~第18話~
「はぁ、本当に酷い目にあった」
階段を降りながらローテンション気味のハルは呟いた。
「あの夫婦は俺に恨みでもあるのか?」
ルークのは百歩譲って不可抗力だとしても、さっきの出来事はそう思っても仕方のないことだった。
「本当はいい先生なんだろうけど……どっちも滅茶苦茶強いし」
先程の一撃を思い返す。
(完璧だったんだけどな……自信なくすよなぁ)
ハルと真里奈では天と地ほどの実力差があるとはいえ、ああも簡単に止められてしまったら、プライドなど簡単に砕け散る。
(まぁ、これからだな……っと、ここか)
そんな事を考えている間に、ハルは目的地の保健室に着いていた。
「ここで、俺の魔法適正が……ふふ」
沈んでいた雰囲気をから一転、ハルは顔を綻ばせた。
ルークの[サンダーボルト]の恐怖が、今は逆に作用している。
(あんな魔法も使えるようになるのかなぁ~)
沸き立つ心を押し留め、ハルは保健室のドアをノックした。
「開いてるわよ」
中から女性の声が聞こえ、ハルは少し緊張しながらドアを開けた。
「失礼します」
ハルが桜楼の保健室に入るのは今回で二回目。
(何か、妙に懐かしい)
あの時は色々とあったので、余計にそう思うのかもしれない。
「始業式に怪我? って、あら」
椅子に座っていた保健医が、ハルの顔を見て手を止めた。
それと同時に、とんでもないボリュームの胸に食べかけのせんべいが落ちた。
「? 俺のことを?」
「ええ。三日前にあなたを治療したのは私だもの」
「あ、そうなんですか」
ハルは覚えていないが、ここに運ばれたということは保健医の彼女が治療したのだろう。
「その節はどうもありがとうございました。改めまして、天城ハルです」
「【リーナ・ルーズベルト】よ。仕事だから気にしないでいいわ。それで、あれから体調が悪くなったりは?」
「いえ。お陰さまで万全です」
「そう、それはよかったわ」
リーナはそう言って、慈愛に満ち溢れた笑顔を見せた。
パーマのかかった長い髪に、ハルの同居人のシンキと殆ど同じ大きさの胸、そして、男子の心をくすぐる色気の漂う白衣という、見た目は魔性の女っぽいが、その笑顔は聖母のようなだった。
「それで、今回は先生に頼みがあ」
「魔法適正検査でしょ」
ハルの言葉を遮り、リーナはウインクした。
「あ、はい。……何で?」
「ルーク先生が『この前の子がここに来ますから、魔法適正検査をしてあげて下さい』って言いに来たの」
「成程……じゃあ」
「ええ。もう準備は出来てるわよ。ただ、検査のためにはあなたの血が必要なのよ」
「血、ですか? ……ちょっと待って下さい」
ハルはポケットに入れていたペンを取り出し、
「っと」
左手の中指に横線を描くように、一気に振り抜いた。
すると、数秒も経たない内に中指に血が浮きあがった。
「これで大丈夫ですか?」
「十分よ♪ それにしても、思い切ったことするわね」
「そうですか?」
「男らしかったわよ。はい」
ハルの血を透明な容器に移し終えたリーナがポケットから絆創膏を取り出し、ハルに差し出した。
「あ、大丈夫です。このぐらいなら唾をつけとけば治りますから」
「そう? ……ふふ」
ハルの血がついた容器を精密機械に入れながら、リーナは唐突に笑いだした。
「? どうしたんですか?」
「いえ、ね。死なない限りどんな怪我でも治るって言われてる今の時代に、唾をつけておけば、ってのが少しおかしくて」
「……そんな事言うなら、絆創膏を渡す先生もおかしいですよ」
ハルが顔を少し赤くしながら言うと、リーナは更に笑みを深めた。
「そうね、その通りだわ……っと、結果出たわよ」
「もうですか? 早いですね」
「簡単だから♪ さて、結果は……こ、これって!?」
「!? ど、どうしたんですか!?」
目を丸くするリーナに、ハルは期待を膨らませた。
(もしかして、凄い結果が!?)
