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~第20話~

 場所は引き続き、玲奈とハルがいる大部屋。

「魔力の応用はそれほど難しくない。寧ろ、簡単だと言っていい。『魔法理論』を覚える必要がないからな。やり方さえわかれば子供でも出来るが、成功するかどうかは話が別だ」

「そのやり方とは?」

「……お前の場合、氣と魔力を身体の中で分けることから始めないとだな」

「氣と魔力を分ける?」

「ああ。目を閉じて、身体の中に意識を集中させろ」

「はい」

 言われた通り、目を閉じて意識を集中させるハル。

「氣の流れはわかるだろう?」

「……はい」

「だったら、わかるはずだ。それとは違う流れがあることに」

「…………」

(……これか)

 氣とは違う流れが、確かにあった。

「それが、お前に流れる魔力だ。まず、その魔力を右手に集めろ」

「はい」

 目を閉じながらハルは頷き、身体に流れる魔力を操作する。

(……氣の時とは、また違った感覚だな)

 氣は力の奔流、魔力は精神の奔流、と言われている。

 同じ身体の中を流れる物だが、根本的には違うものなので、ハルが戸惑うのも無理ないことである。

「……終わりました……どう、ですか?」

 そう告げたハルの顔には汗が浮かんでいっる。

 集中力を使うので、そこそこ辛いのだ。

「ふむ……いいだろう」

 玲奈の言葉が耳に入ると、ハルはホッと息を吐いた。

「気を抜くな。これからが本番だ」

「は、はい」

「まず、剣でもいいし、刀でもいい、自分のイメージしやすいものを思い浮かべろ」

「…………」

「そのイメージを右手の魔力に集中させろ」

「…………」

 この時点で、ハルの様子が少しおかしくなった。

 顔から出る汗の量が、尋常でなく増えてきたのだ。

「そこから、右手の魔力はイメージ通りに圧縮。他の魔力は身体の内側から外に向けて拡張だ。集中しないと絶対に出来ないぞ」

「…………」

 ハルの顎から、汗が垂れる。

(何だ、これ……滅茶苦茶、キツイ! って言うか、圧縮と拡張を同時に、って……難しすぎる)

 相反する行動を、右手と身体全身とでやらなければいけない。

(くっ……そっ!)

 ハルの右手に段々と輝くオーラが集まり、形を変えようか、という瞬間、

「っ……~! ぶはっ!」

 ハルは大きく息を吐き出し、床に膝をついてしまった。

 もちろん、圧縮と拡張していた魔力は全て消え去った。

「はぁ、はぁ……はぁ~」

「感想は?」

「はぁ……何て言うか……意識が持ってかれそうでした」

 時間が経つごとに思考が狭まり、集中することすら難しくなるのだ。

「魔力を直接引き出そうとしているから精神のバランスが崩れるのは当たり前だな……さて」

 玲奈は腕時計を見て、ハルに背を向けた。

「私は少し用事があるから席を外す。お前はどうする?」

「俺は……」

 ハルは調子を確かめるように手を開いては閉じ、立ち上がった。

「まだ、やります」

「そうか。なら、一時間後にまた来る。それまで頑張るんだな。それと、最初は圧縮と拡張のどちらかに絞れ。いきなりどっちも成功させるのは絶対に無理だ」

「あ、はい」

 玲奈はそう言い残して部屋を去り、ハル一人が残った。

「……よし」

 ハルはもう一度目を閉じ、右手を前に出した。

(集中だ……集中)

 魔力を操作し、右手に集める。

(まずは圧縮から……力むな……ただ、静かに……)

 全ての力を抜いたハルの顔から、汗が浮かぶことはなくなっていた。



    *****



「天城」

「あ、神埼先生」

 玲奈が戻ってきたのは、きっかり一時間後だった。 

「どうやら……魔力の応用は成功したようだな」

 玲奈はハルの両側頭部に目を向けた。

「はい」

 そこには、それぞれ一刀ずつ、計二刀の魔法剣が浮遊していた。

「……それを作るのに使った時間は?」

「え、っと。確か、右が三十分ぐらいかかって、左は十分ぐらいでした。魔力の拡張はついさっき成功しました」

 ちなみに、一度魔力の圧縮に成功すれば、それを維持することは簡単である。その圧縮された魔力の塊は、完全に一つの≪物体≫として存在することになるからだ。

 ただ、時間が経てばやがて消えるし、その魔力の所有者ならば自由に消すことも出来る。

「……全然遅いな」

「え?」

「最低でも」

 玲奈は厳しい目でハルは睨みつけ、一瞬で魔法剣を二つ精製し、ハルの首元に突き付けた。

「このぐらいの速さでなければ、何の役にもたたないぞ」

「は……はい」

 あっという間の出来事に、ハルそう返すのがやっとだった。

「……まぁ、最初にしては上出来だ」

 言いながら、玲奈は魔法剣を消した。

「あ、ありがとうございます」

(や、やっぱり恐い、この人)

