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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お隣さんは呪い師

富士野の生臭い道程

作者: わやこな

ざっくりテイストな三人称で進みます。

ぬるいR-15要素がございます。苦手な方はご注意願います。

 富士野が初めて意識を持ったとき、辺りに人はいなかった。


 正しく言うならば、生きた人はいなかった。

 何故と問われたなら、勿論、自分が食べたと富士野はあっけらかんと返すだろう。富士野にとって、人の倫理観など道端の石ころに等しいくらいどうでもいいものだ。

 べとべとした残骸だらけの土の上に立って、妙に自分が誇らしかったのを覚えている。

 この頃の富士野は、現在の富士野と全く同じではないのだが、便宜上富士野と名乗っておく。

 このときの富士野の体は、土くれ人形半分に人の肉が半分のようなものだった。それでも並の人ならざるものよりは力はあったのではないかと我ながらに思う。とはいっても、そうそうお仲間に合うことはなかったし、富士野と同系統の奴を見ることもなかったから、はっきりとは言えないが。

 どうも自分は人を食べなければ、持たない生き物らしい。人を食べて生まれたのだから、そういうものなのだろう。転がる人の腕を手に、ぼんやりと富士野はそう理解した。

 だから、腹が減っては食べ、腹が減っては食べることの繰り返し。おかげさまで食の確保のために、人里に上手く紛れる術も上達したし、綺麗な食べ方も学んだ。生き胆をいただくだけでいいのだ。喰い散らかすことがなくなっただけで大いなる進歩である。

 そうして幾年、幾十年、幾百年は言いすぎだがそれくらいの年数が経った時、異端審問だの異教徒弾圧だのそういった類の騒動に、富士野も遭遇してしまった。

 つまるところ、やれ化け物、やれ怪物と人里から追いやられてしまったのだった。

 富士野としては、必要なときに必要な分だけ戴いているだけで、戦や闘争を起こす人同士のほうが始末に終えないと思うのだが、富士野の言い分が当然人に通じるわけもない。渋々と放浪をし始めたのは苦い思い出だ。

 魔女と出会ったのもその頃だ。

 放浪の果てに小さな島国に辿りついたはいいものの、長い旅路による空腹が富士野を襲った。獲物を求めてあちらこちらをふらふらし、ようやく辿りついた人里で、とある掘っ立て小屋にいる女を食べようとしたらこっぴどくやられたのだ。

 その女が、魔女だった。本人がそう言ったのだから、彼女は魔女だ。

 魔女は、赤茶けた長髪と焦げ茶の瞳をした背の高い女性で、すこぶる美人という程でもないが愛嬌があった。顔立ちがきつかったが、からかってそのことを言うと頬を膨らませる癖が可愛らしいものだった。普段の顔つきと相俟って愛嬌があるように見えたに違いない。

 魔女との出会いは決していいものとは言えなかった。

 魔女にやられた傷は、完治した後も幻視痛となって富士野を襲ってきたほどだ。四肢は無残に千切れたし、腹はぐちゃぐちゃのどろどろである。痛みに鈍い富士野でも、痛みを伴うほどの酷い損傷具合だった。

 富士野の今までの生き方は、自然界の動物と同じ弱肉強食であった。故に、きっと自分は魔女にやられてしまうのだろうと思っていた。

 それだというのに、魔女は富士野にとどめをささずに治療を施し、居場所をあたえた。勝手に修復していく体が魔女の興味を引いたそうだ。

 やがて完治したと思ったら、姿形は栗色の髪と青い瞳で魔女の美意識に沿ったものへと形作られ、名前を付けられた。その時の言葉は今も尚鮮明だ。


「貴方、今日から富士野太郎と名乗りなさいな。私が新しくお前を作ってあげたから昔の真名なんて忘れちゃいなさい。いい名前じゃないかしら?だってねえ、前の真名は私の好みじゃないもの」


 魔女は富士野を、富士野太郎と名付けた。名前の由来は、治療と称して富士野の体に投薬をかましてみたところ、体から咲いたのが藤の花だったことかららしい。元が土半分だったから、育ちやすかったのかもしれないとは魔女の言だが、そういう問題ではないと富士野は思う。

