死因:フェミニスト(2)
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昼下がりの文京区。大鳥紫弦は上野駅を目指して、不忍池通りを歩いていた。
角度によって色合いが変わる薄紫色のオーロラオーガンジーのカットソーに付け襟風パールネックレス。品のあるキュロットコーディネイトだが、濃紺のキュロットから伸びる美脚を惜しみなく見せつけている。自然とすれ違う人々の視線が上へ上がる。
短くカットした前髪の効果もあって、まず個性的な太眉に目がいくであろう。しっかり描いたアイラインと睫。古風なヘアアレンジと相まって、かの女優を彷彿させた。
一方の紫弦の視線は、左手のiPadに注がれており、周りのことは気にも留めていない。
紫弦は、昨日の午後八時以降からのニュースを全てチェックしていたが、今日になっても情報は見つからない。紫弦は眉をひそめた。
バラバラ死体はトップニュースでしょ? と。
大鳥紫弦は大学二年生であるが、裏で暗殺業を営んでいる。
先祖代々受け継がれてきた由緒正しき裏家業であり、今代まで続いている。こんな平和な世の中でも需要はあるもので、紫弦の財布は常に潤っていた。
紫弦の一家が暗殺を生業にしているのには、特別な理由があった。
大鳥一族の人間は齢十五を過ぎると、定期的になにかを殺めなければ衰弱死するという呪いがかけられていた。最初のうちは動植物で事足りるが、最終的に人間やそれ同等の生物でなければならなくなってしまう……。
にわかに信じられないことだが、科学で解明できない以上、呪いとしか言えない。
その過酷な運命に対して、大鳥一族は人を殺すことを〝生業〟にすることで存続を図ってきた。私怨から傭兵、時には国の手足として。
そんな大鳥家であったが、大鳥家の人間は現在は紫弦だけである。
昨今では殺し屋に頼まなくとも人は人を殺すし、昔以上に仕事は難しい。技量のない者は衰弱死していき、一方で呪われた血を悲観して自殺を図る親類が絶えなかった。
紫弦は自分の代で途絶えることに納得していたし、なにより相手もいなかった。殺しを生業にする紫弦にとって、男達は皆、貧弱に見えたからだ。
今回、紫弦に依頼されたことは、廃ホテルに住み着いたある男を念入りに殺し、他にも出入りする不良や浮浪者に対する見せしめをして欲しいということであった。
安くはない依頼料を一括前払いしたあたり、なにかしら複雑な理由があるに違いない。
人の寄りつかない廃ホテルで惨殺するのは易いが、事件は表向きにする必要がある。そのため、紫弦は死体をホテル入口に放置していたのであった。
残っている業務は、ニュースで騒がれることのみ。さっさと終わって欲しいと、紫弦はブラウザの更新ボタンを押した。新着が一件。
〝血だらけの衣服――外国人男性保護。廃ホテルに住んでいた浮浪者か?〟
▼今朝、血だらけの衣服姿の外国人男性が保護された。男性は最近廃ホテルに出入りしていたとみられ、戸籍などは不明。傷口は塞がっており軽傷だが、男性はひどく怯えており、落ち着き次第事情を聞くとしている。
「なにそれ、意味わかんない」
紫弦の足が止まった。
なぜ? あんなに粉々にして、人目のつく場所に置いたのに?
紫弦はニュースを理解できなかった。
あの外国人浮浪者を手にかけたことは、嘘や妄言ではない。
赤い髪に青い瞳。知的な顔立ち、背格好も自分好みだったのが非常に惜しかった。
なにより呪いが遠ざかったのを実感しているから、確実にあの男を殺した。
でも昨日の男は死んでいない。罠かとも考えたが、そんなくどいことはせず、黙って警察が捜査すればいい。まさか男が生き返ったとでも?
「……ふふ。ねぇ、私たちきっと相性抜群よ」
紫弦は小さく呟いた。
〝見せしめ〟という意味ではこの件は終了でいい。クライアントが納得しなければ、一部返金でもかまわない。しかし、男を殺し切れていないのであれば、なにより自分自身に危険が及ぶ。
それに、もう一度会いたい、と紫弦は思う。
「さぁ、もう一度殺しにいこ……」
紫弦はiPadをしまうと、タクシーを捕まえ、自宅へ向かった。