白幡日向の失踪 プロローグ
人間修理屋と書かれた看板に助手席から目を奪われた。廃れた電気屋の様な所在に寂しさを感じたからかもしれない。
信号が青に変わり、自動車は人間修理屋から遠ざかる。流れる景色と共に視界から消えた。
『母さん、人間修理屋って何?』
運転席の母は一瞬だけ記憶を逡巡する素振りを見せる、直ぐに答えた。
『確かあ・・・マッサージ店だったはずよ。』
人間修理屋という奇抜な名前も妙に納得してしまう事実だった。つまり筋肉の凝りや骨格のずれを治すという意味合いでつけられた名前なのだろう。
答えが返って来ないことに期待していたのに、裏切られた気分だ。
急に色褪せてしまった景観に飽き、目を瞑る。
眼球の中であの廃れた電気屋みたいな建物が燻っていた。
第一譚
『日向、おはっ。お前の好きなメロン買ってきた。』
黒澤病院2階の最南端の部屋。白幡日向は今日もベットの上にいた。
メロンを見ると一瞬顔を輝かせたがすぐに背けてしまう。
『究、三日も顔ださなかったね。』
日向の彼氏になってから三年の月日がたつが、まだまだ好きでい続ける自信がある。この反応も相当に可愛かった。
『三日間お前に食べてもらいたい、メロンを探してたんだ!』
『流石に探しすぎじゃないかな?』
『最高のメロンを現地で取るためにオーストラリアまでいって直接取ってきたんだ!!』
馬鹿みたいな冗談で機嫌をとる。
案の定、日向は口元に手で隠し怒ってることを意識て堪えながら笑ってくれた。
『でも・・・究と一緒にいられることが一番嬉しいんだけどね。』
何気無い普通の言葉として日向が心からそう言ったことはわかったが、まるで一緒にいられなくなる時がくる様な言い回しに聞こえて、多分らしくなく、ハッとした顔を向けてしまったのだろう。
日向も同じ顔で見返してきたから。
『メロン食べよう。』
沈黙の時間を遮るように、無かったことにするように、言われてしまった。
胸騒ぎが静まらない。
『そうだな、すぐ切りわけるから。』
見慣れない手鏡が置かれていた。その顔に青ざめた自分の顔がよく映っていた。日向に向けていた顔が映っていた。
『私、もう長くないって。』
『嘘だよな・・・まだ怒ってるなら、お前と一緒に病院で寝起きするから、そんなこと・・・。』
必死になって冗談も混ぜて、いつもの日向なら絶対に反応する言葉だったのに、白幡日向は強がっていう。
『頑張ってたけど無理みたい。また遊園地行く約束、守れそうにないね・・・。』
そんな泣そうな顔になるなら言わなくて良かったのに。聞きたくなんて無かったのに。
『もし、私が元気になれる方法があるなら、どんな残酷なことでも受けいてくれる?』
唐突な質問それは治療や後遺症のことを言っていると思った。
だから迷う素振り何て見せずにいった。
『当たり前だろ。全部受け入れるから。』
その言葉が全ての始まりだった。
次の日、白幡日向は死ぬでもなく、待つでもなく消えていた。
あの手鏡と一緒に。