~第11話~
場所は再び保健室。
屋上のやり取りなど知る由もないハル達は、世間話に花を咲かせていた。
「いつ三人は知り合ったんですか?」
三人とは、楠木兄妹とミキのことだ。
「保健室でよ」
「天城さんが運び出された時に、バッタリ会って」
落ち付きを取り戻した蓮華も話に加わっているが、まだ頬は少し赤い。
「そうそう。でも、ハル君が東京に来てたったの一日で、こんな可愛い娘と仲良しになるなんてね~。このスケコマシさん♪」
「ス、スケコマシ?」
(死語だろ、それ)
と思った健吾だが、恐いので口には出さない。
「か、可愛いなんて……」
そして、蓮華はまた頬を赤くしていた。
「あぁ~可愛い~♪」
どおうやら、それがミキのつぼにはまったらしい。頬に手を当ててほんわりしている。
「はぁ……ミキさん、言っておきますけど」
「わかってるわよ、ハル君。蓮華ちゃんを助けてあげたのよね。流石、私のハル君♪」
「誰がミキさんのですか」
抱きつこうとするミキを、ハルが押し留める。
「…………」
そんな二人やり取りを見て、蓮華はある思いを抱いた。
(何でだろう……二人のやり取りを見てると……胸が……痛い)
そんな蓮華の視線に気付いたミキが、ニッコリと笑った。
「大丈夫よ、蓮華ちゃん。私はハル君のものだけど、ハル君は誰のもでもないから」
「え……な、何言ってるんですか!」
アタフタする蓮華とクスクス笑うミキ。
実は、ミキは微妙に蓮華の心を深読みし過ぎていたのだが、『もの』という言葉に敏感に反応している蓮華は、そんな事には気付かなかった。
「ミキさんも誰のものでもじゃないでしょうが」
ハルが呆れ気味に呟くと、保健室のドアが開いて、千が入ってきた。
「あ、千さん」
「ハル……もう、大丈夫?」
「はい。まだ節々は痛いですけど、どうってことありません」
「そう」
無表情の千だが、その言葉には安堵の色が窺えた。
「うちの会長は?」
「多分……上」
「そうか……こいつの結果を知ってると思ったんだが」
健吾がハルを指差す。
「そう言えば、どうなったんでしょうね?」
「そんな他人事みたいに」
ミキが呆れていると、再度保健室のドアが開いた。
「結果なら、私が知ってるぞ」
「え? あ」
保健室に入ってきた人物、神埼玲奈を見て、ハルが少し顔を青くする。どうやら、玲奈に対するトラウマが植え付けられてしまったようだ。
「なんだ、勢ぞろいだな」
玲奈は試験の時と変わらない、スーツ姿のままだ。疲れている様子も、怪我をした風でもない。それどころか、スーツには傷一つついていない。
(……俺がこんなんだってのに)
自分の身体の傷跡を見て、ハルはもう苦笑するしかなかった。
「ん……ほお、珍しいのもいるな」
千に気付いた玲奈が、少し驚いた顔を見せる。
「…………」
やはり無表情のまま、千は少し頭を下げた。
「……で、何でお前がいるんだ、楠木」
しかし、玲奈は千に何かを言うでもなく、健吾に話を振った。
「こいつとは、ちょっとした知り合いでして」
普段とは違う、恐縮した様子で、健吾が答える。
「そっちは?」
玲奈が健吾の隣の蓮華に目を向けると、蓮華は大慌てで頭を下げた。
「は、は、初めまして! く、楠木蓮華と言います! い、いつも兄がお世話になってましゅ!」
緊張やらで、自分が噛んだことすら気付いていない蓮華。しかし、そんな事はお構いなしに、顔は真っ赤だ。
「ああ、お前が……」
玲奈が何かを納得し、珍しい物を見るような目を蓮華に向ける。
(? 何だ?)
そんな玲奈に奇妙な違和感を感じたハル。
玲奈は全ての物事に達観しているイメージがあったので、こんな風に、好奇な視線を蓮華に向けることが、少しおかしかった。
「お前も桜楼に入るんだったな。私は相手が誰で、どんな奴だろうと、桜楼の生徒なら特別扱いはしない。覚悟しておけ」
「は、はい!」
厳しい言葉を言われたはずの蓮華は、しかし、嬉しそうに返事をした。
(? ん~?)
