~第50話~
「何か……凄いことになりましたよ?」
合計十匹になったことと、明らかに他とは格の違う<リネル・ルーラレイズ>が現れたことに驚きを隠せないハル。
その隣では、里奈が腕を組んで立っている。
「驚いたな」
「……全然驚いてませんね」
「驚いてるさ、十分な」
絶対に嘘だ、と思ったハルだが、今はそれどころではないので話を進めることにした。
「あの大きいのはあいつらのボスですか?」
「少し違うが、簡単に言うとそうなる。<クロプス>の中にも一際大きいのいただろ? あいつらは周りとは少し異なった成長を遂げた『上位種』、一般的に『リネル』と呼ばれてる」
「リネル……<リネル・クロプス>……<リネル・ルーラレイズ>か……」
呟き、遠くに集まる<ルーラレイズ>の群れへと目を向ける。
他の<ルーラレイズ>が翼を動かしながら空中でこちらの様子を窺っているのに対し、<リネル・ルーラレイズ>は地面に脚をつけ、最初の二匹の<ルーラレイズ>が半殺しにした<クロプス>を貪り喰っていた。
(成程。自分達で喰ってなかったのは、あいつに献上するためか。上下関係もハッキリしてるし……そこんところは、こっちと変わらないんだな。と言うより、すぐに塵になる魔物を食べて栄養を摂取できるのか? ……謎だ)
「それにしても、初っ端の依頼で二種類のリネルと遭遇するとは……お前も蓮華も中々運がいいな」
「……そもそも、こんなイキナリ他の魔物が乱入することなんてあるんですか?」
里奈の皮肉を無視し、ハルは話を続ける。
「普通はない。多分……『あれ』が近いんだろう」
「『あれ』……?」
里奈の意味深な言葉に首を傾げていると、
「何か、意外な展開になったな」
ミリヤと千が駆け寄ってきた。
「どうするの、里奈?」
千の問いに里奈は獰猛な笑みを浮かべて答える。
「もちろん、あいつらとやり合うさ。<クロプス>を喰ってくれた礼をしなくちゃな」
「また暴れるなよ、里奈」
そこに健吾も駆け付け、下で闘っていた全員が里奈の元に集合した。
「騎士団の総隊長に避難指示を仰いでもらった。エライ心配されたけど、適当にごまかしておいた」
「ご苦労さん。ハッキリ言ってこれからの闘いでは騎士団は邪魔なだけだからな」
「本当にハッキリ言いますね」
苦笑するハル。
ルクセールの騎士団が役に立たない、というわけではなく、時と場合によるが、相手が少数の場合はこちらも少数であたるほうが効率がいい。今回は里奈や千のようなレベルの高い実力者が集まっているので、尚更である。
「さて、それじゃ、やるか……向こうも準備万端らしいしな」
見ると、<クロプス>をたいらげた<リネル・ルーラレイズ>はこちらを睨んでおり、地上の二匹は首をタマゴを飲みこんだ蛇のように丸く膨らませ、空中の八匹は体勢を低くして今にもこちらに向けて飛空しようとしていた。
「やる気満々だな……っと」
そこで、里奈のポケットから味気ない音が流れる。
里奈はポケットからシンプルな携帯電話を取り出し、ボタンの一つを押して耳に当てた。
「サティか?」
『はい』
雑音混じりに、サティの声が電話口から聞こえる。
二人が使っているのは、電波の代わりに魔力を飛ばす特殊な携帯電話で、電波の届かない都市外でも使える。有効範囲は互いの魔力量にもよるが、大体一キロ程度が限度である。
『すみませんが、誰かをこっちの援護に回して下さい。私一人でも大丈夫だとは思いますが……一応』
「わかった。すぐに寄越す」
『ありがとうございます』
「ああ」
里奈は携帯を戻しながら三人に目を向けた。
「って訳だ。健吾がシエルの救援に、千とレイガーニは天城の援護をしてくれ」
「……俺?」
と、一瞬の間の後、自分を指差すハル。
「お前にはあの<リネル・ルーラレイズ>の相手をしてもらう。それを使うお前が一番最適だからな」
ハルが右手に持つ魔力刀を指差す里奈。
ちなみに、ハルは魔力刀を地面に深く突き刺し、最低限刀身を露出させないようにしている。
