~第37話~
「ぐあっ!」
ハルと里奈が闘っている場所付近のビルの屋上で、五月は二年の先輩を峰打ちで気絶させた。
「まったく、これから面白くなりそうだと言うのに、邪魔をするな」
五月がこの二年生を倒した理由は、ハルと里奈の闘いに横やりを刺そうとしていたから、である。
「さて……」
五月は屋上の端へと歩き、眼下へと目を向ける。そこでは、ハルと五月が相対している。
「これからどうなるか……見物ですね、師匠」
そう呟く五月の背後には、十数人ほどの参加者が倒れていた。
*****
(まずは……時間をくれてやるか)
そう考えた里奈が目を付けたのは、等間隔で立ち並ぶ街灯だった。
(私がサービスしてやるんだ……少しぐらい痛い思いをしてもらうぞ、天城)
「っ……?」
歩きだした里奈に警戒するハルだが、里奈はハルには目もくれずに、近くの街灯に向かっていた。
(何だ……?)
ハルが首を傾げていると、
「よっと」
里奈はその街灯を片手で根本からもぎ取った。まるで、地中に埋まる野菜を引っこ抜くかのように。
(ま……またかよ)
里奈の突飛な破壊行動にいよいよ混乱し始めるハル。
一方の里奈は、
「お……中々いいな」
そのもぎ取った全長十メートルはある街灯を右に左に、ヒュンヒュン、と綺麗に振りまわしていた。
(……武器にするのか?)
「……よし」
やがて、里奈はそれを片手に持ってハルに顔を向け、
「行くぞ、天城」
一気に距離を詰めた。
(やっぱり武器か!)
ハルは手の震えを何とか鎮め、里奈の動きに神経を集中させた
「そら」
長い街灯を武器にした里奈のリーチは広く、ハルの攻撃が届かない場所から縦横無尽に攻撃を繰り出している。
だが、
(厄介……では、ない)
「[桜舞]」
ハルはその暴風のような攻撃を焦ることもなく確実に避けていく。避けるだけなら、身体に何の違和感も感じないのだ。
「それか……成程、確かに攻撃が当たらない」
そう言う里奈だが、この攻撃を止める気配はない。
(……考えが読めない)
この街灯を武器にした理由も、その攻撃が避けられているにも関わらず止めない理由も、わからない。
(楽しんでるのか……馬鹿にされてるのかもな)
だが、今の自分は馬鹿にされても仕方ない、とハル自身も思っている。
(でも、いつまでも遊んでたら……)
「痛い目見ますよ!」
ハルは[桜舞]で攻撃を避けながら、瞬時に距離を詰めていく。
「ほお、そんな事も出来るのか」
感心し、里奈が距離をとるために動こうとした瞬間、
「っ!?」
街灯が、里奈の持っている箇所以外、全てバラバラに刻まれた
ハルは攻撃を紙一重で避ける度に、街灯を両断していったのだ。その際の斬る動きは必要なく、ただ街灯の通り道に魔力剣を構えておくだけで、あとは勝手に街灯のほうから斬れていく。そして、里奈が動こうとしてその攻撃のスピードを緩めた瞬間、一気にバラけたのだ。
(もらった!)
里奈の懐近くまで移動したハルが剣を振るう。しかし、やはりいきなり腕が動かなくなってしまった。
(このっ! いい加減に!)
「腕が動かないんだろう?」
「え……っ!?」
思わず声を漏らして顔を上げたハルは、全身の血の気が引くのを肌で感じた。
「それは、お前の『覚悟』が足りないんだ」
(やばい! あの『左』はヤバイ!)
本能で感じ取った。
「この一撃で、教えてやる」
里奈の振りかぶっている左拳。それが直撃したらただでは済まないことを、ハルは本能で感じ取ったのだ。
(か……カウンター!)
咄嗟に思い浮かべ、ハルは右手を動かそうとするが、動かない。
(こんな……時まで!)
