~幕間③~~
天楼学園の生徒会室。そこは桜楼の生徒会室の倍は大きく、無駄に豪華絢爛な部屋だった。桜楼が貧相なのではなく、天楼が無駄に豪奢なのだ。
そんな広い部屋にいるのは、たったの四人だけ。会議にも使う部屋なのでこの広さは無駄ではないが、四人で活動している時には広すぎる。
天楼の生徒会は六人だが、今日は二人が所用で欠席していた。
「ふぅ、終わった」
褐色の肌に短髪の少女はペンを置き、軽く身体を解した。見た目はボーイッシュだが均整のとれた身体つきをしており、ハルの担任の【真里奈】と近い健康的な美女である。
「ん~、ん? ……音、鈴を起こせ」
「ん……」
その褐色の少女の斜め前に座る、左だけ髪を留めた少女は頷き、手に持つペンを左隣に座る少女の頭に容赦なくぶっ刺した。
「っ!? いったぁ~~!! な、何するのよ、音!」
頭を刺された、右だけ髪を留めた少女は、自分の右隣りに座る左髪留め少女の襟を掴んでガクガクと前後に揺さぶった。
その二人の少女は全く瓜二つの容姿をしている。学園二年生とは思えない低身長も、声も一緒であり、片方が右、片方が左、に髪留めをしていなければ殆どの者は見分けることが出来ない。
「鈴、お前が悪いんだぞ」
褐色の女性が右髪留めの少女をジト目で睨む。
「何回も言ってるが、書類仕事の時に寝るな」
「う……ばれてた」
右髪留めの少女は顔を引き攣らせた。
「ノルマ果たさないと帰れないぞ」
「う~、わかってますよ~」
渋々ペンを持ち、書類に向かう右髪留めの少女。
「…………」
そんな少女を、左髪留めの少女は見守っている。
「音は終わったのか。相変わらず仕事が速いな」
「…………」
頷く左髪留めの少女。
この二人、見た目はそっくりだが、性格は全くの逆だった。片方は見た目のまま騒がしい少女で、もう片方は千以上に寡黙な少女。
(どういう環境で育ったら、双子がこんなに似なくなるんだ)
と、褐色の女性は常々思っていた。
「……終わった」
そこで、彼女等の、天楼生の頂点、天楼学園生徒会長の御柳千がペンを置いた。彼女は他の三人より遥かに多い書類を任されているのだが、いつも終わる時間はあまり変わらない。とんでもないスペックの持ち主なのだ。
「お疲れ、千」
「ん……疲れた」
褐色の女性に言葉を返しながら、千は首を左右に動かす。表情には表れないが、言葉通り大分疲れたようだ。
「…………」
そんな千に、いつの間にか席を離れていた左髪留めの少女がお茶を差し出した。
「ありがとう、音」
湯のみを受け取り、少女の頭を撫でる千。
「っ……」
少女は顔を綻ばせ、千にすり寄った。この少女がこんな事をするのは千だけである。
「あー! 音ずるい!」
それを見た右髪留めの少女も席を立とうとするが、仕事の終わっていない状態では千が甘えさせてくれないのを思い出し、座りなおして猛然と書類を片付け始めた。
(最初からやれよ)
右髪留めの少女にそんなことを思いながらも、褐色の少女の視線は千達に向いている。
「…………♪」
左髪留めの少女はさっきからずっと、年相応ではないが見た目相応に千に甘えている。
「? どうしたの?」
千は少女に尋ねた。いつもの少女なら惜しみながらもすぐに離れるのだが、今回は離れる気配がないからだ。
「寂しかったんだろ。最近のお前は仕事が終わったらすぐに帰っちまうから」
「そう……」
千は特にそれ以上何かを言うでもなく、少女の頭を撫でた。
(やっぱり……変わったな)
その姿を見ながら、褐色の女性は改めて思った。
(二週間とちょっと前ぐらいからか。こいつの表情が豊かになったのは)
まだ普通の人ほどではないが、長く一緒にいる褐色の女性や他の役員は千の変化に速い段階から気付いていた。
(何があったのかね)
