第二話:迷い込んだ世界
「えっ?……ここどこ?!」
突然目が覚めた様な感覚におそわれ、私は息を呑んだ。
今のは夢?
随分現実的な夢だと、辺りを見渡すと色々な店が両端に所狭しと並んだ道に立っていた。
道行く人達は笑顔で、そして大きな荷物を抱えながら呆然としている私の横を通り過ぎていく。
「はい、どいたどいたー!!」
いきなり大きな声が上空から聞こえた。
何事かと上を見ると、なんと箒に乗った少年が私の頭スレスレに物凄い勢いで飛んで行った。
「箒が、空を飛んでる!?」
狭い道のど真ん中で私は大勢の人々にモミクチャにされながら唖然としていた。
建物等の雰囲気からして日本ではない。
地面だってレンガ造りだし、周りの人達も明らか日本人では無い。
オマケに皆着ている服は黒とか紺とか・・・、頭には三角帽子被ってるし・・・。
そして更にオマケがある。殆どの人が箒を担いでいるのだ。
・・・・・・まさか。
「こーれはまさか・・・・・・」
身体がツンドラ気候になってきたその時―――
ダンっ!!
背中に衝撃があり、前につんのめった。
「?!」
「「おっと!お嬢ちゃん、ぼーっとつっ立ってたら危ないよ」」
「すみません。・・・・・!」
振り向くとそこには双子の男の人達が、脇に荷物を抱えながら立っていた。
だが、んなことどうでもよかった。
「扉は!?」
扉が無くなっていた。私が通って来たあの扉。びっくりして扉のあった場所に駆け寄る。
「扉?」「扉って?」「さぁ?」
テンポのいい双子の会話が虚しく響く。
ヤバイ。
ヤバイぞこれは。
帰れなくなった。
増えて欲しくないオマケが日本の借金額の如く増えていく。
そして私の脳裏にある一つの、考えたくも無いしかし物理的にありえんだろうとかたずけてしまうには少し無理のある状況に陥ってしまったなんて不幸な結城淋漓明日から普通の高校生になるはずだった私は、今どこに居るのか考えがよぎった。
「どうか勘違いで有りますように」
双子を振り替える。金髪に緑色の瞳、人の良さそうな顔が二つずつ。全く見分けがつかない。
「あの聞きたい事が有るんですけど」
「「どうした?」」
「ここはどこですか?」
◆
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綺麗な金掛かった銀髪が歩く度にふわふわ揺れる。
肌は真っ白で青い瞳、お人形の様な顔。
少し変わった雰囲気を纏った彼女は、ニコニコしながら学校前街道を歩く。
〈レモンレモン〉と看板がかかる店に入る。カランカランと音がなる。
「こんにちは。占星術魔本下さい」
「あらジャンナ!久しぶりね!」
「お久しぶりベティおばさん」
少しぽっちゃりしたこの占星術専門店のオーナー、ベティは本棚から二冊取り出した。
「明日から新入生ね!おめでとうジャンナ、この魔本はあげるわ!入学祝いにっ!」
「いいの?!ありがとうベティおばさん、私あの、世界一の魔法学校で頑張るわ!」
ふんわり笑うジャンナ。
「素敵よ、ジャンナ。貴方なら絶対に素敵な魔法使いになれるわ!」
くるりと回りながら店のドアノブに手を掛けベティに振り返る。
「ありがとう、ベティおばさん。
パンドラ魔法学校で魔法を学ぶのが、私の夢だったんだもの!頑張るわ!」
◆
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辺り一面がお菓子おかしオカシ。
今私はこの双子に連れられ、お菓子専門店〈レインボーカクテル〉に居た。
店主は十本近くの杖を使い、飴玉がぎっしり詰まった瓶やペロペロキャンディー、クッキー缶などをあちこちの棚に移動させている。
目の前をゆっくり通り過ぎていくパステルカラーのマシュマロを目で追った。
「何ていうかまぁコレは何ともいえないけどアレでソレな。」
