~第34話~
遡ること、二週間近く前。
ハルが<レイグレス>と闘った時の傷も癒えておらず、まだグループに関しての噂が流れていない、穏やかな午後。
玲奈とハルはいつぞやの大部屋にいた。
「武器職人が一生を費やして完成させた名刀。それを魔力剣で両断出来ると思うか?」
唐突に玲奈がこんな問題をハルに投げ掛けた。
「え……どうでしょう……多分、出来ないと思います」
「そう、出来ないんだ。その刀の素材が普通の鉄だとしても、魔力剣でその刀は斬れない。どれだけ魔力を圧縮させた魔力剣でも、だ。なら、何故斬れないのか、わかるか?」
「? ……いえ」
「『心』が籠ってるからだ」
「『心』……?」
「『魂』と言ってもいい。名刀や名剣と言われているものには、必ずその作り手の魂が宿っている。魔力剣は、魔力を圧縮しただけ、どんな堅い物も斬ることが出来るが、魂は絶対に斬れない」
刀や剣、その他の武器を職人が鍛える時に、彼等は文字通り『心血』を注いでいる。そんな職人の魂が練り込まれた武器を、ただ魔力を圧縮した、だけ、の魔力剣が斬れるわけないのだ。
逆に言えば、大量生産を目的として作られた武器やレプリカなんかは、魂なんて籠っていないただの素材の塊なので、魔力剣でも両断出来る。
「それと、使う武器が何の名もない刀や剣だとしても、それを何年、何十年も使い続ければ、魔力剣に両断されることはなくなる。何故だかわかるよな?」
「……その使用者の魂が宿るから?」
「そうだ。その武器に職人の魂が宿っていなくとも、使用者が武器を一振りする度に魂が宿り、やがて名刀と遜色ない武器になる。一球入魂、一刀入魂、とはよく言ったものだな。ただ、刀や剣を『道具』としか思っていない奴の武器に魂は宿らない。……一つの指標として覚えておけ。お前の魔力剣でも斬れない武器は、紛れもない『本物』だ、ってな」
*****
(やっぱり……本物だったな)
ハルの魔力剣と迫り合っている五月の刀が両断される気配はない。名のある名刀か、彼女の魂が宿っているのだろう。
(まぁ、この人は自分の武器を雑に扱うことはないだろうし……当然か)
「ふっ!」
「っと」
五月の軽い牽制の蹴りをハルが避けると、二人の間に再び距離が空いた。
「やはり左手が使えない分、力勝負では勝てないか」
五月の言う通り、彼女の左手はブランと垂れ下がっていた。見た目にはどの程度の怪我かわからないが、刀が握れないのは確かなようだ。
「それでも、やるんですか?」
「もちろん」
即答する五月に、ハルは内心ため息を吐いた。
(厄介なことになった)
五月はとことんやるつもりである。それは、さっさとこの闘いを終わらせたいハルにとっては、よろしくない。
(左腕が使えないくらいじゃへこたれないか……意外に熱い人だな)
苦笑し、剣を構えるハル。
「楽しもうじゃないか」
それを見た五月も、片手で刀を構えた。追い込まれているにも関わらず、その雰囲気にはどこかゆとりがある。
(その余裕の笑みを崩してやる……とりあえず、攻める!)
「はぁ!」
ハル五月の左手側に回り込んで剣を振るった。
左手側に移動した理由は、もちろん五月が左手を使えないから。遠慮なんかしていられる状況ではない。
「甘い」
そんなハルの攻撃を、身体の向きを変えて正面で防御する五月。力勝負で勝てないことはわかっているので、弾くようにハルの攻撃を防ぐことも忘れない。
「ちっ!」
舌打ちをしながらも、ハルは再度五月の左手側に回り込んだ。
「ふふ♪」
余裕の笑顔をみせる五月も、先程と同じようにハルの攻撃を防ぐ。
自然と、二人は高速で横に移動しながら刃を交える形になった。
ちなみに、刀と剣がぶつかり合った時に発せられる、キィン、という甲高い音は一切鳴っていない。あれは、鉄と鉄が打ち合う時に鳴るものなので、魔力の塊である魔力剣と刀がぶつかり合っても鳴らないのだ。
聞こえるのは、二人が移動する音と空気を斬る音だけ。なので、二人が激しい剣戟を繰り返しているのにも関わらず、辺りは異様に静まりかえっている。
「その剣がどんなものかわからないが……音の鳴らない剣戟の応酬、というのも風情があるな」
「くっ! 静かすぎる気もしますけど、ねっ!」
慣れていない剣を振りながら、なんとか軽口を返すハル。可能な限り攻めるているのだが、五月をこれ以上追い込むことが出来ずにいた。
(くそ! 自分の弱さが露見されてるみたいで嫌になる!)
