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~第27話~

「成程なぁ、だから天城はそんな包帯巻いてるのか」

 目のやり場に困るラフな格好をしたシンキが、おかずを口に運びながら頷いた。

 雲月荘での夕食時。ハルは今日あったことを同居人に話していた。

 今日は≪騎士団≫務めのシンキと遊佐も早めに帰宅しているため、五人が居間のテーブルを囲んでいる。

「玲奈……あれほどハル君に無茶させるなって言ったのに」

「ミキ、落ちつけ」

 手に持った箸をバキィと折ってしまいそうなミキを、遊佐が宥める。

「怪我、大丈夫?」

 ハルの隣に座っている千が、目線をハルの足に向けながら尋ねた。

「はい。桜楼の保健医さんの腕が凄いいいのでもう痛みはありません。ただ、完治するまで時間はかかるそうですけど」

「そう……無理、しないで」

 千の表情にほんの少し憂いの色が見えた。

「……善処します」

 はっきり、はい、と言えないのは、これから玲奈の指導がさらに厳しくなりそうだからだった。

(皆に心配かけないように早く強くならないとな)

「ところで、どんな魔物と闘ったんだ?」

「神埼先生は<レイグレス>って言ってました。堅い皮膚で意外に動きが素早い」

「<レイグレス>!? それをお前一人で!?」

「は、はい」

 予想以上に驚愕するシンキに、ハルはそれ以上に驚いてしまった。

 ふと周りを見ると、他の同居人も一様に驚いていた。

「<レイグレス>を、ハル君一人で……」

 ミキに至っては虚ろな目でそう呟き、


 バキィ!


 と、ついに箸を折ってしまった。

「……新しいお箸持ってくる」

 ミキは低い声で言いながら音もなく立ち、居間を出た。

(こ……恐っ! あ、あんなミキさん初めて見た!)

 烈火のように怒っているわけではないが、それが逆に恐かった。

「まぁ、ミキがああなるのも無理はない」

 遊佐はそう言いながらミキの折った箸の後始末をしている。

「だな。まだ学園に入りたての天城と<レイグレス>をやらせたんだし……恐るべきは玲奈のスパルタ指導か」

「ハルが死ななくてよかった」 

「は、はあ」

(そ、そんなにやばい魔物だったんだ……確かに強かったしな)

 魔力の応用をハルが覚えていなかったら、勝てる可能性は皆無だった。

「でも、<レイグレス>をどうやって倒したんだ? あいつの皮膚、生半可な攻撃じゃ傷一つつけられないだろ?」

「はい。俺の全力の攻撃も全く効きませんでした」

「じゃあ、どうして?」

 千が軽く首を傾げる。

「昨日神埼先生に教えてもらった魔力の応用でなんとかなりました。あれがなかったら、絶対に勝てませんでしたね」


「「「っ!?」」」


 軽い調子で言ったハルの言葉に、三人は表情にこそ表わさなかったが、驚愕していた。

(魔力の応用で<レイグレス>を……まさか……)

「天城」

「なんですか、暮月さん?」

「その魔力の応用、私達に見せてくれないか?」

「? 別に、構いませんけど……」

 遊佐の真剣な眼差しにハルが若干気後れしていると、

「ふぅ。玲奈の携帯に呪いの言葉を吹き込んだらら少し気が楽になった」

 なんて言いながら、雰囲気の柔らかくなったミキが居間にやってきた。

「ミキ。悪いが、大根を一つ持ってきてくれないか?」

「? 何で?」

「頼む」

「??」

 こちらも遊佐の真剣な頼みに首を傾げながら、台所に向かい、すぐに戻ってきた。

「これでいいの?」

「ああ。ありがとう」

 遊佐はミキから大根を受け取ると、横に持って前に突き出した。

「天城、これを魔力の応用……圧縮した魔力で斬ってみてくれ」

「でも、時間かかりますよ?」

「構わない。今のお前に出来る最高のを精製してくれ」

「わ、わかりました」

(ど、どうしたんだ、皆)

 遊佐だけでなく、千もシンキも真剣な眼つきをしていることに戸惑いながらハルは立ち上がり、目を閉じた。

(……何となく手を抜くのは駄目な気がする……集中しよう)

 ハルが右手を前に出すと、その手に<レイグレス>の時と同じか、それ以上の輝きを放つオーラの塊が現れた。

「これって……」

 驚いたようなミキの声も、ハルの耳には入ってこなかった。

(段々と、身体が魔力の応用を理解し始めたのか……嘘みたいにスムーズに出来る)

 死と隣り合わせの状況を経験したことも、ハルのレベルを格段に上げた要因の一つだろう。

「……出来ました」

 それから十秒も経たない内に、ハルは輝く魔力剣を精製した。

「……やってくれ」

 遊佐は更に目を細めて手に持った大根を差し出した。

「じゃ、じゃあ、いきますよ」

「ああ」

 ハルは若干戸惑いながらも魔力剣を構え、

「ふっ!」

 上から下へ、一息に振り抜いた。

 ハルの魔力剣は大根を真っ二つに両断し、片方が、ゴト、と床に落ちる。

「ふむ……」

 遊佐は手に残った大根の切り口をなぞった。

 一方のハルは奇妙な感覚に戸惑っていた。

(何だ、今の……空気が邪魔した?)

 レイグレスの尻尾でさえ簡単に斬り裂いた魔力剣が、大根を斬る前に≪何か≫の抵抗を受けていたのだ。

 結果として大根は斬れたが、下手をしたら途中でその≪何か≫に阻まれて斬れなかったかもしれなかった。

(俺の勘違いじゃないとしたら……どんだけ堅いんだよ)

 ≪何か≫は、少なくとも<レイグレス>の皮膚より強固ということになる。

「どうした、天城?」

「い、いえ……あの、これってなんの意味が?」

「ちょっとした実験だ」

「実験? 何の」

 実験ですか、という言葉は、

「ハルく~ん♪」

「うわっ! ミ、ミキさん!?」

 ハルの背中に抱きついたミキによって遮られた。

「凄いよ、ハル君! いつの間にこんなことが出来るようになったの!?」

「こ、こんなことって、大根斬っただけじゃないですか」

「私達が護らなくてもいいほどハル君が成長するのは寂しいけど……それ以上に嬉しい!」

 そう言って、ミキはより力を籠めてハルに抱きついた。

「あーもー! 離れて下さいよ!」

「やーだー♪」

 こうしてミキと戯れている間に、今の≪実験≫のことはうやむやになっていたのだった。


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