第八話 覚醒の翼(エンジェルフライヤー)
第五学区中央タワー
「・・・こんな所まで連れてきて、一体何をするつもりなの」
「・・・兄の顔を見て、そんな事が言えるかな?」
誘拐された棟子は、タワーの最上階に居た
「兄さん・・・まさか、健次兄さん・・・」
健次と呼ばれた男は、黒いフードを脱ぎ捨て、その場に姿を現す
棟子と同じように眼鏡を付けた知的な雰囲気を漂わせ
華奢な体をしている
「棟子・・・君は優秀だ。僕がまだ八歳で君が六歳の頃、君は僕を出し抜く程の科学者の才が既にあった」
両手両足を縛られた棟子を背に
歩きながら事の説明をする健次
「僕には多少なりに能力はあった。だが、僕は羨ましかったんだ。君が、君のその頭脳が」
「・・・無い物強請りはみっともないですよ。兄さん」
「・・・っ!」
パァン!
発言に怒りを覚えた健次は、棟子に近付き頬を叩く
「っつ!」
「君の憎たらしい物言いは変わらないね」
「兄さんこそ・・・我が儘で短気な性格が直ってませんね」
「・・・まあいいだろう。どの道、お前の実験動物に、俺の雇った天災生一の化け物が敵う筈も無い」
憎たらしい程に口元を歪ませ、その言葉を発する
だが、棟子は健次に対し、小さく笑っていた
「実験動物・・・か、私はそうは思っていないよ」
「・・・なに?」
「カッコよく言えば・・・私は創造する者、そして、彼はそれに答えてくれる・・・言わば天使」
「・・・ぎゃあっはっはっはっは!」
辺りに響き渡る歪んだ笑い声
紅い目の悪魔の声が響き、目の前に横たわるのは、力無き動物
天災生最強にして無敵、究極念動は
無能生・・・新村乱太を嬲り殺しにしていた
あれだけの力を使い、究極念動の中では、巻き上がった煙の中には
無残にも飛び散った肉片か、バラバラになった四肢があるとしか考えていなかった
「・・・はあ、楽しみが減っちまったな。帰るか」
「・・・まだ・・・だ」
「嘘だろ・・・マジかよ・・・」
背中に走る消えない悪寒
究極念動からすれば、それすらも快楽である
そして、それを感じると言う事は、居るのだ
まだ・・・自分が殺したと思われる無力な実験動物が
生きている・・・そう思うと笑いがこみ上げた
「・・・はっはっはっはっはっはっは!」
「死ぬかと思ったぜ・・・あいつの力が無かったらな」
晴れた煙の中には、装備を殆ど破壊され、体から血を流す乱太の姿があった
「お前さァ・・・マジ最高だわ。ほんっとよ・・・一生殺してやりたいくらいだ」
「死なないさ。お前のくだらない性癖に付き合ってる暇はねぇ!」
とは言うものの、乱太の武器である「ブレイズカノン」は
現在、究極念動の力によってほぼ全壊
不幸中の幸いか、手甲だけは残っており、まだ勝機が無い訳ではない
「(さっきは電磁鉄球で何とかしたけど、今の状態じゃさっきのは防げない)」
全速力で走り出す
究極念動を倒す答えは一つしか無いからだ
「(一気に接近して、殴り合いでコイツをぶっ倒す!)」
「馬鹿だなぁ・・・俺がそれをさせると思うか?」
走り出す乱太の体は宙に浮き、重力に押しつぶされる様に地面に減り込む
「どうやら、お前の能力無効は通じないみたいだぜ?」
「(くそ!手甲だけじゃ能力を無効化するには弱いのか!)」
徐々に減り込んで行き、体が限界へと近付いていく
「知ってるか?重力には人の脳に影響を与えて、血液の流れを悪くする力があるらしいぜ」
「(やばい、気が遠くなる・・・)」
「ひゃっはっはっはっは!今度こそ死ねよ!楽しませて貰った礼だ!」
「(このままじゃあ・・・)」
一瞬にして流れる走馬灯
乱太の意識は途絶えた
意識の中・・・
走馬灯の中で乱太が見た光景・・・
それは、自分が中学の頃に死んだ兄の思い出だった
兄は優秀な能力者であり、成績も他よりずば抜けていた
一方自分はと言うと、成績の低さや能力適性の悪さにより
学校にもロクに行かず、学都で活躍する兄を恨んでいた
いつしか、ぐれていた自分は他人に迷惑を掛けて生きていた
気に入らない奴は殴り、注意する大人を殴り、小学校の頃まで一緒に居た友人すらも
自分をなんとかしようとする友人すらも、暴力でねじ伏せてしまった
どうしようもなかった・・・
流石にその時は、自分が嫌になった・・・
ある時、兄が久しぶりに学都から実家に帰った話だ
兄は家に帰り、自分の事について色々聞いていた
ぐれた事や暴力を簡単に振るうようになった事
弟の事が気になっていたのであろう
だが、当の本人は、相も変わらず喧嘩に明け暮れていた
自分にはこれしかない、自分には誰かを守る事は出来ない
壊す事しか・・・出来ない
兄が実家に来て数時間後の話だ
