~第15話~
五学園はそれぞれが広大な敷地を持っており、その中に様々な施設を建てている。学園によって施設の種類は多少変わるが、少なくともその事に関して生徒が不自由することは殆どない。
施設や環境が殆ど同じ五学園が均等に生徒を取得出来ている理由は、それぞれの教育方針が関わっている。
例えば、千の通っている天楼学園は主に≪女学園≫であることと≪エリート育成≫を売りにしている。他の学園では、魔法を特化させていたり、体術や氣の使い方を率先して教える学園もある。
そんな中、桜楼学園は≪生徒自身≫に、自らに合った修練をさせている。放任的な教育方針ではあるが、手広く新入生を募っていることや教員が充実していることから、五学園の中ではそれなりに人気が高い。
「人数多いなぁ」
教員の案内に従ってハルが着いた場所は、大きな≪講堂≫だった。
この始業式、兼、入学式には、新入生と少しの上級生しか参加しない。なので、席は四分の一程しか埋まっていないが、それでも大人数なのには変わりなかった。
「俺の席は……っと、あった」
入り口で受け取った番号札と同じ席に座り、息を吐いた。
(うぅ、緊張するなぁ)
周りを見ると、ハルと同じ様にソワソワしている新入生が大勢いた。
(やっぱり、皆緊張してるんだ)
段々と落ち付きを取り戻したハルは、
「……ん?」
あらゆる視線が飛び交うこの講堂で、幾つかの視線が明らかに自分だけに向けられていることに気付いた。
(……誰だ?)
その方向を見ると、何人かの上級生と目が合った。学年毎にタイの色が違うので、相手が新入生でないことはすぐにわかる。
「…………」
その上級生達は特に何かアクションをとるわけでもなく、ただ好奇な目をハルに向けていた。
(い、居心地悪いなぁ)
再び委縮し始めてしまったハル。
(やっぱり、特入試験だよな)
特入試験で一番目立っていたのは自分だった、ということを、ハルは後から聞いた。玲奈やルークと張り合ったのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
上級生からしてみれば、希代の新入生、といったところなのだろう。
(って言っても、二人には全く歯が立たなかったわけだし。……はぁ、入学早々先輩に目をつけられるとは)
ハルは心中でため息をついて、うな垂れた。
*****
つつがなく始業式も終わり、あとはそれぞれ割り振られたクラスで担任から話を聞くだけなのだが、
「この学園……広すぎだろ」
ハルは学園内で迷子になっていた。
(トイレなんて行くんじゃなかったな)
始業式の最中も好奇の視線が止むことはなく、ずっと緊張しっぱなしだったハル。尿意を催すのも、無理はない。
「さて、本格的にどうするか」
このままでは、初日から遅刻という恥ずかしい思いをしてしまう。
(せめて、誰か人がいれば……お)
廊下の角を曲がった先に、一人の教員らしき男性がいた。
ハルはすぐさま声をかけた。
「あの」
「ん?」
その男性教員が振り返ると、
「うっ」
と、ハルは思わず呻いてしまった。
「あれ? 天城君じゃないか」
その男性教員は、ハルと特入試験で闘った【ルーク・スカッタート】その人だった。
「ど、どうも」
挨拶をしながら彼の[サンダーボルト]を思い出し、ハルは密かに身体を震わせた。
「どうしてここに? 今はクラスで待機じゃなかった?」
「ちょっと……道に迷いまして」
一瞬、言おうかどうか迷ったが、今のままではどうにもならないので、正直に告白した。
「ああ、成程。ここに初めて来た人は絶対に迷うからね」
僕も君と同じ状況を味わったことがあるよ、とルークは優しくほほ笑んだ。
(物凄く優しい先生、なんだろうけど……)
いかんせん、最初のインパクトが強すぎた。
「それで、もしよかったら……道を教えてくれませんか?」
「もちろんいいよ。でも口で説明するのは難しいから、僕も一緒に行くよ」
「いいんですか?」
「うん。で、君は何クラスだい?」
「え、っと……Dですね」
ハルは講堂でもらった紙を見て答える。
「1-Dか……ん? Dって確か……あいつ、何か細工したな」
「は?」
「ん、いや、何でもないよ。じゃあ、行こうか」
「? はあ」
首を傾げながらハルはルークの後に続いた。
*****
「ここが一年のクラス階だよ。ここから真っすぐ行って、四つ目の教室がDクラスだから」
「はい。わざわざありがとうございました。スカッタート先生」
「気にしなくていいよ。それと、僕のことはルークでいいから。これから、ややこしくなると思うし」
「? わかりました」
あれから数分後、ハルのクラスがある階には簡単に着いた。
(やっぱり、何年もここに通ってただけあるよな)
ルークは複雑に入り組んだ校舎内を、一度も迷うことなく歩き続けていた。
「それから、また道が分からなくなったら学生帳に詳しい地図が載ってるからそれを見るといいよ」
「はい」
「うん、それじゃ……あー、あと一つ」
「?」
「君、まだ魔法のこと全然わからないでしょ?」
「はい。まあ……」
「だったら、今日にでも保健室に行くといいよ。あそこで『魔法適正』を検査してくれるから。民間だとお金かかるし、君の年であそこに行くのはかなり勇気がいると思うから」
世界共通で、≪魔法適正検査≫は物心ついた時に親同伴で行う。ハルのような普通の学園生が一人で行ったら、あらゆる意味で赤面すること間違いなしだった。
「何から何まで、ありがとうございます」
「僕は勝手ながら君に期待を寄せてるからね。分からない事があったらなんでも聞いていいよ」
「はい。その時はよろしくお願いします」
「うん。それじゃ、今度こそじゃあね」
ルークは爽やかな笑みを見せてその場を後にした。
(いい人だなぁ、ルーク先生。変に恐がってた俺がバカみたいだ)
ハルは心中でそう呟き、自分の教室に向けて歩き出した。