~第14話~
前回の更新より大分日が経ってしまいましたが、なんとか書き上げることが出来ました。
今回の話には色々と長ったらしい説明が多く、読者の皆様の気を煩わせることになってしまうと思いますが、この物語にそれほど深い設定はありませんので、流し読むだけでも十分理解出来ます。
最後に、私の作品をお気に入りに登録して頂いた方々、また、暇潰しに読もうと思って頂いた方々にも、最大限の謝辞を申し上げます。
拙い文章ですが楽しんでいただけたら幸いです。
「ん~、こんな感じかな」
桜楼の特別入学試験から、三日経った。今日は桜楼学園の始業式である。
「変な所は……なし」
ミキから貰った姿見の前で身体を左右に捻るハル。その身は桜楼学園の制服に包まれている。
「よし、行くか」
身なりの確認を終え、ハルは鞄を持って意気揚々と部屋を出た。
*****
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう、天城」
居間には、千と遊佐の姿があった。この光景をハルが見るのは、今日で三回目だ。
(二人、絶対に俺より早く起きてるからな)
ちなみに、シンキは遊佐が起こしに行かないと絶対に起きないらしい。
(あ、千さんも今日は学園に行くんだ)
いつも通り千の隣に座ったハルは、彼女の服がいつもの私服ではなく、初めて会った時に着ていた天楼学園の制服だと気付いた。
「ん……二人とも今日は学園か」
遊佐もハルと千の服がいつもと違うのに気付いたようで、お茶を飲みながら口を開いた。
「千は見慣れてるが、天城も似合ってるな」
「ありがとうございます」
「お前達は今が伸び盛りだからな。学園生活を存分に楽しむといいぞ」
「はい」
この三日で、ハルの遊佐に対する印象は大きく変わった。
最初があんなだったから仕方ないかもしれないが、ハルは遊佐にちょっとした恐怖の念を抱いていた。だが、遊佐は本当はとても優しい大人な女性だとわかったのだ。
(綺麗だし……羞恥心が足りないのが問題だけど)
遊佐とシンキには、女性としての意識が全くと言っていいほど、ない。
薄い寝間着姿で雲月荘をうろうろすることはもちろん、最初のような、風呂場での遭遇事件が何度も起こりそうになった。その度にミキが注意するのだが、改善される気配はない。
(いや、まぁ、今まではそれで何の問題もなかったんだろうし、俺が調子を狂わせちゃったのは確かだけど……ちょっとでいいから意識して欲しい)
「ハル……何か、悩み?」
「え……俺、口に出してました?」
ハルの言葉に千は首を横に振った。
「そんな気がした」
「そ、そうですか……まぁ、ちょっと贅沢な悩み、ですかね」
「そう……頑張って」
そう呟いて、千はお茶を飲んだ。深刻な悩みではなさそうなので大丈夫だろう、と思ったようだ。
(千さんとも一緒に生活してきたけど……俺、千さんのこと何も知らないんだよな)
知っている事と言えば、無表情で冷たそうなイメージだけど、実はとても優しいということだけ。
(あとは……)
「千さんって、天楼学園の生徒会長なんですよね?」
「…………」
千は黙って頷いた。
「やっぱり、大変なんですか?」
「別に、そんな事ない……シンキの相手をする方が、大変」
「あ、あはは」
苦笑するハル。千が酒癖の悪いシンキに絡まれるのを、この三日で何度も目にしていたからだ。
「さて、私はそのシンキを起こしに行くか」
二人の会話を聞いていた遊佐が立ち上がり、千に目を向けた。
「あいつも悪気があるわけではないから、大目に見てくれ。あいつ、千のことが可愛くて仕方ないんだ」
「わかってる。私も、シンキは嫌いじゃない」
「そうか。それはよかった」
遊佐はほほ笑み、居間を出た。
「……大人だなぁ」
「何?」
「いえ……でも、もし俺が天楼学園の特入試験を受けて合格してたら、千さんと一緒の学園に行けたんですね」
「……ハルは、桜楼に行くのを後悔してる?」
「凄い楽しみですよ。ただ、そういう可能性もあったのかな、って」
「そう……でも、それは無理。残念だけど」
「? 天楼の特入試験ってそんなに難しいんですか」
千は首を横に振り、お茶を飲んで、言った。
「天楼は、『女学園』だから」
「……それは、確かに無理ですね」
「……女装、する?」
「しません」
お茶を飲み、やるせない気持ちってこういうことか、としみじみ感じたハルだった。
*****
「じゃあ、行ってきます」
「行ってきます」
「は~い♪ 行ってらっしゃ~い」
雲月荘の玄関前には、ハルと千、そして、わざわざ二人を見送りに来たエプロン姿のミキがいた。
「あっ。ちょっと待って、ハル君」
「はい?」
足を止めて振り返ったハルの首元に、ミキが手を伸ばす。
「ネクタイ曲がってるわよ」
「あ、すみません」
「~♪ ~♪」
鼻歌を歌いながら、ハルのネクタイを直すミキ。えらく上機嫌である。
「何か、新婚さんみたいね」
「……何言ってるんですか」
呆れ気味にハルが呟く。
「~っと。はい、完了♪ ……うん、やっぱり制服似合ってるわね、ハル君♪ 改めて惚れ直しちゃった♪」
「ど、どうも」
上機嫌すぎるミキに、ハルは少し引いている。
「ふふ♪ それじゃあ、二人とも気をつけてね」
「はい」
「…………」
二人は頷き、一緒に雲月荘を出た。
始業式の時間は五学園全て同じなので、折角だから一緒に行こう、ということになった。
「今日のミキさん、何であんなに機嫌よかったんですかね?」
ハルは先程のミキを思い出し、首を傾げた。
「多分……ハルの制服姿を見たから」
「俺の、制服?」
ハルが目線を下に向けると、何の変哲もない桜楼の制服が目に入った。
「普通の服となにが違うんですか?」
「新しい制服は成長の証。ハルは大家さんの息子みたいなものだから、嬉しい」
「成長……息子……親心ってやつですか?」
「そう」
頷く千を横目に見て、ハルは頬を緩めた。
「親、か……」
ミキが自分のことを本当の息子のように思ってくれていることが、思いのほか嬉しかったのだ。
「今度、学園での話をしたらもっと喜んでくれますかね?」
「うん……きっと」
そう答えた千は、ほんの少し頬を緩めていた。
「じゃあ、学園を楽しまないとですね」
自分の話を嬉しそうに聞いてくれているミキの顔を思い浮かべ、ハルはほほ笑んだ。
そうやってしばらく歩くと、二人は大きな十字路に差し掛かった。
「私はこっち……一人で、行ける?」
「初めてじゃないんで、多分大丈夫です」
「そう。じゃあ、頑張って」
「はい。頑張ります」
ハルは千に一度だけ手を振って歩き出した。
「…………」
千はしばらくハルの背中を眺め、ハルとは反対の道へと歩き始めたのだった。