~第48話~
「やるなぁ、あいつ」
遠くで魔力刀を振りまわすハルの姿を見て、健吾が呟く。
ハルが[百花繚乱]で<クロプス>を一掃した時には、彼も思わず身震いした。
「あんなの見たら、俺も一発でかいのを叩き込みたくなるじゃないか、よ!」
迫る<クロプス>を蹴りで勢いよく吹き飛ばし、言葉と行動とは裏腹に猛る心を必死に鎮める健吾。
(待て待て……俺がそんなことになったら、熱くなりがちなあいつらを誰が止めるんだよ……落ち着け)
『オォウ!』
「とりあえず……天城もあんな感じだし、もうすぐ終わるだろうから……今は我慢だな」
クロプスの攻撃を避けてすかさずカウンターを浴びせる。
(それに……クールな男がタイプって『あいつ』も言ってたし)
健吾は≪思い人≫のいるシエルに目を向けた。
「健吾」
「っ!? ……里奈か……何だ? 今、見ての通り忙しいんだが?」
心中の動揺を悟られないように、努めて冷静に言う健吾。
「……<クロプス>の数が半分近くまで減った、という連絡が彩夏からあった」
そんな健吾の心中を察したのかどうかわからないが、里奈は変わった様子もなく話を続ける。
「天城も中々豪快な状態になってるし、このままだと恐らくあと十五分ぐらいで<クロプス>を掃討出来る」
「そうかい。それじゃ、ゆっくり待つか」
「だが……まだ終わりそうにはない」
「……何言ってんだ?」
意味がわからん、と健吾が言うと、里奈は厚い雲のかかった空を見上げながら呟いた。
「次のが来る」
「次? ……根拠は?」
「勘だ」
「…………」
健吾はジト目で里奈を見るが、彼女の勘が馬鹿にならないことを思い出し、頭をかいた。
「……わかった。お前の『野生の勘』の的中率は今の所百発百中だからな。しばらくは気を抜かないようにしてる」
「そうしておけ」
里奈は再度空を見つめ、
(さて……何が来るやら)
ほほ笑んだ。
*****
「もう、終わりそうですね」
シエル内の操縦室で一人呟く彩夏。
操縦室には多くのモニターが設置されており、戦場の様子や周囲の状況がリアルタイムで確認出来る。
(数が二千に増えていた時は正直ちょっと焦ったけど……流石、桜楼・天楼の共同戦線と言ったところね。彼も……とてもじゃないけど新入生とは思えないし)
彩夏がカーソルを打つと、魔力刀を振りまわすハルが一つのモニターに大きく映し出された。
<クロプス>を斬り倒すその姿は恐くもあり、華麗でもある。
(強くて、優しい……あの人と同じ)
再びカーソルを叩くと、他のモニターに今度は健吾の姿が映った。
「……健吾先輩」
頬を若干染めた彼女の声色には、若干の弱々しさが混じっている。
(私が初めて恋い焦がれた人……)
両手を胸の前で堅く結んだ彩夏は、健吾と初めて会った時のことを思い浮かべた。
一年近く前、彩夏が桜楼学園に入学してしばらく経った頃、彼女は心無い女生徒数人から嫌がらせを受けていた。
今以上に無口で、全ての対応が機械的だった彩夏が彼女達は気にいらなかったのだ。また、魔法・体術両方の才能があまりない彩夏が、『メカの天才』と持てはやされていたのも原因の一つだろう。
嫌がらせは日に日に激しくなり、遂には『鍛練だ』と言って全く戦闘の出来ない彩夏に暴力を振るい始めた。
彩夏は歯を食いしばりながらそんな日々を、誰にも助けを求めずに、耐えた。ここで折れることは彼女のプライドが許さなかったし、心の奥底では、罪滅ぼし、とも思っていたのだ。
彩夏の家系は代々戦闘を主とする者の集まりで、彼女の兄姉も全員騎士団に属している。もちろん、戦闘関連の部隊にである。彩夏は末っ子なので、戦闘が出来なくともそれほど風当たりは強くなかったが、それでも家では肩身の狭い思いをしてきた。
機械と触れ合うのが心の底から好きでな彩夏は、機械を馬鹿にしている女生徒達にいつも怒りを覚えていたが、それでもここで問題を起こして家に迷惑をかける訳にはいかなかった。
彩夏のそんな地獄の日々を終わらせたのが、健吾だった。
健吾は女生徒達をたった一度の一喝で黙らせ、二度と彩夏に手を出さない事を誓わせた。そして、健吾は彩夏にも怒った。
『自分の好きなものを馬鹿にされて黙ってる奴は、本当の馬鹿だ。君にどんな事情があるか知らないが、好きなら死ぬ気で護れ。周りが何と言おうと、その好きな気持ちは君だけのものだ。決して卑下してみるな』
それから健吾は彩夏を生徒会に誘った。
『そこでなら君は思う存分好きなことを出来る。誰かを見返すことも……誰かに認めてもらうことも、な』
(生徒会に入った私は里奈さんやサティ先輩と出会って自信をもつことが出来た。まだ、家の皆に胸を張って言えるわけじゃないけど……自信を持つことが出来たのは本当に嬉しかった)
そのキッカケを作ったのが、健吾だ。
(単純だ、って笑う人もいるかもしれないけど……私はあの人の強さそして優しさを好きになった。初めて、男の人を好きになった)
ほほ笑む彩夏。
(……でも)
だが、途端にその顔が曇った。
暗い表情のまま、ハルと健吾が映っているのと違う、他のモニターに目を向ける。
(健吾先輩には……他に好きな人がいる。言及したわけではないけど……間違いない。その人は私なんかとは比較にならないぐらい綺麗で、優しくて、気立てがよくて……完璧だ)
≪その相手≫が健吾のことをどう思っているかはわからないが、二人はとても似合う、と彩夏は思ってしまう。
「はぁ……」
思わずため息をつき、背もたれに寄りかかって操縦室の天井を見上げる。
(どうすればいいんだろう……)
勝ち目はない諦めろ、と言われても諦めきれないほど、彩夏は健吾のことを好きになってしまっている。
「……はぁ」
もう一度深いため息をつき、目を閉じる。心が落ち着くまでこのままでいよう、と決めた。
だが、そうはいかなかった。
ピー! ピー! ピー!
「っ!?」
けたたましい≪警告音≫が操縦室に響き渡ったのだ。
(何が!?)
先程までの憂いを心中の奥深くまで強引にしまい、カーソルを叩く。この警告音が鳴る、ということは、それなりの緊急事態だった。
「これは……熱源反応!? 場所はっ……南西上空」
すぐさま船体に取り付けてあるいくつかのカメラをそちらに向ける。しかし、雲が分厚過ぎて上手く向こう側を判別出来なかった。
「ちっ! ん……っ!? 熱源反応が、二つに!?」
突然現れた二つ目の熱源反応。
(ヤバイ! 二つの熱量が段々上がってきてる!)
彩夏は相手の判別を早々に諦め、マイクに向かって叫んだ。
「サティ先輩! 今すぐに南西斜め上に魔法障壁を張って下さい! 大きいのを、至急!」