 しかし、こうして魔女により名前を付けられたことは富士野に変化を与えた。

 富士野の体を改造して作り直したという離れ業をやってのけた魔女は、力の強い能力者であった。能力者と富士野のような生き物は、使い魔契約というものを交わすことができる。その場合は、互いの真名を名乗るといった儀式が必要なわけだが、前述のとおり魔女は力が強かった。勝手に富士野の体を作り直し、名前を勝手につけて、自分の創造物としてしまった。

 支配下に置かれた富士野は、魔女の下から離れることが難しくなったのである。

 富士野にとって幸いだったのは、相手が魔女であったことだ。魔女は初めに抱いた印象よりは大分といいものへと変わっていたし、何より話が合う魔女の相手は退屈しなかった。

 それからというもの、魔女と富士野は共に面白おかしく暮らした。尚、この場合の面白おかしくは富士野基準であるので、昔語りを他人にしたところ盛大に顔を引きつらせてしまった。

 ある時は、魔女が新薬開発を試みては富士野へ投薬した。富士野は不死性を持つ生き物だと発覚したからである。そうして発見された新たな調薬方法の数々は魔女の遺産として高く評価されている。協力した富士野の鼻も高い。

 またある時は、魔女による能力の行使練習と称し、容赦のない手合わせが行われた。主である魔女に富士野が有利に立つことはほぼ出来なかったため、勝ちとおしたことは一度もなかった。それが良かったのか、この練習は魔女のストレスが溜まる度に行われた。富士野にとっていい迷惑である。

 またまたある時は魔女と共に旅に出たこともあった。

 戦の大火があるだろうと予見した魔女が、富士野を連れて出たのだ。土地を移っても魔女との暮らしに変わりはなく、日がな薬を作ったり能力の鍛錬をしたり、怪しい呪具を作ったりした。

 富士野の食事についても魔女は寛大であった。とはいっても人を襲うことは容認されなかったので、代わりの物を用意してくれた。

 魔女の能力は構築。何かを新たに構成することも、魔女の知識と力の大きさによって可能だという反則的な能力だった。その能力を持って富士野の食事の供給ができたというわけである。


 そうしてさらに数年、数十年と過ごしたある日のことだ。魔女がふらりと出かけて帰ってきたとき、一人の子どもを連れていた。

 みすぼらしい、痩せた小さな子どもだった。

 ぎょろりと覗いた目玉は大きく、余分な肉もついてないので、富士野としては美味しそうな匂いはするが不味そうだなあというのが正直な感想だった。

 性差がわからないその子どもを、魔女は魔女がしている仕事の次期跡継ぎにすると富士野へ言った。魔女の仕事は呪い師兼薬師兼魔術師と色々なものを兼ねていたから、きっとその子は苦労するだろうと富士野なりに優しく接してやろうと思った。

 その頃の魔女は出会った当初の華やかさは落ち、まさしくお話に出るような魔女もかくやの見た目であった。そうか、寿命か。富士野は漠然と感じたのを覚えている。

 子どもはオッラと魔女が名付けた。富士野と違い愛称であったが、子どもに不服はないようだった。

 魔女はよくオッラと呼び、あらん限りの知識を子どもへ託し、事あるごとに後々のことを富士野へ話して聞かせた。話の最後にはよくこう付け加えた。


「私が物言わぬ体になったら、富士野の好きにしなさいね。お前はずっと我慢していたからねえ」


 我慢とは、富士野が人の肉や生き胆を魔女の代用品で賄っていたことだろうと察しはついた。本当にいいのかと最初は何度も聞いたが、魔女は穏やかに笑うのみだった。

 最後の話をし始めた魔女は、オッラにもそのことを伝えた。

 オッラは富士野の知る人の子よりもかなり手のかからない部類の子どもだった。

 魔女が富士野に最後を任せていると言う言葉も、こっくりと頷いて聞き分けていた。

 愛想は悪いが、磨けばそれなりの中性的な容姿は周囲にいい印象を与えたようで、オッラが来てからは色々と周りの人の反応はよくなった。その頃からちらちらと顔を出し始めた魔女の親戚を名乗る者たちには迷惑したものだが、それを含めても、悪くない日々だった。


