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~第38話~

「はぁ!」

 ハルは左手に持った魔力剣を左斜め上から下へと、振り抜く。その動きは今までのが嘘のように、軽い。

「ふっ」

 その一閃を、右に身体を逸らして避けた里奈が、右の拳をハルの左顔面に放とうとする。

 だが、その前に、

「っらぁ!」

 里奈の行動を予測していたハルが、背中を地面に向けるように半回転して、右手に持つ魔力剣を里奈の上から振り下ろした。

「ちっ」

 深追いはせずにその場から後ろに跳ぶ里奈。

 すかさずハルは、

(いっけ!)

 新たな魔力剣を三本作り、里奈に向けて射出させた。

「っ!」

 その攻撃に里奈は目を見開き、≪空歩速≫で上空に跳んで避けた。

「っ、と」

 ハルもその後を追うように、空に跳ぶ。

(魔力剣か……魔力の応用がここまで厄介だとはな)

 今まで魔力の応用を使う者と闘ったことなど、里奈は一度もない。教員にも魔力の応用を満足に使える者がいないのだ。

(あの切れ味は脅威だな、しかも)

 ハルは空中に跳び上がりながらまた新たな魔力剣を三本作り、自分の周囲に浮遊させている。

(あそこまで量産出来るとはな)

 里奈は魔力の応用が普及していない理由を、もちろん知っている。なので、ハルがこんなにも魔力剣を作れることですでに驚いている。それに加え、魔力の拡張をも成功させているのだ。

(確か、魔力の応用と拡張は成功するのに『三か月』はかかるって聞いたが)

 ハルが桜楼に入ってから二週間ちょっとしか経っていない。

(特入試験では使わなかったから、恐らく元々出来る能力ではなさそうだし……)

「デタラメな奴め」

「よく言われます、よ!」

 浮遊させていた魔力剣の一つを射出させるハル。集中して精製させたわけではないので、両手に持つ二刀の魔力剣より遥かに切れ味は劣るが、それでも木は斬り裂くので人の身体もバッサリいくだろう。

「っと」

 それを横に≪空歩速≫で跳んで避ける里奈。

 ハルも同じように跳び、二人の距離が狭まった。

「それでいて、氣の量も常人より多い……羨ましいな」

「その代わり、魔法の才能が一切ないですけどね!」

 ハルは両手に持つ魔力剣と浮遊させた魔力剣を操って同時に里奈を攻める。

 魔力の拡張下にある圧縮された魔力は自由に操ることが出来るので、上から下から、右から左から、と多方面から攻撃することが可能になる。ただ、その操る数が増えれば増えるほど、尋常ではない集中力が必要になる。

 今のハルが操れる限界は、両手に二本と浮遊させて二本の計四本。この数をたったの二週間足らずで操れるハルはやはり天才である。

 だが、それでも、

(全然、当たらない!)

 里奈に一撃も与えることはできないでいた。

「お前のように上手くはいかないか」

 ハルのあらゆる攻撃を≪空中≫で掠ることなく避ける里奈が、気落ちした様子で呟く。

 本人の言うように、里奈はハルの桜舞のようにあらゆる感覚を使って避けているのではなく、ただ一つ、経験の差、でハルの攻撃を予測して攻撃を避けているのだ。

(俺に剣の腕がないのも避けられる原因だろうけど……空中でここまでやるか)

 驚愕に値する運動能力である。

 里奈にとってハルの魔力剣そのものは脅威だが、避ければいいだけの話なのだ。

「さて、空中戦も飽きてきたな」

「っ!?」

 いとも簡単に高速で魔力剣を振るうハルの両手を掴んだ里奈は、ハルが浮遊させている二つの魔力剣を動かす前に、

「そらっ」


 ドムッ!!


「がっ!?」

 右脚の蹴りをハルの腹に叩き込み、

「地上戦に戻ろうじゃないか」

 その身体を地面に思いっきり投げつけた。

「ぐっ、あぁ!!」

 為す術もなく地面に叩きつけられたハルは、両手に持った魔力剣を手放してしまった。

「くっそ!」

 そして、痛みを堪えて起き上がるハルに里奈は、

「これは、避けられるか?」

 自然落下しながら力と氣を溜めた右腕を思いっきり振った。


[虎砲弾こほうだん]」


 その腕の速度と威力は空気を押し込み、衝撃波を発生させた。この、圧縮された衝撃の塊を生身で受けたらひとたまりもないだろう。

「くっ……そんなの」

 だが、ハルは自分目掛けて迫りくる衝撃波を、


「避けるまでもありませんよ!」


 避ける素振りも見せず、全ての氣と力を込めた右腕で真っ向から迎え撃った。

「っ!?」

「くっ! あぁーー!!」

 一瞬衝撃波が制止した後、ハルの右腕は振り切られ、衝撃波は霧散した。

「はぁ、はぁ……やろうと思えばやれるもんですね!」

 すかさず、地上に降り立った里奈に迫るハル。

(……その瞳)

