~第45話~
「あなたがルクセール騎士団の総隊長ですか?」
里奈が声をかけたのは、周囲に指示を出している壮年の男性。その雰囲気や格好に威厳が満ち溢れている。
「そうだが……君が東京からの援軍の者か?」
「はい。風谷里奈と申します」
「私は【ルイス・ベルナイ】だ。援軍、感謝する。……もしや、先程の広範囲魔法も君が?」
「……はい」
広範囲魔法ではない、と訂正しようとしたが、面倒なので止めた。
「そうか。あの魔法を見て騎士団の皆も士気があがった。これなら持ちこたえられるだろう」
「そうですか……ちなみに、死傷者?」
「死傷者はゼロだ。重傷者は何人かいるが、命に別状は無い」
「そうですか」
ホッと息を吐く里奈。
この質問をしたのは、もちろん人道的な理由が大本だが、≪魔堕ち≫する可能性の者がいないかを心配をしてのこと、と言っても間違いではない。
人が魔物になる現象≪魔堕ち≫。
色々と謎の多い魔堕ちで唯一わかっていることは、力に魅せられた時か、負のエネルギーを心にため込むことによって魔堕ちする、ということだけだ。
この様な状況で一番気をつけなければいけないのが、その魔堕ちである。
たった一人が魔堕ちしただけで、魔物と騎士団や都市を滅ぼしてしまう可能性もゼロとは言い切れないからだ。
「では、騎士団は護りに徹して下さい。<クロプス>の撃退は我々が致します」
「了解した。そちらに頼りきりになってしまって申し訳ない」
「構いませんよ」
里奈は戦場に向き直り、小さく呟いた。
「面白いですから」
*****
『オォウ!!』
右手に持った棍棒を上から下に振り下ろす<クロプス>。
「っと」
ハルはそれを右に避けて、懐に潜り込む。
(でかいなぁ、こいつ)
二倍近く体格差があるため、自然と見上げる形になり、大きな壁が迫ってくるような圧迫感がハルを襲う。
だが、その程度のことでは怯えもしない。
(こいつより恐いやつといっぱい闘ってきたし、な!)
魔力剣を左手に持ち替え、下から上に振り抜く。
『アァーー!!』
魔力剣は難なく<クロプス>の右脚と右腕を両断した。
「吹っ飛べ」
バランスを崩して倒れ込もうとする<クロプス>の腹を蹴って、その背後にいる他の<クロプス>を牽制させる。
(えっと……こういう状況で気をつけないといけないことは……)
いつか玲奈に教わった事を記憶から引っ張り出す。
(まず『絶対に囲まれるな。一つは退路を確保しておけ』か)
ハルは一旦後ろに跳んだ。
『ウオゥ!!』
その最中、右手側からクロプスの素手攻撃を仕掛けられる。
(『一匹に時間をかけずに、体力を温存しろ』っと)
その攻撃をそのまま魔力剣で受けると、
『ガァーー!?』
その巨大な手が裂け、赤い体液が吹き出た。
カウンターではない。ハルはただ魔力剣を構えただけである。
(こういう時に、この魔力剣の切れ味のよさに驚くな)
悶える<クロプス>を斬り捨て、すぐに魔力剣を構えた。
(『護るな、攻めろ』で最後だったっけか……難しいこと言うなぁ)
前方から<クロプス>が迫る。
「ふっ」
ハルはその<クロプス>より速く移動し、
『ガァ!?』
すれ違いざまに一閃して地に倒した。
「でも……やってやる!」
その後も、ハルは踊る様に周囲の<クロプス>を切り倒していった。
*****
「本当、よくやるわねあの子」
シエルの甲板でハルの闘いを始終見ていたサティが呟く。
「堂々としてるわ。新入生とは思えない、っと」
ハルが倒し損ねた何匹かの<クロプス>がシエルに近付いていることに気付く。
「でも、まだちょっと甘いのね」
ほほ笑み、
「[ダークアロー]」
と呟く。
すると、サティの周囲に黒い巨大な棘のようなものが、その近付いてくる<クロプス>の数だけ現れた。
「まぁ、可愛い後輩の失敗の後処理も、先輩の仕事よね♪」
サティが軽く手を動かすと、[ダークアロー]が一斉に魔物に向かって放たれ、
『? ガ』
ブシュッ!!