それは、誰にもわからない。千が何も話さないからだ。
(まぁ、いい傾向だな。誰かさんは『覇気がない』って怒ってたが)
「ミリヤ」
「ん?」
褐色の女性は千から一枚の紙を受けとり、軽く流し読んだ
「へぇ、珍しいな。桜楼学園との共同依頼か」
「それ、行ってくれる?」
「もちろん。久しぶりにサティの奴と話せるしな……千は来れないのか?」
「うん。先生達と会議」
「そうか。なら、明日は一人暇そうなのを連れていく」
「ありがとう」
ついでにこの双子の遊び相手にでもなってあげよう、と千は考えていた。
だが、この時の判断を千は今日の夕食時に悔やむことになるのだった。
*****
そして、その日の夕食時。
「明日、世界機構の依頼を受けて東京の外に行くことにったんですよ」
そんな事をハルは言った。
「…………」
と同時に、千の動きが止まった。
「明日? ……もしかして、『ルクセール』の援護か?」
「あ、はい。それです。って、何で遊佐さんが?」
「その依頼を桜楼に任せたのは私だからだ」
桜楼などに来る依頼は一度騎士団を経由し、そこで学生で対処できる依頼かどうか吟味してから桜楼や他の学園に回される。
ちなみに、一日に騎士団に来る世界機構からの依頼は軽く百を超え、全てを騎士団が対処するのは不可能なので、効率を重視し学生を成長させるため、この様な形態になっている。
「しかし、あれは確か生徒会に頼んだはずだが?」
「実は、今日付けで俺も桜楼の生徒会役員になったんですよ」
「玲奈の指導を受けてるのに、か?」
「はい。神埼先生がそうしろ、って言ってくれて。もちろん、神埼先生はこれからも色々教えてくれるみたいです」
「へぇ……あの玲奈がねぇ」
意外だ、と呟くシンキ。彼女も里奈やハルと同じように、玲奈はどっちつかずを嫌う、と思っていたのだ。
「玲奈、徹底的にハル君を鍛え上げるつもりね……また、釘をさしておかないと」
ミキが恐い笑みを浮かべて言ったことは聞かなかったことにし、ハルは隣の千に顔を向けた。
「千さんは……って、どうしたんですか?」
千は箸を途中まで上げた状態で固まっている。ハルが話を始めた瞬間から、彼女の時は止まっていた。
「せ、千さん?」
目の前で手を上下に振って初めて、千は動きだした。
「……何?」
何事もなかったかのような無表情のまま、千が口を開いた。
「明日の依頼、天楼の生徒会と一緒らしいので、千さんも来るのか聞きたかったんですけど」
「行く」
「え?」
「私も、明日行く」
ハルに、というより、自分に言い聞かせるように、千は言う。
「でも、忙しいんじゃ?」
「前も言ったけど、そんな事ない」
実際は仕事が山積みで、明日は会議もある。だから、本当はハル達と一緒に依頼をこなす状況ではないのだが、
「そうですか……本当の事言うと、千さんと一緒に行けたらいいな、って思ってましたから、明日凄い楽しみになりました」
そんな事を照れながら言うハルを前にしては、仕事なんかはどうでもよくなってしまった。
「そう……私も、楽しみ」
自分はどうにかってしまった、とわかっていながらも、千は心中の喜びを隠しきれずにいた。
「言っておくが、遊びじゃないんだぞ。まぁ、千が行くなら万が一にも危険なことはないだろうが」
「そうね。千ちゃんが一緒なら、安心してハル君を任せられるわ。あっ、明日二人にお弁当作ってあげよっか?」
「ピクニックじゃないんですから」
ハルの呆れた声を聞きながら、明日なんて言い訳しよう、と千は考えていたのだった。
今回の物語で主人公の精神的な成長は一旦終わります。次からは段々とストーリーを進めることになると思います。
次回の更新が早くなるか遅くなるかわかりませんが、これからもこの物語を読んでもらえたら幸いです。