第十二話:動きだす闇
あ、あの門がある・・・・・・。
いつもこの夢ばかり見ていた・・・。
私がこの世界へ来たあの扉・・・。
一面の草原に綺麗な青空、その下に壮大に構える門。
いつも雨が降っているのだが、今は降っておらずそよそよと気持ちのいい風が吹いている。
フサフサの草の上を歩き門の前まで行く。
レンガで作られた丈夫そうな門に、分厚い木で出来た扉がはまっている。
相変わらず門は立っているだけで、この扉がどこに通じるのか解らない。
見ただけでは同じ草原に繋がりそうなのだが、きっと違う。
私は確かにこの扉を開けて魔法界に来た。
トンっと扉を触ってみる。
暖かい木の感触が伝わった。
このまま元の世界に戻ってしまおうか・・・・。
「淋漓・・・・・・」
突然後ろから声がし、驚いて振り返る。
「・・・・・貴方は・・・」
赤く揺れる前髪の間からエメラルドグリーン色の瞳が私を真っ直ぐ見つめていた。
夢でしか見た事のない人なのに、何故か何処かで見た気がするその人物が少し笑い口を開いた。
「私の名前はジャック」
右手を胸にあて自己紹介する彼は、いつも見る門の夢に出てくるあの人だった。
しんとしたその空間でその声は、まるで私の耳のすぐ傍で喋っているかの様によく響いた。
数メートル先に立つジャックは、長く降り続く雨の下でずぶ濡れになりながらも門に向かって泣き崩れる青年の顔と一致する。
しかし彼の今の顔は穏やかに笑っていた。その笑顔はまるで優しい光の様で。
「淋漓、恐がらないで聞いて欲しい」
黒いローブに身を包んだジャックは、一歩私に近づき耳元で囁く。
その仕草はまるでこの空間に私たち以外の人が居て、その人たちに聞かれてはまずい事でも喋るかのようだった。
風が微かに動く。
「いいかい?パンドラ魔法学校アレクサンダー寮の談話室、マントルピース(暖炉)の前で、こういうんだ」
さっきまで晴れていた空にどんよりした雲が覆い被さる。
風が強くなり地面の草が騒めく。
「 」
ジャックの声をかき消すかの様に風が私たちをつつみ飛んでいく。
その風は少し湿っているような気がした。
「分かったね?淋漓、もうお行き」
ジャックの手が背中を押すと同時に、空から雷の音が轟く。
もう直ぐ雨が降るのだ。
「待って、貴方は誰?どうして私の事知ってるの」
ポツン、ポツンと水の雫が頬っぺたに落ちてきた。
ジャックは少し笑って更に私の背中を押す。
「さぁ、早く。直に嵐が来る。大丈夫、淋漓なら大丈夫」
だから何が?貴方一体?
何故私の夢に・・・?
最後の言葉は言葉にならず、私は目覚めた。
◆
◆
◆
「淋漓!?」
「・・・っ。な、何?」
「さっきからぼーっとしてばかりよ?体調でも悪いの?」
目の前に陳列する食事の山、学校の食堂にしては豪華過ぎる昼食を私とジャンナはとっていた。
けれどいつの間にか、今朝の夢ばかりを考えてしまう。
今日一日ずっとそうだ。授業中も移動中も・・・。
「ねぇジャンナ」
「うん?何?」
「ジャンナは不思議な夢とか見る?」
「夢?」
キョトンとするジャンナに私は事の経緯を簡単に説明した。
するとジャンナは肩からぶら下げていた小さなポシェットの中から大きな本が出てきた。
これは魔法でどんな大きな物も収納出来る便利なポシェットだ。このポシェットの中には沢山の魔法具が入っているらしい。
「見てこれ。古くから魔術や魔力には夢と密接な関係がある、と言われてきたらしいわ」
ジャンナが開いたページには白黒の絵が描かれており、その隣に長い文字が陳列している。
「色々な説があるの。でも昔から魔力と夢には何の関係も無いと説く人は常に少数派」
ジャンナは声を少し潜めて続ける。
「これから起こる事を夢で見てしまったり、夢に出てくる人物や風景が何か自分にとって重要な事を指している事が多いのよ」
「夢に出てくる人物や風景・・・・」
私の脳裏にジャックと扉が映る。
「何を意味してるんだろう?」
