~幕間①~
「しっかし、驚いたな~」
夜中、雲月荘の庭に面した縁側に、シンキ・遊佐・ミキの姿があった。それぞれの傍らには、お酒が置かれている。
たまに開かれる、未成年のハルと千は参加出来ない、大人の飲み会の真っ最中だった。
「何が? ……って言うか、その格好ハル君の前では絶対にしないでよ」
シンキはタンクトップに短パンで下着も着けていないという、ハルのような青少年には目に毒な格好をしている。
「そのハルだよ、天城ハル」
ミキの言葉を無視して、シンキがズイっと身体を寄せた。
シンキの胸をこれ見よがしに押しつけられたミキは、こめかみに青筋を立てた。
「ハル君が、何?」
「あいつ、何者なんだ?」
「何者って……私の可愛い息子よ♪」
「…………」
ウインクをするミキを、シンキがジト目で見る。
「……はぁ。で、どういう意味なの?」
「お前が竜国にいた時からの仲なんだろ? 竜の世界に溶け込む人間なんて聞いたことがないぞ」
人の世界に溶け込む竜はいるが、とシンキは付け加えた。
「うーん……何者なのかしらね?」
「は?」
「私も……私達も、何でハル君にあんなに惹かれるのか、わからないのよ」
「あいつが何者かわからないのに、惹かれると?」
「ええ」
ミキは酒を口に含み、ほう、と息を吐く。その様子は、普段と違って妙に艶めかしい。
「理由なんて考える暇もないほど彼に夢中なのよ、私達は」
「…………」
シンキはミキの言葉の真偽を図る事が出来なかった。
冗談を言っている感じでもないが、到底信じられない話だからだ。
「千の機嫌がいいのも、天城がいるからか?」
今まで静かに酒を飲んでいた遊佐が話に加わる。
「あら、気付いてたの?」
「あそこまで饒舌な千は、初めて見たからな」
「ああ、それは私も気付いてたぞ……何でだ?」
ミキは顎に手を添え、うーん、と考える。
「……一目惚れじゃない?」
「冗談だろう?」
「あり得ない話ではないでしょう?」
「いや、あり得な」
「確かに、あり得ない話ではないな」
シンキの言葉の途中で、遊佐がミキに同意した。
「千も一人の女だし、そういう事もあるだろう」
「そんなもんか? って……遊佐、お前も微妙に機嫌よくないか?」
「ん、そうか?」
「ああ……まさか、天城に一目惚れしたとか言うなよ」
ちょっとした冗談。『そんなはずないだろう』、と遊佐は返す、とシンキは思っていた。
だが、
「そうかもしれないな」
そんな言葉を遊佐は口にした。
「「ぶふっ!!」」
シンキとミキは同時に酒を吹き出す。
「お、お前!? ほ、本気か!?」
「ゆ、遊佐! あなた!」
二人が遊佐に詰め寄ると、くっく、と遊佐が笑う。
「冗談だ、冗談。ふむ……少し酔ったかな」
可笑しそうに言って、遊佐は酒を口に運んだ。
「ふう。まぁ、機嫌がいいのは確かだけどな」
「……だろうな」
シンキが口元を拭いながら呟く。
(普段のお前はさっきみたいな冗談は言わない……本当に冗談かすら疑わしい)
「はぁ、ミキ、千に続いて遊佐まで天城の影響を……なんか疎外感が」
「あら、寂しいの?」
シンキと同じく口を拭いていたミキがからかうように言う。
「まさか。これじゃあ、私がおかしいみたいだからだ。あーあ、こんな事だったら、玲奈のやつも誘えばよかったな」
「玲奈は忙しいから無理よ……それに、玲奈が来てもシンキは疎外感を感じると思うけど」
「……何だ、その意味深な発言は」
「さぁーね」
「むぅ……今日はそれを教えるまで付き合ってもらうぞ!」
「ふふ。とことん付き合ってあげるわよ」
ミキとシンキが騒ぐのを見て、遊佐は静かに呟いた。
「いつの間にか……私達全員、天城の影響を受けてるんだな」
不思議な奴だ、とほほ笑み、普段より美味しく感じる酒を堪能したのだった。
大人の飲み会は、まだまだ終わらない。
*****
三人の話の中に出てきた神埼玲奈は、現在桜楼の≪学園長室≫にいた。
「以上が、特別入学試験の結果です」
「ほほ。御苦労じゃったの、神埼君」
玲奈が報告を終えると、椅子に座っている老人が立派な髭をなでながら、労いの言葉をかけた。
この老人、桜楼の学園長【卜部左門介】は、昔は世界で活躍していた人物だが、今は第一線を退き、桜楼の学園長を務めながら隠居生活を楽しんでいる。
「しかし、今回は中々才能溢れる子が入学したのう」
左門介は手元の資料に目を向けながら言う。
「そうですね」
答える玲奈からは、普段の刺々しいオーラは感じられない。
「ふむ、神埼君、何かいいことでもあったのかのう?」
「……どうして、その様に?」
玲奈が逆に尋ねると、左門介は、ほっほっほ、と笑った。
「何となくじゃよ。爺になると、妙に勘が冴え渡るでのう」
「…………」
爺、という単語が、玲奈の昔の記憶を呼び起こした。
もう十年も前の話、玲奈がここの学生だった時もこの老人は≪学園長≫だった。そして、その時の老齢の先生も、自分がここの生徒だった時にも学園長は学園長だった、と話していた。
一体……この人は何歳なのか。
そんな考えと懐かしい思い出を頭から取り除き、玲奈は口を開いた。
「確かに、普段より少し気分がいいです」
いつもだったら絶対に口にしないことを簡単に言う玲奈に、左門介は一瞬目を丸くし、快活に笑った。
「ほっほっほ! これは本当に機嫌がいいみたいじゃのう。ふむ……その理由は、この少年が関わっておるのかのう?」
左門介は一枚の写真を指差した。
それは、試験の最中に、カメラが自動的に撮ったハルの写真だった。
「それは答えかねますが……彼のこと、どう思いますか?」
「そうじゃのう……若い頃の君やスカッタート君にそっくりじゃ」
「御冗談を……彼の才能は、私達『以上』ですよ」
「ほっほっほ。本当に……これから、面白いことが起こりそうじゃのう」
「……そうですね」
二人は顔を見合わせ、ほほ笑んだ。
この二人、そして雲月荘の三人は、天城ハルを中心に東京が、≪世界≫が大きく動く事を感じ取っていた。そして、その大変な事態を、≪楽しもう≫、とさえ思っている五人は、≪異常≫なのかもしれない。
ここまで読んで下さった読者の皆様には、心からお礼申し上げます。
ここで物語は一段落しました。
誤字脱字をなくし、物語の整合性をとるため、自分はある程度文を書いてから投稿する形をとることにしました。
自分の勝手な都合ではありますが、次回の更新の時にも、読んでもらえたら、とても嬉しいです。
自分の拙い文章にお付き合いいただいて、本当にありがとうございました。