もともとスポ根の無駄に熱いのは割りと好きなのだが自分に当てはめたことはない。
「あっ、入部届けもらってこなきゃ」
思い出したように彼女が呟いた。入学したときに全員に配られるんだがな。転校生はもらえないのか。
「そうか。なら俺はもう帰るとするよ」
「付き合ってくれてありがとね」
「いや、気にしないでくれ。結構楽しかったから」
「あ、ならバスケ部入らない?」
「それはない」
「え~どうして?」
「いろいろやることがあるんだ」
次回作を練らなきゃいけない。
「ふ~ん」
「もう行く。応援してるよ」
「うん、またね」
願わくば黒崎某に彼女が汚されないことを祈る