 魔女の体調が崩れ始めたのは、オッラが成長し、成人に近づいた頃。ちょうど寒さが幾分か和らいだ晩冬のことだ。

 体調を崩すことが多くなった魔女に代わり、オッラがよく仕事をした。仕事外のことにも色々走りまわっていたようで、ふらりと黙ってあっちこっちへと行くことも少なくなかった。魔女と富士野は困ったものだと言い合ったものだが、それを含めてオッラは優秀であった。

 いつしか敬愛をこめて呪い師と呼んでみると、オッラは魔女と似た仕草で鼻で笑った。嫌なところが似てしまったものである。けれど笑った後、少し誇らしげにしていたのを富士野は見た。

 それ以来、オッラを呪い師と富士野は呼び始めるようになった。

 あくる日、オッラ改め呪い師が仕事へ出かけると、魔女は床から富士野をそっと呼んだ。

 随分と声も歳を取った。魔女の声に呼ばれるままに寝所へ顔を出すと、魔女は富士野の腕を取って自分の腹に手を置いた。


「富士野、お前の手で逝かせて欲しい。弱って静かに死んでいくのは、私は好きじゃない。お前なら一瞬で出来るだろう。あの子には言い含めているから、きっと大丈夫」


 床に伏せているときの途切れ途切れとなる声は、いつになくしっかりと富士野へ向けられた。


「富士野、富士野、お前の主の、お前の魔女からのお願いよ」


 弱った魔女は、直視に耐えなかった。

 強気に言い返す、勝気な言葉を言う、軽口を言い合う、あの魔女の姿はそこにはなかった。

 弱弱しく繰り返す、腕にすがる老女を見下ろし、富士野は息を吐いた。


「それでいいんですか。望むならもっと生きれるでしょうに」

「それがいいの。長く生きるのは飽きそうだから」


 魔女は静かに富士野の目を見つめた。富士野は自由なほうの腕を魔女へ向けた。

 皺の増えた顔で、魔女は嬉しそうに笑う。首に回された指を見て目を細めた。


「富士野、貴方を愛していたわ」


 そう言い残して、魔女はあっけなく富士野の手で縊り殺された。

 物言わなくなった魔女の体を見下ろす。

 殺した勢いで生き胆を引きずり出してみた。

 魔女が食べて良いと言ったのだ。だから、食べる。だって止める魔女はもういない。

 咀嚼して飲み込んだ。

 美味しいのか、美味しくないのか、分からなかった。

 力がいつになく強くなったのも分かったのに、嬉しいよりも戸惑いが勝っていた。魔女が最後に残した言葉が、まるで呪いのように富士野の頭にこびりついた。

 長く魔女と共にいたが、愛なんて理解が及ばなかった。愛情が恋慕であれ親愛であれ、魔女がそれを抱いていたことが富士野にはぴんとこなかった。ただ、魔女と共に暮らした日々は、心地がよかったと思い知っていた。


「魔女」


 亡羊とした魔女の瞳は濁って、もう富士野も何も映さない。

 呪い師へ、なんと伝えよう。

 口元をぬぐって寝所を後にしようとして、立ち止まる。

 呪い師がそこへ立っていた。

 横たわる魔女と、血痕、富士野へと視線が辿り、暗い瞳と目が合った。


「殺したのか」

「主が望んだので」


 感情を押し殺した声で、震える拳を隠さずに呪い師は富士野を指差した。


「食べたのか」

「……ええ、食べましたよ。私の習性は話したでしょう」

「知っている。魔女にも聞いた。だけど理解はしたくない。俺は……」

「もう魔女はいない。代用品もない。呪い師、魔女の約束はお前を見守ることでしたけど、その分お前の周りにいるものの命はないでしょうね。これから、嫌というほど見るでしょう」