自分が喧嘩で倒した不良たちが、実家にやってきたのだ
そんな事を知らない自分は、家に帰ってきた時の衝撃が大きかった
家の目の前に集まる大量の人達
中には、救急車があり、担架で誰かを運んでいた
・・・兄だった
運ばれていたのは、自分なんかより遥かに優秀で
誰からも必要とされる・・・兄だった
母から聞けば、不良達の相手をしていた兄は
弟を出せという要求にひたすら拒否し
頭に血が上った不良の一人が、ナイフで兄を刺してしまったのである
不良たちはその場から逃げ出し、母は急いで救急車を呼んだ
・・・頭の中が真っ白になった
一緒に病院へ行くと、着いた頃には兄は既に虫の息であった
血を大量に流し、途切れながら喋るのがやっとだった
母は泣いていた・・・
当たり前だ。実の息子が、もう少しで死ぬかもしれないのだから
結果、兄は死んだ・・・
自分は、泣けなかった
今まで憎んでいた存在だったから
兄が、自分よりも遥かに優秀だから・・・
そんな自分が激しく嫌いだった
自分が殺したような物なのに・・・
自分のせいで、兄が死んだのに・・・
涙すら・・・流せなかった
兄が死んだ後に、母が泣きながら俺に手紙を渡した
兄から自分へのメッセージだと
実家に帰って、母から話を聞いて書いたらしい
手紙には、こう書いてあった
『乱太へ お前に何があったのかは分からないが、俺のせいだと言うのは母さんから聞いた。だが、お前にはお前の道がある。話を聞いていると、お前は、自分で自分を汚しているようにも聞こえた。自ら汚して、壊して、全てを諦める事は無い。生むのは壊すより難しい。暴力では何も生まないんだ。乱太、お前は俺の掛け替えの無い弟だ。俺を憎もうが嫌おうが、俺はお前を家族として愛している。自慢の弟としても。小学校の頃、お前と一度だけ喧嘩した事があったよな。年齢や体格差もあるし、お前に負けないと思ってたけど負けてしまった。別に手加減をしていた訳じゃない。何があっても挫けない、諦めない、真っ直ぐで素直なお前だからこそ、俺は負けたんだ。だから、お前は俺の自慢だ。俺は口下手で話すのは恥ずかしいけど、ここに書いてある事は嘘じゃない。いつしか、お前が俺より凄い存在になる事を願っている。兄・・・新村柳より』
気がつけば・・・俺は泣いていた
手で拭っても止まらない涙は、やがて、手紙へと落ちていく
兄が・・・兄さんが
俺なんかよりもずっと凄い兄さんが
俺を・・・認めてくれていた
そして、こんな俺に、励ましの言葉を贈ってくれた
一番憎い相手が・・・
他の誰よりも・・・自分のことを気に掛けてくれた
そう考えると、涙が溢れ出し、病院の椅子で一人泣き叫んでいた
「・・・死ねない」
「あん?」
必死に這い上がり、その場で立とうとする
「決めたんだ。あの人を・・・兄さんを超えるって!」
「あぁ?」
「俺は、最低で愚図な出来損ないだよ。でも・・・諦める事は絶対にしない」
重量に無理矢理逆らいながら、その身を起こしていく
「・・・くだらねぇな。お前みたいな無能が、俺に勝てるとでも」
「勝てるさ・・・だってよ、俺は・・・兄さんの自慢の弟だからだ」
「・・・理屈になってねぇぞ」
「へへ、そうだな、あの時もそうだった、でもよ・・・理屈で男が語れるかああああ!!!」
己の信念を叫ぶ男の背中に・・・光が差していた
究極念動は目を疑った
奴には力などない。奴はただの無能生だ
だったら・・・あの翼はどう説明を付けるんだ
純白の翼、それが背中に宿っている
何だアレは、幻覚ではない。
本物の翼なのか・・・奴に何が起きたと言うんだ
そもそもアレは何だ、あんな能力は見たことが無い
片方二メートル程の翼は、まるで、鳥のように羽を落とし
美しくしなやかに・・・輝いでいた
「・・・おい、そりゃ一体なんだ」
「天使の・・・翼」
「そいつぁ作り物か?」
乱太の体を操ろうと、再び念動を仕掛けるが
「・・・」
究極念動のサイコキネシスを振り払うかのように、乱太の右腕が打ち消した
「どうやら、作り物じゃあ無さそうだな・・・だが」
道路の表面を蹴り、念動力で加速する
「その白いの・・・捥ぎ取れちゃったりする訳?」
両手を構え、翼を掴もうとする
「・・・エンジェルフライヤー」
「っ!のわあああ!!!」
白い羽が起こした風は、究極念動を吹き飛ばす
「(何だ今のは、能力が一切使えなかったぞ・・・)」
「・・・終わりだ」
「っな!?」
背後に居たのは、目の前に立っていた白い翼を生やした乱太だった
「(馬鹿な!全然きづかn・・・)」
バキンッ!
白い翼・・・エンジェルフライヤーの右翼が
能力の一切を遮断し、究極念動の小柄な体を弾き飛ばした