「そう……なんですかね?」
<リネル・ルーラレイズ>の実力をよく知らないハルは首を傾げた。
「それに、そっちのほうが効率もいい。その武器、他の奴と共闘するには少し難しいだろう?」
「まぁ……そうですね」
「なるべく早く終わらせろよ、天城。そろそろ、この殺風景な風景にも飽きてきた」
(……飽きっぽい人だなぁ)
ハルが何とも言えずに苦笑していると、
「来るぞ!」
身構えた健吾が叫んだ。
それと同時に、
『ゴギャーー!!』
<リネル・ルーラレイズ>が大きな雄叫びをあげ、地上の二匹は口を大きく開けて巨大な≪火球≫を吐き出し、空中の八匹は、三匹がシエルに、残りがハル達に向かって飛空を始めた。
「よし……行け!」
里奈の号令と共に、
「そっちは頼んだぞ!」
健吾はシエルの方向に走り、
「私達が道を作ってやるから、天城は他を無視してリネルに突撃していいぞ」
「ハルの背中、護ってあげる」
「は、はい! よろしくお願いします!」
ミリヤ・千・ハルの三人も、こちらに向けて飛空する<ルーラレイズ>と真っ向から対峙すべく、走りだした。
「お前達の取りこぼしは私が処理してやる。好き勝手に暴れていいぞ」
その三人の背中に声をかける里奈はその場に留まっていた。
「さっきから意外に思ってたんだが……あの会長さんは真っ先に敵に向かうタイプだよな? 今回は最初の一撃以外大人しくないか?」
「里奈はマイペースだから」
「お前が言うか」
「ちょ、ちょっと! 二人とも、今の状況わかってますか!? 前、前!」
全く緊張感のない会話をするミリヤと千とは反対に、かなり焦っているハル。
<ルーラレイズ>と距離がかなり空いていたとはいえ、お互いかなりの速度で接近しているので、接触まで後十秒もかからない。
「とりあえず、あれを何とかしないと!」
ハルが指差した先には、今も<リネル・ルーラレイズ>を守護している二匹の<ルーラレイズ>が吐き出した二つの火球が、後に続く<ルーラレイズ>を先導する形でハル達に迫っていた。
「んー……どうする、千?」
「私がやる」
そう答えた千は無謀にも移動速度を速めて二人より前にとび出した。
「千さん!?」
ハルが叫ぶのもお構いなしに千は迫る火球に自ら近付き、いよいよ接触しそうになった直後、地面に両刀を突き刺し、
「[氷碧渡]」
と、呟いた。
直後、突き刺した刀の地面が凍結した。かと思えば、そこから巨大な分厚い≪氷の壁≫が突き出た。
「す、すご……」
ハルが目を見開いている間に、二つの火球は[氷碧渡]に衝突し、
ピキン
と、一瞬で内部までも冷やされて固まった。大きな氷の球になった火球は爆発することもなく[氷碧渡]にくっついてしまったのだ。
「…………」
予想以上の効力に絶句するハル。
(ぶ、分厚いだけの壁じゃないのか)
「『砕』」
千が続けてそう呟くと、その氷の壁もろとも氷球が粉々に砕け散った。
「魔法って……やっぱり凄いな」
そんな言葉がハルの口から漏れてしまうのも無理はない。
「天城、感心してる場合じゃないぞ」
「え……っ!?」
我に返って初めて、一匹の<ルーラレイズ>が自分のすぐ近くまで接近していることに気付く。
『ギギャーー!!』
地面ギリギリを滑空する<ルーラレイズ>は器用に下顎を地面につけないように雄叫びをあげた。
身体の大きさを活かした体当たりを食らわすつもりか、もしくはそのままハルを喰おうとしているのか、スピードを緩める気配はない。
「っ!」
ハルは咄嗟に勢いそのままにジャンプし、<ルーラレイズ>の上をまたぐように跳んだ。
(あっ、ぶねぇ!)
かなりギリギリのタイミングだったが、なんとか掠ることなく避けきった。
『…………』
<ルーラレイズ>は大きく口を開けたまま、しかし、声をあげることなくそのまま滑空し、
「っと」
ハルが着地した直後、
ズバッ!
と、その大きな体躯が丁度真ん中から真っ二つに両断され、轟音をたてて墜ちた。