~第25話~
『ガァーー!!』
<レイグレス>が尻尾を振りまわす度に、木々がなぎ倒される。
「っ、とっ」
空から落ちてくる巨木の破片と尻尾を何とか避けるハル。
(しかし、状況は悪くなったな)
避けながら、頭をフル回転させている。
(警戒してるから左目を狙うのは不可能だし。あと、口の中も弱点かと思ったけど……流石にあそこ跳び込む勇気はない)
打つ手なし、という状況だ。
(結構本気でマズイな……)
『グ、オォーー!!』
「? っ!?」
<レイグレス>の尻尾攻撃が止んだ、と思った瞬間、相手は素早い動きでハルとの距離を詰めた。
「ちっ!」
舌打ちをし、バックステップで木々の間を縫うようにして<レイグレス>との距離をとるハル。
だが、<レイグレス>は執拗にハルを追った。
(くそっ! こいつ意外に冷静だ!)
相手が自分に攻撃出来ないと気付き、自らの身体を壁のように動かしてハルの動きを制限しているのだ。
(いやらしい手を使ってくるな)
なんてハルが苦笑出来ていたのも、その時までだった。
『オォーー!!』
<レイグレス>はハルが着地する寸前、自分の全体重を載せた右脚を、勢いよく地面に叩きつけた。
周囲の地面が大きく揺れ動く。
「っ!」
それによって、着地した時の衝撃吸収が上手く出来なくなり、ハルは身体をよろけさせた。
『グガァーー!!』
間を置かずに、<レイグレス>は自らの尻尾を動かした。
(来るかっ!)
ハルは懸命にバランスをとりながら次の攻撃に備えた。
しかし、<レイグレス>の尻尾攻撃はハルには当たらず、その周囲の地面を大きく抉っただけに終わった。
その結果、
「くっ! 目がっ!」
舞い上げられた大量の砂と土がハルを襲った。
(目くらましか! こいつ、狙ってやったな!)
相手の攻撃に意識を集中させ、目を見開いていたことが、仇となったのだ。
目を瞑ってしまったハルは、とにかくこの場から離れようと、大きくバックステップした。
そして、この行動も結果として後手に回ってしまった。
「あ」
ドン、という音が聞こえ、背中に痛みが発せられた瞬間、ハルは理解した。
背中から思いっきり巨木にぶつかってしまった、という事を。
(やっ、ば!)
焦りすぎて、背後に巨木があることを確認せずにバックステップしてしまったのだ。
この時、すでにハルは目を開けることが出来ていたが、それでもピンチには変わりなかった。
『グオォーー!!』
<レイグレス>がこの機を逃すはずもなく、すでに巨大な右脚でハルを踏みつぶそうとしていたのだ。
「っ、そ!」
避ける暇もないので、ハルはありったけの氣を両手足に溜め、
「はあぁーー!」
真っ向から、<レイグレス>の脚を受け止めた。
ズンッ!!
という音とともに、ハルの両足が地面に深くめり込んだ。それでも、なんとか潰されずには済んでいる。
「く……っそ」
だが、ハルの全身にかかっている重力は計り知れない。
一瞬でも気を抜けば、すぐにペシャンコにされてしまうだろう。
『グガァーー!!』
そして、最悪な状況は連鎖するものであった。
「ぐ、ぐ……っ!?」
ハルは自分の右手側から最悪なものが来ていることに気付いた。
<レイグレス>の尻尾だ。
(おいおい! マジかよっ!)
隙だらけの土手っ腹をフルスイングで叩こうという魂胆だろう。
踏みつぶされるよりいいが、今のハルがこの攻撃を食らったら間違いなく全身の骨という骨が粉々にされる。それでは、死ぬこととなんら変わりない。
「ちっ!……一か、八かだぁ!」
ハルは意を決して、尻尾が自分に当たる直前に右脚でそれを正面から防いだ。
こちらも鈍い音が響いたが、なんとか尻尾が直撃することは免れた。
だが、事態はより深刻になっていた。
「これ、は……もう、ヤバイ」
右脚を尻尾の防御に使ったため、左脚一本で身体にかかる全ての重力に耐えているのだ。
いつ潰されてもおかしくない。と言うより、今の状況で潰されていないことが殆ど奇跡に近い。
(でも、あと三秒ももたな……あれは)
ギリギリの死線をさまよっている中、ハルは視界の端の木に目をつけた。
その木は途中からおかしな方向に幹を伸ばしているのだ。恐らく、太陽の光をより浴びるために成長の過程でそうなったのだろう。
(……やるしか、ない!)