思いっきり『魔法』だ。
まん丸の眼鏡をかけシワシワの手で杖を使い、その杖だけで大量のお菓子の整頓をしている姿は紛れも無く魔法使いだった。
「大丈ー夫!」「心配しなくても俺達はー!」「「常にひとーつ!!」」
なにやら訳の解らない事を言っている双子を無視し、お菓子屋さんの窓から外を見た。
「何つまんなそうな顔してんだよ!」
「そんなんじゃ、幸せが逃げるぞ!」
既に私の幸せは終わっている。
その時私に棒が着いたペロペロキャンディを投げて来た。
赤と透明の水飴で出来たキャンディ。
「食べなよ!」「それはきっとトマト味さ!」「いや違うねあれはパプリカ味だ!」
さっきっからまともな会話一つしてない彼らだが、多分私を慰めようとしてくれてるのだ。
「でも私お金持ってないの」
「聞いたかいルナ!」「ああルカ!キャンディ代位」「「淋漓!俺達に任せろー!!」」
カラーマシュマロを頬張った二人の名前はそれぞれルカ、ルナ・マッカーシーと言うらしい 。
双子曰く。
ここは魔法の世界。ここの名前はミストダイヤ地区。
この通りは、学校前街道と言い、この道を真っ直ぐ進むと、世界五大魔法学校の一つ『パンドラ魔法学校』が有るらしい。
この学校、明日から新学期らしく、この通りにある店で魔法具や教材を揃えるらしい。
だからこんなに人が沢山居たのだ。
いやしかし。
すっげーなー。
魔法界。
・・・・・どうなる私。
そんな所に『魔法使えない』『一文無し』『そもそも魔法が存在するの初めて知った』で放り込まれた(自分から入った)私は既に考えを放棄していた。
もうここまできたらなるようになれ。
思えば私の人生、短く寂しく儚かった。
そんな風に感傷に浸っていた私の足に、何か暖かい毛が触れた。
足元を見ると、真っ黒な猫が私の足に擦り寄ってきた。
ルカルナが、ハットクッキーをお互いの口に入れながら囁く。
「ニックだ。」「黒猫ニック!」「「気を付けろ!爆発するぞ!」」
ボォン!!!
双子が見事ハモリを披露したときには時既に遅し。
黒猫から薄ピンク色の煙がもくもくと出る。
その煙は店中に充満し、店主がフガフガと慌てているのが気配で伝わってきた。
げっほんげっほん咳き込む中薄目を開けると、煙の中から表れたのは、人間だった。
なんたるこっちゃ!
「なるほどコレが魔法の力か」
目の前に表れたのは、艶々の黒髪に透き通った黄金色の瞳、陶器の様な白い肌。………整いすぎている。
スラリと高い身長に纏うのは真っ黒なローブ、胸元にエンブレムが着いている。
周りの煙が消えた頃、その男の人が口を開いた。
「結城淋漓で合ってる?」
思わず見とれてしまっていたが、何とか我にかえる。
というか何故知ってる。
「は、はい。そうです」
スッと細められた目が私を見透かしているよう。
少し面倒くさそうな表情を浮かべた後、ダルそうに口を開いた。
「僕の名前はニック。君を呼びにきました」
「ん?え?」
口調も話の内容も面倒くさそうだ。
ニックの両端からルカとルナが顔をひょこっと出す。
「ニックは見た目はホラーだけど!」「実際はあったまいいし!」「実は優しかったり慈悲深かったりしちゃうー!」
ギロッとニックは二人を睨む。
「うるさいぞ。黙れ」
この二人が言うなら怪しくは無いらしいけど、何故私を呼びに来たんだろう?
「行くぞ、着いてこい」
有無を言わせぬ口調と視線に私は、厄介だと思っても着いていくしかない。
「心配するな淋漓!」「あいつに着いて行けば危険は無い!」「「行ってこーい!!」」
「二人共、キャンディをありがとう、それと他にも色々教えてくれてありがとう」
「いいって事よ!」「またな淋漓!」「「そんじゃねーー!!」」
二人に背中を押され、ニックの待つ店の外へ繋がるドアに手をかけた。