その蓮華の反応も含め、ハルが、なんなんだ、と首を傾げていたが、次の瞬間には、その疑問は記憶の奥底に追いやられた。
「よく、のうのうとハル君に会いに来れたわね、玲奈」
身体の芯が震える、地獄の底から響いたような声が、ハル達を硬直させた。
「ん? 何だ、居たのか、ミキ」
そんな中、玲奈は普段と変わらない調子で、ミキに目をやった。
「ふ、ふふ……その口、今すぐ閉ざしてあげましょうか」
ミキは相も変わらず、低い声で言う。
俯いているので、ハル達は表情を窺えないが、恐らく、蓮華が見たら気絶してしまうだろう。
「? 何怒ってるんだ?」
それでも、玲奈はいつも通りだ。
「ハル君に傷が残ったら……どうする気よ」
「……そういうことか」
玲奈はハルを見て、ようやくミキの怒っている理由がわかった。
「仕方ないだろう。そういう試験なのだから」
「だからって、最後のあれはなによ」
玲奈が本気を出して、ハルを叩きのめした事だ。
「ああ、あれは……なんとなく、だな」
その言葉で、ミキの堪忍袋の緒が切れた。
「なんとなくで……ハル君を傷つけるなー!」
「ちょ! ミキさん!」
「……落ち着いて」
玲奈に飛びかかろうとするミキを、ハルと千がなんとか抑える。
しかし、玲奈はほほ笑んで、ミキを挑発する。
「前の続きでもするか? あの時は決着がつかなかったしな」
「やってやろうじゃなーい!」
「神埼先生も挑発しないで下さい!」
「……もう、無理」
いよいよハルと千ではミキを止められなくなってきた。
「まあ、冗談は置いといて。……暴れてもいいが、これがどうなってもしらないぞ」
玲奈が左手に持った紙をヒラヒラさせる。
「? 何よそれ」
「天城の合格通知書だ」
「俺の……?」
目を凝らしたハルは、紙に自分の名前と合格の二文字が書かれていることに気付いた。
「本当だ……」
「や……やりましたね、天城さん!」
蓮華が自分の事のように喜ぶ。
「う、うん」
だが、今の状況であっさりと告げられたハルは、微妙に喜びきれなかった。
「審査員の満場一致でな。これは誇っていいぞ。……で、どうする、ミキ? ここでお前と私がやり合ったら、この紙が消し炭になるかもしれないぞ?」
「うっ! うぅ~! 卑怯よ、玲奈!」
「何とでも言え」
悔しそうに歯噛みするミキと、涼しい顔の玲奈。
この光景に、健吾とハルは心底驚いていた。
(あの神埼先生がこんなに楽しそうに人をからかうなんて……)
(あのミキさんがやり込められるなんて……)
((凄い物見たな))
「あの、ミキさん?」
「ちょっと待って、ハル君。今、どうやってあの紙を護りながら、玲奈を叩きのめすか考えてるから」
「叩きのめすって……俺は大丈夫ですから、落ち着いて下さい」
「でも」
「怪我は治してもらいましたし……俺は、ミキさんがそこまで心配してくれたってだけで十分ですから」
「ハル君……」
ハルの笑顔を見て、ミキも冷静さを取り戻した。
「そう、ね……わかったわ」
目を閉じて、息を整えたミキが、玲奈を睨む。
「今回はハル君に免じて許してあげるけど、学園でハル君をいじめたりしたら、今度こそ許さないからね」
「はいはい。肝に銘じておくよ」
クックッと笑う玲奈。
「……なあ、東雲さんって何者なんだ?」
「それは……あはは」
何と答えてよいかわからず、曖昧にほほ笑むハル。
「さて……天城ハル」
今までと違う、厳かな声でハルを呼ぶ玲奈。
自然と、保健室が緊張に包まれる。
「お前を桜楼の特別入学生として迎える。努力を怠らず、才能を開花させて精進せよ」
「は、はい!」
玲奈から合格証を受け取ったハルの顔が綻ぶ。
周りを囲むミキ達も、そんなハルを温かい目で眺めている。
「始業は三日後だ。それまでしっかり休め」
「はい……あの、神埼先生、一ついいですか?」
「何だ?」
「あの……冬樹さんはどうなりました?」
「気になるのか?」
「ええ。まあ……初めて、正々堂々闘った人なんで」
ちなみに、ルークは実力が違いすぎるし、ハルは最初から逃げるつもりだったので、正々堂々とは言えなかった。
「本当は非公開情報なんだが、まあいいだろう。冬樹五月も合格だ。……あいつも、生い立ちを考えたら当然の結果なんだがな」
「生い立ち?」
「……なんでもない」
玲奈は明らかに、言いすぎた、という顔をした。
「?」
「なんにせよ……お前達には、特に、容赦しないから、覚悟しておけよ」
特に、を強調して蓮華とハルに告げて、玲奈は保健室を出た。
「嬉しいはずなのに……今の一言で凄い憂欝になっちゃった」
「私もです」
ハルと蓮華は同時にため息をついたのだった。