藁をも掴む心境だった。成功する確証はないが、やらないよりましだ、と思ったのだ。
ハルはすぐに魔力の応用を使って一本の魔力剣を作り、同時に拡張を行って、魔力のフィールドも作った。
全く集中していないし、この様な状況なので、おそらくこの魔力剣はそこらのナマクラより切れ味は劣る。だが、それでも勢いよく射出すれば、それなりの威力は発揮するだろう。
「いっ、けぇ!」
ハルは作った魔力剣を即座に射出させた。狙いは、先程のおかしな成長をした木の幹。
魔力剣は一秒も経たずにその木に直撃し、なんとか幹を両断することに成功した。
その結果、木は重力に従って落下する。真っすぐ上を向いて成長していないため、どこに落下するかは、一目瞭然だった。
その落下先には、今にもハルを押しつぶさんとする<レイグレス>がいるのだ。
『グ、グオォ!』
その木が落ちた衝撃なんぞ、巨体で堅い皮膚をもつ<レイグレス>にしてみればなんてことはなかっただろう。人も、集中している時に背後から木の枝が落ちてきても死ぬことや怪我をすることは絶対にない。
だがその事によって、本当に一瞬だけ気が削がれるのは人も魔物も同じだった。
「よしっ!」
<レイグレス>の脚と尻尾の力が弱まった瞬間、ハルは全ての氣を脚に集中させ、その場を一瞬で離れた。
その数瞬後、<レイグレス>の脚が地面に大きな凹みを作った。
(多分、チャンスは今しか、ない!)
<レイグレス>は今も背中に当たった木を鬱陶しがっているため、ハルにあまり注意を向けていなかった。
ハルはそのまま空中で脚に氣を溜めようとした。
(っ!? いった!)
しかし、ハルの左脚の筋肉がズタズタに切れていたため、信じられない激痛が走った。
あれだけの重みを数秒間片足だけで耐えしのいだのだから、当たり前である。
(……構うもんか!)
左脚に流れる激痛に歯を食いしばり、氣を溜めることを続けるハル。
「く、らえぇー!」
溜めに溜めたな氣を爆発させ、<レイグレス>に空歩速で迫った。
狙いは、<レイグレス>の横っ腹。
前のような膝蹴りではなく、全身を使った体当たりだ。
『グ、ガァーー!!』
木に気を取られていた<レイグレス>は、その攻撃をモロに受けた。
いくら体重が重く、身体が巨大でも、ハルの全身全霊のタックルを受けては、流石の<レイグレス>も倒れざるを得なかった。
「まだ、まだっ!」
身体全体に受ける痛みを我慢しながらハルは空中で魔力剣を五本作った。五本が、ハルが一息で作れる魔力剣の数の限界だ。もちろん、どれも切れ味は悪い。
それらを、すかさず射出させる。<レイグレス>にではなく、その周囲の木々に。
切れ味が悪くとも、勢いよく射出すれば木程度なら斬れることは、先程実証済みだった。
『グ、グガァーー!!』
倒れこんだ<レイグレス>に木々が覆いかぶさる。
「ふぅ……」
地面に着地したハルは目を閉じ、全身の力を抜いた。
高密度の魔力を圧縮させた魔力剣を精製するためだ。木を倒したのもその時間稼ぎでしかない。
(あいつがすぐに起き上がるかもしれないけど……)
恐らくこの機会を逃したら、ハルは<レイグレス>に勝てない。
(集中だ……)
やがて、ハルの右手に今までとは比較にならない輝きを発しているオーラが生まれた。
(素早く、それでいて、鋭く……全ての魔力を圧縮させろ)
そのオーラは段々と大きくなり、形を変え、一本の剣となった。
「ふぅ……まだまだ遅いな」
出来あがった魔力剣を掲げ、自嘲気味に呟く。
「でも、出来は今までで最高だ」
『グ、ガァーー!!』
<レイグレス>は木々を払いのけ、ハルを睨みつけた。その左目は怒りで血走っている。
「……惜しかったな。もう少し早かったらお前の勝ちだったよ」
『ガァーー!!』
<レイグレス>は勢いよく尻尾をハルに向けて振った。
「…………」
ハルが尻尾に合わせて魔力剣を振ると、
『グ、オォーー!?』
簡単に尻尾は両断された。
(……空気を斬ったみたいだ)
ハルの率直な感想だった。
力を込めずにただ相手に合わせて振っただけだったが、<レイグレス>の尻尾を何の抵抗も受けずに両断した。
(あんなに堅い皮膚だったのに……凄い、と言うより、恐いな)
これも、率直な感想だった。
『ガァーー!!』
尻尾を斬られた<レイグレス>が狂ったような雄叫びをあげる。
「今、楽にしてやる」
ハルは魔力フィールドを広げ、魔力剣を浮遊させて、
「……じゃあな」
最後にそう呟いて、魔力剣を射出させた。
『ガァー! ッグ……ガァ』
魔力剣は真っすぐに<レイグレス>の喉を無音で貫き、一瞬後に後頭部からまたも無音で飛び出ても勢いが軽減した様子はなく、そのまま背後の木を何本も斬り裂いた。
『ガ……』
<レイグレス>はゆっくり力なく倒れ、やがて全身が段々と塵になり、数秒も経たないうちに跡形もなく消え去ってしまった。
「…………」
その場には、勝者であるハルだけが一人残ったのだった。