そして、手で口を押さえて驚愕しているリ-ナは、
「ま、全く才能がない!」
そんな言葉を発したのだった。
「……は?」
「ぎゃ、逆に凄いわ、これ。こんな才能の無さ……初めて見た」
「……あの?」
「あ、ご、ごめんなさいね。え~……はい、これが検査結果よ」
「……な」
リーナに気まずそうに渡された検査結果が書かれた用紙を見て、ハルは絶句した。
≪魔法適正検査≫では、魔法の源となる≪魔力量≫と、全ての魔法の基本となる≪火≫、≪水≫、≪雷≫、≪氷≫、≪土≫、≪風≫、≪光≫、≪闇≫の≪八属性≫のどれが自分に合っているのか、つまり才能があるのか、を調べることが出来る。
この用紙には、八属性が≪0~100≫までの棒グラフで表示される。つまり、普通の人ならば、八つのグラフが凸凹に記されることなる。
だが、ハルの場合は全てのグラフが同じ数値で綺麗に並んでいた。
「全部……『1』?」
全てが≪1≫という結果で。
つまり、ハルに魔法の才能は、皆無だった。
超初心者級の魔法を使えるかすら、怪しいのである。
「……これ、冗談ですよね?」
「本当に冗談みたいな結果よね。なんなら、もう一回やる? 多分、更に落ち込むと思うけど」
「…………」
「ある程度の才能を持ってたら、努力でもどうにでもなるけど……それじゃあ……無理、ね」
「…………」
その言葉は、ハルの夢と希望を打ち壊すのに十分すぎる威力を持っていた。
「その……何て言うか……元気出して?」
「…………」
保健室に気まずい沈黙が流れていると、
「ルーズベルト先生、この前のことなんだ……が」
タイミングが良いのか悪いのか、神埼玲奈が入ってきた。
玲奈はこの異様な雰囲気に包まれた保健室の空気に、
「……何なんだ」
と言うしかなかったのだった。
*****
「ははははは!!」
諸々の事情を聞いた玲奈は、腹を抱えて大笑いした。
「こ、この状況で笑いますか!? あ、悪魔め!」
「お、落ち着きなさい、天城君! 神埼先生もそれはあんまりよ!」
涙目で玲奈に跳びかかろうとするハルを、リーナが必死になだめる。
「い、いや、スマン。つい、な……ふふ」
謝りながらも、玲奈はハルの適正検査の紙を見て笑いを堪えていた。
「う、うぅ~!」
羞恥と悔しさで顔を真っ赤にしたハルが地団太を踏む。
「しかし……こんな事があるんだな」
少し冷静になった玲奈が、リーナに話を振る。
「私もこんな数値を見たのは初めてなのよ……それと、もう一つおかしな事があるの」
「?」
「……この魔力量の結果、まだ天城君には見せてないんだけど」
リーナがハルに注意を向けながら、もう一枚用紙を玲奈に渡した。
「? ……っ」
それを見て玲奈は息を飲み、ハルに目を向けて、
「……はぁ」
思いっきりため息をついた。
「な、何ですか、そのため息は! あっ!? そ、その用紙にも悲惨なことが書かれてるんですね! も、もういいですよー!」
ハルは自暴自棄気味に叫び、リーナと玲奈から顔を逸らした。
「あ、天城君」
「……はぁ」
リーナは頬に手を当てて苦笑し、玲奈はもう一度ため息をついた。
(逆だ、馬鹿が)
玲奈はもう一度ハルの魔力量が書かれている用紙に目を落とし、ある≪文字≫を読んだ。
(魔力量が『測定不能』だなんて……どこまでデタラメなんだ)
魔力量は数字で記されるのだが、ハルの魔力は計れる数値を完全に振り切っていた。
それでいて、魔法の才能は皆無なのだ。
(これで才能があったら、この世が終わるまでこいつの名前が残っただろうな……呆れを通り越して、哀れだよ)
「もう一度適正検査やったほうがいいかしら?」
「いや、多分結果は変わらない。こいつの傷を抉るだけだ」
「そう……勿体ないわねぇ」
リーナも頬に手を添えたままため息をついた。
一方、完全に不貞腐れたハルは足を投げ出し、保健室の天井を見ながら呟いた。
「はぁ、これからは氣の応用一筋でやっていくしかないのか」
「「!?」」
その言葉で、リーラと玲奈はある事を思い出した。
当たり前すぎて忘れていた、魔法の原点である言葉を。
「ルーズベルト先生、『あれ』なら……」
「ええ……『あれ』なら、魔法の才能は必要ないし……この魔力量なら……上手くいけば凄いことになるかも」
リーナは思わず身体を震わせた。
「ふん……決まりだな」
玲奈はほほ笑み、ハルに目を向けた。
「天城!」
「!? は、はい!?」
いきなり名前を呼ばれたハルが飛び上がる。
「付いてこい」
「へ? え、あ! ちょ、ちょっと! 神埼先生!?」
玲奈はハルの返事を待たずに保健室を出た。
「……な、何?」
「早く行ったほうがいいわよ、天城君。このチャンスを逃したら、多分次はないわ」
「は、はあ。じゃあ、行きますね。あんまり良い結果じゃなかったですけど、ありがとうございました」
ハルはリーナに頭を下げ、玲奈の後を追った。
「……ふふ。あんなに楽しそうな神埼先生、初めて見たわね。……天城君……面白い子♪」
そう言ってほほ笑み、リーナは煎餅を食べたのだった。