それどころか、この状況で切迫し始めたのは圧倒的有利なはずのハル自身だった。
闘いに関しては素人に毛が生えた程度のハルに対し、五月は色々な事情から少なくともハルの十倍は経験を積んでいる。なので、ハルと五月では総合的な強さに圧倒的な差がある。五月が片腕を使えなくなって初めて、二人は対等と闘えるようになったのだ。
今までハルが五月と渡り合えたのは、その柔軟な思考と天才的なバトルセンスがあったからである。ハルが努力しているのと同じくらい、五月も努力しているのだから、いくら天才的な才能があろうと、今のハルが真正面から五月とやり合って勝てるはずがないのだ。
だが、今は二人の実力は対等であり、ハルがそろそろ五月を追い込めても不思議ではない。
ハルがそうは出来ない要因が他にあったのだ。
(腕が……重い)
ハルは自分の腕が思い通り動かないことに、ついさっき気付いた。
痛みや疲れで鈍くなっているわけではなく、その理由も何となくわかっていた。
(……何で)
しかし、何故≪身体が剣を振ることを拒否しているのか≫、ハルには全くわからなかったのだ。
と、そこで、横に移動している最中、二人は一瞬だけ街灯を挟んだ。
「「っ!!」」
その街灯は大きさも形も普通で、二人の視界が暗くなったのは本当に一瞬だった。コンマ一秒にも満たないかもしれない。
だが、その一瞬で二人の攻撃がリセットされたのは間違いなかった。
そして、二人はこう考えた。
((次の一撃を確実に当てる!!))
その一瞬後、再び二人は視界に相手を捉え、
「はぁーー!」
「らぁーー!」
五月は右手に持った刀を上から、ハルは下から、それぞれ振り抜くと、
ブシュッ!!
と、二人の左肩から血が噴出した。
「ちっ!」
五月は舌打ちして後ろに跳び、
「…………」
その場に留まったハルは呆然と右手に持った、五月の血がついた魔力剣を見つめていた。
「いつかと同じ痛み分けだな……その剣が地面を音もなく斬り裂くとは思いもしなかった」
魔力や魔法について疎い五月にとって、ハルの魔力剣の切れ味のよさは想定外だった。
「…………」
だが、ハルは何も言葉を返さない。それどころか、血の流れ出る左肩を気にしている様子もない。
(何だ……今の)
ハルが五月を斬る時に感じたものは≪恐怖≫だった。<レイグレス>と敵対した時に経験したものとはまた違う、≪恐怖≫。
(何を恐がってんだ……俺)
わけがわからない、それが今のハルの心境の大半を占めている。
「どうした、天城。もうギブアップか?」
「っ……ま、まさか、まだまだこれからですよ」
答えるハルは、動揺を隠し切れていない。
「?」
ハルの態度に違和感を感じながらも、五月は刀を構え直した。
「く……」
ハルも同じように構えるが、どう考えても今の心理状態で五月と闘うことなど到底出来ない。
(どうしちまったんだよ、俺……)
思わず歯を噛み締めるハル。
「行くぞ」
そう言い、五月がハルに迫った。
「く……っそ!」
それでも、ハルは≪覚悟≫を決めることが出来なかった。
(……かく……ご……?)
と、ハルの中にその言葉が思い浮かんだ瞬間、
「[豪炎球]!!」
炎の球が二人の間に落ちてきた。
「「っ!?」」
五月は思わず脚を止め、ハルは反射的にその場から飛び退いた。
その炎の球はそれなりの威力で、爆発した後、地面にクレーターを作った。
「ちっ! 次は外さないぜ!」
と、叫ぶのは、近くのビルの三階から顔と手だけを出している二年の魔法使いだった。
「おい! 邪魔するな!」
五月にとっては闘いの邪魔をした空気の読めない先輩だが、
(チャンス!)
ハルにしてみればこの状況を打開してくれた救世主である。
「そんな魔法には当たりませんよ!」
頭の中のゴチャゴチャを一旦取り除き、ハルはその先輩を大声で挑発し、わざとゆっくり移動し始めた。
「この、一年の分際で!」
貶された二年は当然怒り、ハルに向けて[豪炎球]を連続して発動させた。なまじ、ハルの動きが遅いだけに、精度より数を優先させたのだ。
「待て、天城!」
五月がハルを追うが、連発される炎の球に阻まれて中々距離を縮めることが出来ない。
「くそ! おい、止めろ!」
二年に向けて叫ぶが、もちろん止めるわけもない。
その内、この衝撃音を聞き付けて、他の参加者達もこの場に集まり始め、遂に辺りは騒然とし始めた。これでは、気配を消すのが上手いハルを追うのは難しい。
「……くそ」
最後にそう呟いた五月はハルを追うのを諦め、近くの建物の壁に背をつけて腰を降ろした。
(また……決着を付けられなかった……あの臆病者め……)
心中では悪態をつくが、逃げたハルへの怒りは不思議と少ない。その理由としては、ハルが最後見せた表情にあるのだろう。
(戸惑い……哀しみ……恐怖……色んなのが混ざってたな)
まるで、赤子のようであった。
そんな表情を見せられては、五月も怒ることが出来ない。
(何であいつがあんなに感情を揺らしたのかわからないが……今回だけだぞ)
「次こそ決着をつけようか……師匠」
五月のその呟きは、参加者達の喧騒の中に消えていった。