 ほんのちょっとだけ親しくなったかな、と思っていた自分を殴りたい気持ちに駆られたハルだった。

「ふん……今日はここまでだ。もう帰っていいぞ」

「は、はい。そ、それじゃあ、失礼します」

 ハルは逃げるように部屋を出て行った。

 かと思ったら、すぐに戻って来て玲奈に頭を下げた。

「あ、明日もよろしくお願いします!」

「……ああ」

 玲奈の返事を聞いたハルは、今度こそ走ってこの場を離れた。

「…………」

 玲奈はそのまま天井を仰いで、目を閉じた。

(……そうか、この感情は)

 そうして、ふと、ほほ笑んだのだった。

「玲奈、ちょっといいか?」

 その声で、玲奈は再度入り口に目を向けた。

「真里奈、学園の中では神埼先生と呼べ」

「もう放課後なんだ、硬い事言うな。それに、お前も真里奈って言ってるぞ」

「……そんな事言ったか?」

 驚くことに、玲奈とぼけてみせた。

「……気味が悪いほど機嫌がいいな」

 同僚であり、学生時代からの旧友の機嫌のよさに、真里奈は若干引いている。

「つい一瞬前までは、誰かを殺してやりたいほど不機嫌だったがな」

「それはおっかないな。で、何で急に機嫌が良くなったんだ?」

 タイミングが違ってたら、自分はその機嫌の悪い玲奈のはけ口にされていたのかも、なんて考えながら真里奈は尋ねた。

「私にも、人間らしい感情があるんだと知ってな」

「人間らしい感情?」

「ああ……嫉妬だ」

「……それはまた、お前という存在には一番遠い言葉だな」

 玲奈は学生の頃から、≪天才≫、≪神童≫、≪神の子≫などと言われていた。学園の成績はもちろん全て一番。その時の教員ですら、彼女には勝てなかったのだ。

 そんな玲奈が、誰かに≪嫉妬≫したと言うのだから、真里奈が驚かないわけなかった。

「ある生徒の才能の一端を垣間見た私は、気が付けばそいつに八つ当たりしていたよ」

 玲奈は自嘲気味にほほ笑みながら、話を続ける。

「最初はその感情が理解できなくてイライラしていたが……それが嫉妬だとわかった時には、正直嬉しかった」

 一転、嬉しそうに玲奈は笑った。

「あいつには、本当に感謝しないとな」

 感情の揺らぎは、一種の刺激であり、嫉妬はその刺激の中でも、一番心を揺さぶるものである。

 玲奈はうんざりしていたのだ。天才だの最強だのと言われている日常に。

 だが、そこに自分以上の天才が現れ、驚くことに玲奈は嫉妬した。それは彼女にとって最高の刺激だった。

「……そのある生徒って、天城だろ?」

「何だ、知ってたのか」

「あたしはあいつの担任だし、ここには元々お前と天城に会いに来たんだ。それに、さっき逃げるようにここを出ていく天城をみかけたしな」

「そうか。少し、悪い事をしたかな……で、その左手はどうした?」

 真里奈の左手には包帯が巻かれていた。

「ん、ああ。これは……どこぞの天才にやられたよ」

「ほぉ」

「一発もらっただけなんだが……予想以上だったな」

 軽く左手を振る真里奈。

「リーナに診てもらって殆ど治ったんだが、どうやら、骨にひびが入ってたらしい。痛かったからなぁ」

 隠すのが大変だった、と言って真里奈は笑った。

「油断するからそうなるんだ」

「八つ当たりするお前に言われたくない」

 真里奈がジト目で玲奈を睨む。

「ふん……所で、お前、私が魔力の応用を成功させた時のこと覚えてるか?」

「もちろん。お前があれこれ言われ始めたのも、それからだかな」

「その時、私がどのくらいの速さで成功したか知ってるか?」


「え~っと……確か、『三日』だったよな。どんなに早くても『三ヶ月』はかかるのに、って先生方も騒いでたし」


「そう……私でも、『三日』だ」

 玲奈はほほ笑んだ。

 本当に嬉しそうにほほ笑んだのだった。


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