「……お前が魔女の約束を、本当にこの後も守るのか」


 歪んだ顔から出た言葉に、富士野は沈黙して返した。律儀に守る必要は感じなかった。

 けれど、今まで一人だった富士野が、魔女によって新たに生かされ、人と関わり生きてきた現状は、失ったらさびしいものだろうと感じた。

 言葉を返さない富士野に、呪い師は口を開いた。


「俺には、稀有な才能があると魔女はいった。だから、俺は、新しい、魔女にも作れなかった薬を作る。お前の習性を、発作を抑える薬を。何年かけても、無茶をしても、絶対に、作ってやる。出来たら、お前の足りなかった脳みそに後悔を植えつけてやる。不死身の男」

「富士野太郎、と呼んではくれませんか」

「お前と新たに契約を結ぶ気はない。無理にでも契約をしようとしたら、ふんじばってバチカンあたりに投げ捨ててやる」

「それは怖い」


 バチカンは富士野が放浪に出たきっかけの国の1つだ。奇跡狩りやら異教徒狩りやらそういう類にあったら面倒極まりない。魔女がいなくなって自由になった富士野へ追及の手はすぐに及ぶだろう。

 しかし、思ったよりも呪い師は冷静だった。感情に任せて、富士野を攻撃してくるかもしれないとも考えていたのに、拳を握り締めて耐えてみせた。


「早く、作れるといいですね」


 もしかしたら、と思っていった言葉に呪い師は不敵に唇の端を上げた。


「俺は魔女の後継だ。誰に物を言っている」


 その表情の向こうに、得意げな魔女が見えた気がした。




 そして、さらに月日は進み、幾数年。

 新たな薬を作ると宣言した呪い師は、見事実現させていた。

 富士野を拘束する呪具を用い、身動きをさせなくした後、呪い師は転がる富士野を前に立っていた。


「不死身の。覚えているだろう」

「ああ、呪い師。有言実行とは見事ですよ」


 人が老いるには十分な年数が経っても呪い師は不思議なことに老けていなかった。魔女も長生きではあったが、呪い師には違和感を感じた。


「呪い師、お前は」

「薬を作るのにちょっと無茶をしただけだ。いつかは死ぬ」


 富士野の言いたいことは分かっている、といいたげに呪い師は返した。

 老けない容姿は、人間から逸脱した証拠だと富士野は思った。能力の量も増えている。


「半分、人ではなくなりましたか」

「成ろうと思えば簡単に成れるものだった」


 簡単に言う呪い師に、富士野は首をかしげた。


「お前、未練はないのです?魔女でさえ人の身でいたというのに」

「……さあ、分からない。今、俺はお前に一泡ふかせられたらもうそれでいい。今後お前が悪さをしないよう、見張ることも魔女に頼まれたんだ」

「おや、信用されていなかったんですかね。悲しいです」


 呪い師は優しい男である。

 富士野は思って、くつくつ笑った。

 ああ、一人きりにならないのだ。そう、思った。

 笑う富士野に、呪い師は顔をしかめると、引きずって歩き出した。


「呪い師、どこへ?」

「お前の頭を溶かして、一回真っ白に戻してやる」

「へえ、それはそれは」


 にこやかに話しながら、富士野は呪い師に引きずられ魔女の家を後にした。

 遠ざかっていく魔女の家を見ながら、富士野はかろうじて動く指先で魔女の家を指差した。

 ぱらぱらと小さく音を立て、魔女の家が崩れていく。

 元々魔女がいなくなってから、古くなりあちこちにがたがきていた。富士野の力で手助けしてやれば、倒壊は容易に起きた。


「呪い師、どこへ?」


 もう一度問いかけてみたものの、答えはなく、呪い師は後ろを一瞥してまた歩き出した。


「もし行くのなら、ゆっくり休める場所がいいですねえ」



 その後、火山火口へ投げ込まれたが、呪い師なりの照れ隠しだと富士野は思うことにした。

 多少消滅しかけて這い上がってきたとき呪い師が不在だったのも、気にしないことにした。

 なぜなら、呪い師は有言実行をする優しい魔女の後継である。

 適当に服を作って、富士野はさてどこへ行こうかと伸びをした。


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