表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/57

~第9話~

(これは……マズイ。非常にマズイ)

 黒スーツの女性を見上げているハルは、相手と自分の力量の差に改めて驚愕していた。

(あのルークって人が、優しく見える)

 もちろん、ハルはルークにもどう足掻いても勝てないが、目の前の女性はそれ以上の≪化け物≫だった。

(……とんでもないな)

 思わず、苦笑してしまうハル。こんなことを感じたのは、怒った≪竜≫を前にした時以来であった。

 隣にいる五月も、ハルと同じ様なことを思っているのだろう、顔から汗が噴き出している。

 そうして、三人のにらみ合いがしばらく続いた。

 誰も、動かない。

 ハルと五月は、動けない。

「……さて」

 唐突に、女性が呟き、二人は限界まで神経を研ぎ澄ました。

 はずなのだが、

「がっ!」

 気付いた時には、ハルの隣にいた五月が吹き飛ばされていた。

 そして、その場には、拳を振りぬいた状態の女性が立っている。

「っ!?」

 ハルの全身に緊張が走るのと同時に、女性と目が合った。

(来る!)

 直後、女性の右腕がハルの顔面を襲った。

「くっ!」

 その豪速とでも言うべき攻撃を、ギリギリで避けるハル。

 顔の横を、突風が吹きぬけた。

(よく避けた、俺!)

 そのまま、間を置かずに、ハルは右の拳をカウンターとして繰り出す。

 すんなりとカウンターが出たのは、反射に似た行動だったのだろう。

 しかし、今回はそれが災いした。

「甘い」

 女性は、そっ、と左手をハルの右腕に添えて、簡単にその軌道を逸らせてみせた。

(っ!? 完全に見切られてる!)

 お互いの腕が交差し、再度目が合い、女性が呟いた。

「確かに……良い目をしている」

「っ!?」

 女性は交錯した右腕を曲げ、ハルの右腕を自分の腕と肩で固定した。

(やばい! 動きが!)

 ハルは自由な左腕で女性の顔を狙った。

 だが、やはり女性のほうが何枚も上手だった。

「腕に気を取られ過ぎだ」

 単純な足払い。

「っ! が!」

 それだけで、ハルは簡単に倒されてしまった。

(馬鹿か俺は!)

 自分の注意力の散漫さを悔いるが、もう遅い。

 背中から倒されたハルの顔に、女性の左拳が迫る。

(っ!)

 ハルは、ありったけの氣を左腕に集め、女性の腕を寸での所で掴んだ。

 女性の攻撃が余りにも速かったので、ハルの顔を中心に突風が発生した。

「ほお」

 少し驚いたような声をあげる女性。まさか、止められるとは思わなかったのだろう。

(と、止められた)

 ハル自身もこれには驚いていた。

 この時、素人と言ってもいいハルがかなりの密度の氣を操れたのは、五月との闘いで≪空歩速≫が成功したことと、持ち前のバトルセンスがあったからだろうが、それだけだはない。

「火事場の馬鹿力、と言うやつか」

 窮地に陥った者が、普段では考えられない力を発揮する。潜在能力、という奴である。

 今の動きは、殆ど無意識的にその潜在能力を行使した結果だった。

 だから、ハルも驚いている。

「…………」

 自分の左腕と、女性の左腕を、ハルはじっと見た。この時のハルは、≪違う意味≫で驚き、困惑していた。

(今の……?)

「ぐっ!」

 そんなハルを、女性は無造作に蹴飛ばした。

「さっきのは、中々の集中力だったぞ。天城ハル」

「はぁ、はぁ……俺の名前を……?」

「さっき、男の鬼とやり合っただろう」

 ハルの頭にルークの顔が浮かんだ。

「それに、もう一人、お前の知り合いからな」

「……ミキさん、ですね」

「そうだ。昨日、ミキがお前のことを楽しそうに話すから、私も興味が出てきてな」

(……恨みますよ、ミキさん)

 ため息をつくハル。しかし、その表情は、柔らかい。

「でも……そうですね……うん」

 ハルは何かを納得し、頷いた。

「ミキさんの名前を聞いて、少し落ち着きました。やっぱり、今の俺にはあの人がいないと駄目みたいです」

 自嘲気味に呟くハルだが、その雰囲気に恐怖や緊張は窺えない。

「落ち着いて……それで、どうするんだ?」

「変わりませんよ」

 腕組みをしながら尋ねる女性に、ハルはほほ笑み、腰を少し落として答えた。

「やれるだけやる、です」

「……ふん……面白い」

 女性は口を緩め、腕組みを解いた。

「【神埼かんざき玲奈れな】。私の名前だ。とことん付き合ってやる……来い」

「行きます……ふっ!」

 ハルは脚に氣を溜め、一息で玲奈に近付き、右脚の蹴りを放つ。≪自分の意思≫で氣を操ったハルの速さは、今までとは段違いだった。

(やっぱり、あの感覚が氣の応用だったんだ)

 空歩速を使った時と、ついさっき無意識に氣を操った時で、ハルは氣の使い方を理解していた。

(これだったら!)

