第二十話:時間魔法を破れ!
それからの試練はトントン拍子に進んだ。
「我は北風様なりー!」
「余は太陽殿ぞ!!」
「とうっ!!」
私が起こした風にジャンナがペンタクルごと乗っかり、空にジャンナの魔法が飛び散る。
それを見てガイコツ伯爵がカタカタと体を鳴らしながら叫ぶ。
「よし!二番目の試験、合格だ!」
「おりゃ!!」
「ちょっと!乱暴しないで!アタシあんたみたいなガサツな子無理だわ」
「あ?森の妖精だったか?そんなもんこっちから願い下げだね」
ラロの手に燃える真っ赤な炎が、目の前に立ち塞がる森の妖精こと試験目がけて飛んでゆく。
「ぃよし!!でかした!三番目の試験合格じゃ!」
炎によって森の妖精とか名乗る奴がバサッと倒れると同時に、すっかり興奮しきったガイコツ伯爵が骨をポキポキ鳴らす。
「試験って後一体何回あるんだ?」
額の汗を拭ったラロがさっきとは大違いなボケェっとした顔をこちらに向けた。
今までクリアした試験は、ガイコツ伯爵、北風様と太陽殿、森の妖精、とどれもネーミングセンスを疑う物だ。
「ラロ眠いの?」
コクりと首を縦にふるラロは、それでもトボトボと『星の宿りし泉』目指して歩く。
「もう大分歩いているけれど・・・・・この森、凄く広いのね」
「実際の距離はこんなに広く無いのじゃ。この試験の為に、校長が我が輩達の歩幅は著しく妨害しているのじゃ!」
魔法でな!といとも簡単に説明するガイコツに、私はふと思い付く。
「じゃあ、この道は変わってなくて、私達の歩くスピードが遅くなってるって事?」
「そーゆーことじゃ」
私は立ち止まり、持ってきたカバンの中から魔法で縮小された魔法理論の教科書を取り出した。
「淋漓?」
「ジャンナ、魔法理論には時間に関する魔法への防御法があったよね?」
ポンっと教科書が大きくなり、私はページをパラパラと捲った。
「ええ。有るわよ。数式で時間魔法を書き替えて、時間をコントロール出来るわ。でも、とても難しい数式よ?」
ジャンなの話を聴きながら私は教科書を見る。
教科書の一ページに広がる数式。
これだ。
「でもこれを解けば、時間魔法も解ける。つまり、歩くスピードが元に戻る」
「淋漓、まさか解くつもり?」
「うん、やってみる」
私はペンと紙を取り出し、猛スピードで数式を解いていく。
「ほう・・・・。彼女は数学が得意なのかね?」
「そうだよ。魔法理論の先生が泡吹くふらい」
「でもこの数式は五年生で習う位高度よ。もし失敗したら・・・」
「お前も野暮な心配するね。俺らが信じなくて誰が信じるよ」
私の脳中を自由に動き回る数字。回路を伝い数式が流れ込んで行き、全身が数字一色に染まる。
この感覚はいつも変わらない。
ガリガリと素早く動かすペンと平行して、私は脳内の数式の中を泳ぐ。
指先に伝わる神経と脳から伝わる神経が交差する瞬間に解答が見える。
「解けた!!」
杖を向け呪文を唱えると、私の真下に金色のペンタクルが発動した。
「やったわ成功よ!」
ジャンナがとっさに飛び付いたのはラロの腕。
二人はぎょっとしあい、目を反らす。
「ほら早くペンタクルの上に乗って!」
ジャンナとラロは気まずそうに視線を交わしながら、いそいそと歩いてくる。
「ふん、若いのぅ」
先に来たガイコツが胡坐をかきながら呟いた。
四人がペンタクルに入った所で丁度ペンタクルが動きだし、下の文字が円に沿って、文字が高速にぐるぐる回りだした。
次第にゆっくりになり止まった後、ペンタクルは静かに消えた。
「?これだけ?」
「これで元に戻ったのかしら?」
「歩いてみよう!」
私達はとりあえず歩いてみる事にした。
「しかし君の計算力には驚いたわい」
隣を歩くガイコツが、その頭蓋骨をこちらに向ける。
不気味極まりないが、若干笑っているように見えた。
「小さな頃から計算だけは得意だったみたいですから」
「ヒッヒッヒッ。そうかね。その能力は一生の宝じゃ、親に感謝するんじゃな」
一生の宝。
確かにそうかもしれない。
ふと母親と父親の顔が頭に浮かぶ。小さな時に亡くなったから、あまり覚えてないけど。
不思議と大きな悲しみは無かった。ちょっと寂しい時期とかはあったけど、何だか近くに両親が居るような気がしてそこまで辛くなかった。
「そうですね、大切にします」
後ろではまだ何やら二人が痴話喧嘩モドキをしている。
「うむ、それが良い。我が輩は君達を誇りに思う」
「え?」
「流石彼、ジャック・アレクサンダーが率いるクラスじゃのー」
嬉しそうに喋るガイコツ。
「伯爵はジャックを知ってるんですか?」
「知っているとも。彼が生きた時代をわしはちゃんと見ておった」
頭蓋骨にも表情がちゃんとでるんだなぁ、なんて考えた。
その時本当に微笑んだから。
伯爵の黒い目の窪みが遠くを見つめている。
「どんな人だったんですか?」
「それはもう、勇敢じゃった。心は強く、優しく、そしてイタズラも好きじゃった」
私は笑った。
伯爵も笑い私に微笑みかける。
この世界に来る前の私が見たら、有り得ないと大爆笑するに違えない。
それぐらい、可笑しな事で溢れている魔法界。
何だかとっても、
「面白い。」
一度ハマったら抜け出せない。
そう考え私は笑った。
「むっ!アレじゃ!星の宿りし泉じゃ!!」
カタカタと音をまくし立てて走りだすガイコツを、私達は追いかけた。
◆
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「校長先生」
「ふむ、決まったかね?」
「えぇ、ご覧ください」
飛行術を教えるムーン先生が、手元の水晶玉を校長先生に向ける。
「よくやったのー、本当に彼らは最高の生徒じゃ」
「彼女等は間違えなく素晴らしい魔法使いになるでしょうね」
校長が一つ笑い、講堂の壇上に上がり手を叩く。
「どうやら一位が決まったの」
今度は校長の声に、講堂にいる生徒が息を飲む。
水晶玉をこねくり回している占星術の先生が、何かに驚いた様な顔をしている。
予言でもしているのだろう。
「優勝は、アレクサンダークラス!!」
校長の叫びと共に騒ぎだす講堂。
つまらなそうにチキンをかじる者や、歌を歌いだす双子、早速妹の自慢を始める奴に、その隣で満足そうにチョコレートジュースを啜る者。
ダンスパーティーも盛り上がって、いよいよラストダンスに入る。
年に一度の星願祭は、盛大に佳境を迎える。