と、全て寸分違わず<クロプス>の頭に直撃し、雄叫びをあげさせる暇も与えずに倒してしまった。
<クロプス>は塵になり、その場には地面に深く突き刺さった[ダークアロー]だけが残る。
(他愛無いわね……ん?)
そこで、サティは十メートル程離れた場所に立っている蓮華が震えているのに気付いた。
(まぁ……無理もない、か)
殺し合いなどとかけ離れた生活をしてきた蓮華にとって、この光景は耐えられるものではないかもしれない。
<クロプス>の見た目が人に近いことも、彼女を恐がらせている要因の一つだろう。
「蓮華ちゃん。無理にここにいなくてもいいのよ? 中で待ってればすぐに終わるわよ」
サティがそう声をかけると、蓮華はその震えを押さえつけるように身体を抱き、首を横に振った。
「なにも出来ないかもしれませんけど……私だけが甘えるわけにはいかないんです」
未だに震える蓮華だが、その瞳には強い決意が秘められていた。
「……そう。なら、気を強く持ちなさい」
そんな瞳を見てしまっては、サティも野暮なことは言えなくなる。
(芯の強い娘……流石、会長の幼馴染ってところかしら)
「ありがとうございます、サティ先輩。わざわざ心配して下さって」
「気にしなくていいわ。後輩を心配するのも、応援するのも、助けるのも、先輩の役目なのよ。もちろんあなただけじゃなく、彼のも、ね」
サティが指差した先では、今もハルが演武のような闘いを繰り広げている。
「天城君も頑張ってるんだし、あなたも最後まで頑張りなさいね」
「はい」
と、答える蓮華の表情は柔らかい。
ハルの名前が出た瞬間から、彼女の無駄な緊張は解けており、身体の震えも止まっていた。
思わず、クスッ、と笑うサティ。
「? 私、何か変なこと言いました?」
「そうじゃないわ。私が天城君の名前を出してから、あなたまるで別人になったから。身体の震えが止まったの、気付いてる?」
「え……そう言えば」
心中の恐怖心が消え去ったことに、自分でも気付いていなかったようだ。
「名前を聞いただけで、知らず知らずの内に心が安らぐなんて、蓮華ちゃんよっぽど天城君のことが『好き』なのね。本当、あなた達は初々しいわね」
「……え」
「っと、今度は結構多いわね。[ダークアロー]」
呟き、すかさず[ダークアロー]を射出させると、
『グ』
ブシュッ!!
先程と同じように、全て<クロプス>の頭部に命中した。
「ふぅ……まだまだ多いわね……広範囲魔法で一気にやっちゃおうかしら」
里奈の[豪・虎砲弾]やハル達によって<クロプス>の数は確実に減っているのだが、まだ相手は大群のままである。
(まぁ、会長の指示を持ちましょうか)
「そう言えば……蓮華ちゃん、あなたの魔術って……って、どうしたの?」
再び蓮華に目を移して、サティは初めて気付いた。
「…………」
蓮華が目を見開いて呆然としていることに。
「おーい、蓮華ちゃ~ん?」
サティが肩を揺さぶると、錆び付いた機械のような動きで蓮華の首が動いた。
「さ、さ、サティ先輩……わ、私、あ、天城さんのことが……す、す、好き、なんですか?」
「?? ……あ」
どもり過ぎて最初蓮華が何て言ったかわからなかったサティだが、頭でゆっくりと解読してようやく理解した。
「え……好きじゃないの? もしかして……私の早とちり?」
「え、いや、それは……え? え?」
混乱の極致に達する蓮華。
(天城さんのことが……好き?)
自分がハルに感じていたものが、里奈や兄の健吾に対する尊敬・親愛の情とは違うものだということには、彼女も気付いていた。だが、それが何のかはわからなかった。
(これが……好きってことなの?)
半信半疑だったが、≪恋慕≫という言葉が今の感情にしっくりくることを、蓮華は本能的に感じ取った。
「……ほわぁ」
間の抜けた声を出した蓮華の顔が未だかつてないほど赤く染まる。
(ど、ど……どうしよう)
改めてそう認識した蓮華に、今までとは格の違う心の乱れが生じ、それと共にハルへの愛しさが堪らなく溢れだした。
(こ、これが……恋、なんだ……何も……考えられなくなっちゃった……)
「…………?」
顔を真っ赤にし、頬に手を添えて俯いた蓮華にサティは首を傾げた。
今までの緊迫した雰囲気が嘘のような微笑ましい光景が、シエルの甲板にはあったのだった。