 防御された蹴りに続いて、左手に氣を溜め、玲奈の腹目掛けて振り抜く。

 しかし、いくら氣の応用を理解したとは言え、それが付け焼刃である事に変わりなかった。

「遅い」

「っ!? がっ!」

 ハルは玲奈の右拳を腹に受け、吹き飛ばされてしまう。

(明らかに、俺より出だしが遅かったのに!)

 ハルは、一瞬前まで玲奈の右手が腰元にあったのを、確かに見ていた。しかし、ハルを遥かに上回る速さで、玲奈は拳を振り抜いていた。左肩の怪我を差し引いても、玲奈の速さには遠く及ばない。

 着地し、口元を拭うハル。

(そもそも、根本的なレベルが違いすぎるんだから、やっぱり何か考えないと)

 しかし、玲奈はルークのように、魔法を使う気配もないし、[桜舞]を使う隙も与えてくれない。

(桜舞は、大振りの攻撃と数の攻撃を避けるの専門だからな。だからと言って、逃げられるはずもないし……だったら)

 ハルはゆっくりと息を整え、静かに、その場から≪消えた≫。

「ほお」

 音も、気配も消して移動するハルに、玲奈が驚く。

(氣の応用が素人とは思えないな……さて、どうでるか)

 一見、その場にいるのは玲奈だけに見える。だが、冷静に、息を殺して、ハルは攻撃の機会を窺っていた。

「…………」

 そして、玲奈が右手を横に突き出したのと同時に、パァンと音が鳴った。

 ハルの攻撃が防がれた音だ。

「く、そ!」

 ハルが右腕を突き出しながら歯を噛み締める。

「ルーク先生とミキが、お前を天才と言った理由がわかったよ」

 だが、玲奈は意外にもハルを褒めた。

「今の一瞬で数十もの攻撃パターンを『私に予測させた』。中々出来ることではない」

(やばっ!)

 玲奈の左手が動いたのを見て、ハルがその場を跳び退こうとしたが、

「だが、まだまだ、だな」

「が、あぁ!」

 その前に、玲奈の拳が五発叩きこまれた。

(ま、全く見えなかった)

 身体がよろけ、意識も飛びそうな中、ハルは玲奈の右拳に力が溜められているのを見た。

(あれを……食らってたまるか!)

 歯を食いしばり、腹から、肩から出血するのもお構いなしに、ハルは右手に全ての力を込める。

「あぁぁー!」

 瞬間、ハルの右拳と玲奈の右拳が真っ向からぶつかった。

 地面が陥没し、そこを中心に衝撃波が撒き散らされる。

「はぁ、はぁ」

「本当に……面白い奴だ」

 今の玲奈の一撃は、かなり力を込めた、ハルでは絶対に耐えられない攻撃のはずだった。

 しかし、ハルはその攻撃を真正面から迎え討ち、相殺した。

「……はぁ、はぁ」

 息の荒いハル。もう限界をとうに超えているのだろうが、その目は未だに闘争心に燃えている。

「……いいだろう」

 そこで、玲奈が口を開いた。

「お前の気概に敬意を表して、私の本気を見せてやる。ありがたく思え。こんな事をするのは、お前が初めてだ」

「?」

 その言葉の意味をハルが理解した頃、彼は遥か上空にいた。

「……へ?」

 思わず、間抜けな声が出てしまう。

 目の前に広がるのは、大きな青空。地面に足がついていない。

 理解出来ない状況の中、感じるのは、背中の激しい痛み。

(……もしかして……吹き飛ばされたのか、俺)

 玲奈が、ハルの感知できるレベルを遥かに超えた速さと力で、ハルを上空に吹き飛ばした。そうとしか思えなかった。

(だとしたら……本当に……化け物……だな)

 疲れやら、痛みやら、今の状況やらで、段々とハルの意識が朦朧としてきた時、玲奈の声が聞こえた。

「安心しろ。殺しはしない……精々、半殺しだ」

(全然安心できない。それにしても、本当に……世界は広い)

 ハルが心中でそんな事を思った瞬間、ハルは上空から一瞬で地面に叩きつけられ、意識を失った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