 ハルの、綺麗で豪胆な瞳を目にした里奈の心に、ある変化が訪れた。

「はぁ!!」

 ハルは一気に近付いて右脚の蹴りを放った。

「…………」

 それを左に避けてハルの顔面に右拳のカウンターを仕掛ける里奈。

「っ!」

 その拳をハルもギリギリで避ける。

 その瞬間、二人の視線が交錯した。

 一方は威厳のある鋭い瞳、もう一方は未熟だが怖れを知らない強い瞳。

(……素晴らしい)

 ハルの瞳を間近で見た里奈は、先程ハルが里奈の瞳を見た時と同じような感想を抱いた。

(たったあれだけで、ここまで変わるものなのか……才能に、自信に溢れている)

 二人の視線が交錯したのは本当に一瞬だが、その間に里奈はハルの瞳に心を奪われてしまった。

(神埼先生、あなたの動きを真似させてもらいます!)

 ハルは自分の右腕で里奈の右腕を挟んで動きを制限させ、

「う、りゃぁーー!」

 身体を半回転させて左の肘を里奈の腹に打ち込んだ。

「ぐっ!」

 直後、右腕を離し、

「吹っ、飛べーー!!」

 もう一度半回転して、右脚を里奈の左のわき腹へと振り抜いた。

「っ!」

 その攻撃をモロに受けた里奈の身体が吹き飛ぶ。

(でも……駄目だ)

 壁をぶち破って建物の中に飛ばされた里奈は、

(お前の才能は私の『本能』を沸き立たせる……お前を)

 いつしか生徒会室でみせた凶暴な笑みを浮かべた。


(殺してしまう)


「ふぅ……」

 ハルは一度息を吐き、里奈を吹き飛ばした建物に目を向ける。

(今のでやれた……なんて甘い事態にはならないよな)

 その推測は正しく、

「…………」

 それからすぐに、里奈は姿を現した。

「ん……っ!?」

 里奈の姿を目にしたハルは、彼女から発せられる雰囲気が今までと違うことにすぐに気付いた。

(これ、は……)

 獣のような雰囲気を醸し出す里奈の、薄く笑う唇から覗く犬歯は、どういう訳か長く鋭く尖り、その目は獲物を前にした時の獣のように鋭く細められ、長い髪の毛と獣耳も逆立っている。

 ハルはそんな里奈に恐怖と、場違いだと思いながらも≪懐かしさ≫を感じていた。

(ミキさん……竜の皆と、同じだ)

 彼女のその雰囲気は戦闘時の竜と酷似していたのだ。

(獣人の闘争本能に火を付けちゃったのか……ヤバイなぁ)

 だが、時が経つほど重くハルに圧し掛かる<レイグレス>戦以来の≪死≫のプレッシャーは、懐かしさなんてものとは無縁だった。

(多分……次に勝負をつけないと、この闘いは止められる)

 このイベントをどこかで見守っている教員が介入しない、ということは、まだ許容範囲内なのだろうが、これ以上事態が悪化すれば確実に止められる。

「そんな中途半端な結果……俺も会長も望んでませんよね」

 言いながら、輝く魔力剣を右手に一本だけ精製し、

「決着をつけましょう……風谷会長!」

 全速で里奈に向かって駈け出した。

(もう、余計なことを考える必要はない……次の一振りで最後だ!)

「ふん……」

 そんなハルを一瞥した里奈が右拳を強く握ると、凄まじい量の氣が瞬時に蓄えられた。この氣から繰り出される攻撃は、とても真正面から受け止めきれるものではないだろう。

 だが、それでもハルは臆することなく里奈を見据え、魔力剣を構えた。

(死線を乗り越え、人を、自分を斬る覚悟もした! 次の一歩を踏み出すために……この攻撃から目を逸らすわけにはいかない!)

 二人の距離は一瞬で縮まり、

「はぁーー!!」

「おぉーー!!」

 お互いの拳と剣が交錯した。

 はずなのだが、その後に訪れたのはまるで二人の気迫が嘘だったかのような、奇妙なまでの静寂だった。

「ふぅ、あやうく殺される所だったな」

 そんな中、特に変わった様子もなく呟く里奈。その首元には魔力剣が突き付けられている。

「それは……こっちの台詞ですよ」

 苦笑の混じった声で呟くハル。こちらも、顔面に当たる直前で拳が寸止めされていた。

「ふむ……引き分け、だな」

「かなり譲歩してもらったら……そうなりますね」

 やはり苦笑気味にハルは言った。

 最後の形だけ見れば確かに引き分けだが、内容としてはハルの完敗であるからだ。

「私相手にここまでやったんだ。これ以上を望まれたら、私の立つ瀬がない」

「そう……です…かね」

「おっと」

 力なく倒れ込もうとしたハルを里奈が抱き止める。

「す、すみません。緊張が解けたら……力が……」

「気にするな……私が言うのも変だが……よく頑張ったな」

 里奈はハルの背中を優しく叩いた。

 こうして、ハルに大きな成長を促した≪グループ試験≫はあっけなく幕を閉じた。

 

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