ジャンナはチキンをむしゃむしゃしながら、少し考える素振りした後、突飛な事を言い出した。
「寝ている間の出来事の相談は眠りの達人に聞きましょう!」
「眠りの達人って何?誰?」
「ラロよ!アレならきっと夢のシステムも解るはずよ!」
ナプキンでさっと口を拭いたジャンナが席を立ち上がる。
私は食べかけのマフィンを口に詰め込み、ジャンナの後を追った。
「ラロはどこに居るのかしら?」
男を毛嫌いしていたジャンナが自分でラロ(男の名前)を言った。
しかも頼りにしている。しかも自分から探している。
明日は雪かな。いや雪で済めばいいけど。
「今失礼な事考えたわね」
「・・・・・・。でも珍しいね、ジャンナ男の子嫌いでしょ?」
「嫌いよ、冗談じゃないわ。でも・・・・」
廊下で私の先を行くジャンナの言葉が切れた。
「ジャンナ?」
「初めてなの。兄さんにあんな事されても仲良くしてくれた子」
そういうことか。
嬉しそうに喋るジャンナの顔は前に向けられているから顔は見えないけど、きっと嬉しそうな顔してるんだろうな。
そう思いながら私も笑って、この前のキリルに殺されそうになった件を思いだす。
あれから私は見事に風邪をひき、ラロの熱とジャンナの冷えピタ(何であんの?)で看病された。
私からみたら裁判沙汰同然の災難だが、ジャンナにとっては思わぬ転機となったらしい。
「あっ!でも好きとかそういうんじゃないわよ!?そこ誤解しないでね!」
慌てた様に言ってくるジャンナは可愛かった。
「いい!?」
「はいはい」
私たちはラロと合流するべく、彼の眠っていそうな場所を旅した。
◆
◆
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「はー?夢?システム?知るかんなもん」
面倒臭そうに箒を加速させるラロ。
本日五時限目の授業は飛行術。
ニックに教えてもらった事もあり、私は箒を大分コントロール出来るようになった。
「ラロはいつもどんな夢を見てるの?」
時々飛んでくる障害物を避けながらラロは淡々と喋りだした。
「そりゃもう沢山。綺麗なお姉さんとデートに行く夢、ふかふかのベッドで寝る夢、空を飛ぶ夢、雲を食べる夢、闘牛場にたたずむ夢、星が落ちてくる夢、好物のどら焼を食べる夢」
どら焼・・・・・。
「ラロは不思議な夢を見たりしない?」
「不思議?って具体的にどんなん?」
「んー全く意味が解らないんだけど、何か違うの。忘れちゃいけない様な夢」
ラロは少し考えたが、首を横に振った。
「夢って結構すぐ忘れちゃうからさあ。結構記憶に残ってる方が稀だよ」
「そっか」
「ま、その事はまた夜考えましょう。三人だったら何か解るわよ」
そう言いながらジャンナが下降して行く。
「そうだね」
その後を追う私とラロ。
「カルガモの親子みたいだな!」
カハハハと豪快に笑うラロと私は母親の後についていった。
◆
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白と黒の大理石で出来た、チェスボードのような床。
その上に立っている長身の男。
その周りに飛ぶ気持ちの悪い生き物、コウモリだ。
手には水晶玉が乗っており、今さっきの淋漓達が映っている。
「カルガモの親子かぁ」
ニタリと歪む口。
「後一つだ・・・・・後、一つ!」
紅い目がギラギラと光り、水晶玉を持っている手に力が入って行く。
パリィンッと音を発し水晶が粉々に砕け散る。
その音と共にコウモリが部屋から出ていく。
そして男は嗤った。
「待っていろ、結城淋漓」
そう言った彼の手から一羽の鴉が飛び去った。
◆
◆
◆
「ん?」
今、何か声が聞こえた気がする。
低い男の人の声の様な・・・・。
けど、聞いた事の無い声だし、
「気のせいか」
赤い絨毯を踏み、ジャンナとラロの待つアレクサンダー寮談話室、マントルピースの前へ急いだ。