「お前が克服しなきゃいけない『覚悟』を」
「あ……」
その一撃が放たれる前にハルが見たのは、里奈の真っすぐな、迷いのない、『覚悟』を決めている瞳だ。
「[虎砲]」
直後、里奈の容赦ない左ストレートが炸裂した。
「がっ!!」
ハルに直撃した瞬間、その速さと威力で辺りに衝撃波が撒き散らされた。
「っ!!!」
ハルは痛みやらを感じる前に、おおよそ二百メートルほど離れた場所に建つ大きなビルの一階に、ノーバウンドで突っ込んだ。
「あー……」
(ちょっと……やりすぎたかな)
今度こそ死んでもおかしくないかもしれない。
(それは……面倒なことになるな~)
苦笑して頬をかくが、
「…………」
何も起きない。
(……おかしいな)
このイベントでは常に小型のカメラが里奈とハルを追っているので、そんな事態になったらどこかにいる教員が駆けつけるはずである。
(死んでなくても、イベント終了の連絡が入るはずなんだけどな……)
だが、いくら待ってもそんな連絡もない。
そうならない理由は一つだけ、致命傷ですらない、のだ。
(まさか……あいつ、私の[虎砲]を食らって意識も失ってないのか……)
心底驚愕する里奈。利き腕ではない、とは言え、完全に本気の一発だったからだ。
(はは、本当に驚かしてくれる……一応、様子みるか)
里奈はハルの吹き飛ばされたビルに向かって歩き始めた。
一方のハルは、
「が……はっ」
瓦礫に埋もれ、血を吐き出しながらも意識は失っていない状態だった。里奈も、ハル自身すら気付いていないが、ハルは当たる直前、衝撃の逃げる方向に無意識に跳んでいたのだ。
それでも、致命傷の一歩手前。もう少し跳ぶタイミングが遅かったら、里奈の勝利で幕が閉じていただろう。
(よく……内臓無事だったな)
血を吐き出してはいるが、内臓破裂、とまではいかなかった。
(玲奈さんといい、生徒会長といい……本当に容赦しないな)
「…………」
仰向けに倒れているハルの目には、薄汚れた建物の天井が映っている。だが、その網膜には先程の里奈の瞳が焼きついていた。
(……格好よかったな)
子供じみた感想だが、そうとしか思えなかった。
迷いのない綺麗な、何者にも捉われない瞳。
(あれが……『覚悟』を決めた人の目か……)
先程の[虎砲]を食らい、里奈の瞳を間近で見たハルは、どうして自分が人を斬れないのか、ようやくわかった。
「馬鹿だな……俺」
左手で顔を覆うハル。
人を斬る覚悟、それはすなわち、自分も斬られる覚悟を決める、ということだ。<レイグレス>のように存在が不確かなもの相手にその覚悟はあまり必要ない。相手と自分の立場が違いすぎるからだ。
しかし、人と闘う場合は違う。相手と自分は根本が同じ存在であり、相手に起こりうることは、自分にも起こる。剣、という明確な武器を人に向けたことによって、無意識の内にハルはそれを理解したのだろう。
(結局……俺は自分が斬られるのを恐がっていた、臆病者、ってわけだ)
そんなハルの弱い心、子供のような臆病な心が、彼の動きを鈍くしていたのだ。
(はぁ……五月さんも、生徒会長も、格好いいわけだ……)
自分と相手の存在を全て請け負うプレッシャーが圧し掛かっているにも関わらず、あんなにも堂々としている。彼女達は恐らく、自分が死ぬことすら覚悟しているのだろう。
(俺も……あんな風になりたい)
ハルは堅く、堅く、拳を握った。
(<レイグレス>との闘いで死の恐怖を学んで、スタートラインに立った……今回でその最初の一歩を踏み出す)
ハルは両拳の力を抜き、ゆっくりと目を閉じ、ほほ笑んだ。
*****
「……ん?」
里奈が、ハルの吹き飛ばされたビル三十メートル付近まで近付いた時、中からボロボロのハルが出て来た。両手に≪二本≫の魔力剣を持って。
「……いい顔になったな」
そのボロボロのハルを見て、里奈は口の端を上げて尖った犬歯をみせながら呟いた。
見た目はボロボロのハルだが、その顔つきはまるで別人だ。
「ありがとうございます、風谷会長。俺に時間をくださったんですね。本当に……神埼先生とあなたには頭が上がりません」
「何のことかわからないが……もういいのか?」
「はい……≪覚悟≫は、出来ましたから」
満面の笑みで答えるハル。
「そうか……ふふ」
里奈は釣られてほほ笑み、このイベントで初めて構えをとって、言った。
「なら、あと少し、付き合ってもらおうか?」
ハルも二刀の魔力剣を構えて、言う。
「望むところです」
こうして、二人の一切遠慮なしの勝負が始まった。