~第19話~
「あの……ここは?」
ハルが玲奈の後を追って着いた場所は、何もないただの大きな部屋だった。
「この部屋に特別名前はない。リラックスしたい時や一人で集中する時に使われるだけだ。まぁ、実際に使ってるやつは、数人しかいないがな」
「はあ……じゃあ、これから何か派手なことをやるわけではないと?」
「ああ」
「そうですか」
ほっ、と安堵するハル。
(特入試験みたいな事だったら、流石にな……)
「お前、魔法を発動させるやり方は知ってるよな?」
「あ、はい。確か、体内にある魔力を変換させて、『言霊』を言うんですよね」
ルークの[サンダーボール]や[サンダーボルト]なんかが、≪言霊≫に当たり、この言霊を口から発することによって、魔法が発動する。
ただ、言霊の名前自体に深い意味はなく、地域や人種によって、同じ魔法でも言霊が違う場合がある。
「そうだ。それと、使用する魔法を一から百まで理解しなければ百%の力は発揮されない」
「そうなんですか?」
「ああ。それにプラス使用者の精神状態が作用されるんだが……まぁ、これは魔法の才能が無いお前は知らなくていい知識だ。忘れろ」
「じゃあ言わないで下さいよ」
ハルが口を尖らせるが、玲奈は無視して話を続けた。
「だが、その小難しい魔法の理論を理解する必要も、言霊も必要ない魔法がある……これだ」
玲奈が右手を前に出すと、その掌から光り輝くオーラが現れた。
「おぉ」
ハルが驚いている間に、そのオーラは段々と大きくなって形を変え、数秒も経たないうちに一振りの≪剣≫になった。
何の装飾もされていない、ただ剣の形をしているだけの、シンプルな淡く輝く剣。
「これは……」
「これが『魔力の応用』を使って、魔力だけで作った『魔力剣』ってところか」
「魔力剣……魔力って目に見えるものなんですね」
「普通は見えなが、こんな風に『圧縮』させると目で見えるようになるし、物質化もする。そして、この魔力剣の最大の特徴が、これだ」
壁に手が付く位置まで近付いた玲奈は、魔力剣を突き込むように構えた。
「?」
ハルが首を傾げていると、
「ふっ!」
玲奈はそのまま壁に魔力剣を突き出した。
結果、魔力剣は壁を≪貫通≫した。
「なっ!?」
その光景にハルは目を見張る。
普通ならば、弾かれるか、下手をしたら剣のほうが折れてしまう。どちらにせよ、硬い壁を貫くなど絶対に出来ない。
だが、魔力剣はいとも簡単に壁を貫いたのだ。
「この壁、厚さ三十センチはあったかな」
そのまま、玲奈は剣を横に薙ぐ。
魔力剣は壁を何の抵抗も受けずに切り裂いた。
「……凄い」
力任せに破壊していたり、焼き切っているわけでもない。
玲奈は殆ど力を込めずに、魔力剣を振っていたのだ。
それ故に、壁を貫いた時も、斬り裂いた時も、全くの無音だった。
「恐ろしいまでの切れ味、だろ」
「はい……」
ハルは壁の斬り傷に手を触れながら頷いた。
(全くひび割れしてない……本当に豆腐でも斬ったみたいだ)
「魔力は圧縮すればするほど、より鋭く、堅くなる。ダイヤモンドの加工に使われる『ウォーターカッター』なんかと一緒だな。それと、もう一つ」
玲奈が右手の魔力剣を手放すと、魔力剣は地面に落ちず空中に浮遊した。
「おぉ」
「今、私は周りに魔力を張り巡らせている。魔力剣が魔力の圧縮なら、これは魔力の『拡張』だな。『魔力フィールド』などと言われている。この魔力フィールドを広げるとこんな事も出来る」
浮遊していた魔法剣が空中で何回転もし、その後、物凄い勢いで射出され、反対側の壁に深く突き刺さった。
「こうやって操るのにはコツがいるが、中々便利だろう」
「な、中々どころじゃありませんよ。滅茶苦茶便利じゃないですか、これ」
遠近どちらにも対応出来る、理想の魔法といった所である。
「だが、今ではこれを使ってる奴は全くいない」
「? 何でです?」
「魔力の消費が他の魔法の比ではないからだ。そうだな……この魔力剣に圧縮されている魔力は、普通の魔法百回分だ」
「ひゃ、百回!?」
と、驚いてみせたものの、それが多いのか少ないのか、イマイチ判断がついていないハルだった。
「私はそれなりに魔力が多いほうだが、これが作れるのは一日に十ぐらいだな」
「十……って少ないんですか?」
「……はぁ」
ハルの的外れな疑問に、玲奈は呆れてため息をついた。
「上級の魔法使いが一日に発動できる魔法は『百』。つまり、この剣を作っただけで魔力はスッカラカンになる」
ちなみに、氣は体力を、魔力は精神力をそれぞれ消費する。なので、氣を使いすぎるといつぞやのハルのように身体が動かなくなり、魔力を使いすぎると意識が朦朧となり、いずれ気を失ってしまう。
「つまり……神埼先生は上級の魔法使い十人分以上の魔力を持ってると?」
「……今の話の着目点はそこじゃないだろうが」
(それに、お前はその何十倍もの魔力を持ってる)
「じょ、冗談です」
玲奈が怒ったと思ったハルは慌てて頭を下げ、話を戻した。
「そ、それで、何故そんな魔法を俺に見せたんです?」
「決まってるだろう。お前に教えてやる」
「教えるって……何でいきなり」
「……お前の魔力はそこそこ多い。だが、魔法の才能は皆無。そんなお前が少し哀れに思えてな」
「……その話を聞いてる限りだと確かに凄い哀れですね」
(軽く帰りたくなってきた)
自分の魔力が多いことは初耳だったが、逆にその事実がよりハルの心に深い傷を負わせた。
「それに……もう一度だけ懸けてみようと思った」
「……?」
ハルはその言葉をどう受け取っていいかわからず、首を傾げた。
「で、どうする? お前が体術一筋に絞るなら無理強いはしないが?」
「…………」
ハルは悩んだ。
この魔力の応用は便利だが、とてつもなく燃費が悪い。体術だけを率先して学んだほうが幾らも効率がよいだろう。
(でも、やっぱり……)
「……やります。やらせて下さい!」
魔法は小さい頃からの憧れだったので、簡単に諦められなかった。
「いいだろう……ただし、条件として私の『グループ』に入ってもらう。私の指導は厳しいから覚悟しろよ」
「は、はい!」
力強く頷くハル。
この時のハルは、玲奈のグループに入る、という事の意味を知らなかった。