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氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁  作者: 瑞原唯子


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第29話 彼女の選択

 葬儀のあと、アイザックたち一家はカントリーハウスの一室に集まっていた。

 今後のことを話し合うためである。

 あとひと月でシーズンオフということもあり、両親はそのまま領地に残ることになった。祖父が受け持っていた仕事を引き継いだり、名義を変更したり、挨拶まわりをしたりとすべきことは多いのだ。

 それだけでなく祖母が心配だというのも理由のひとつである。葬儀には参列したものの、それ以外はずっと部屋にひきこもっているという。アリアを避けるというより憔悴しているのが大きいらしい。

「僕はすぐにでも王都に戻るよ。仕事もあるし」

 弟のショーンは淡々とそう告げた。

 まだ腕を吊ったままなので近衛には復帰してないはずだし、本部の雑務なら休んでも差し支えないと思うが、仕事のことはあくまでも王都に戻るための口実なのだろう。

「わかった」

 父もそのくらい気付いていないわけがないのに、何も言わなかった。無理に残らせるほどの用事はないので、本人の望むとおりにしようということかもしれない。

「アイザックも王都に戻って仕事だな」

「ええ……」

 父のほうから確認されてアイザックは首肯する。

 中断した仕事もあるので、ひとまず一度は王都に戻らないといけないだろう。シーズンオフには再びこちらに来ることもできるが、アリアと楽しめるような状況でもないので、正直あまり気が進まない。

 とはいえ父に請われれば断らないつもりではいる。何かと忙しいだろうし、次期領主として手伝えることがあれば手伝わなければならない。しかしながら父にはそれ以上のことは何も言われなかった。

「あ……あの……」

 いままで沈黙していたアリアがおずおずと切り出した。一斉にみんなに振り向かれてビクリとするが、それでも逃げることなく父のほうを向いて言葉を継ぐ。

「わたしはこちらに残ろうと思います」

 思いがけない発言に、アイザックは隣を見たまま声もなく目を見張る。

 アリアは王都に戻るものとばかり思っていた。かつてのように良くしてくれているならともかく、いまは『厄災の姫』として眉をひそめられている状況だというのに——父も同じことを考えていたようで渋い顔になる。

「なぜだ?」

「わたしにも何かできることがあると思うので」

「しかしな……君がつらい思いをすることになるのだぞ」

「それでもお役に立ちたいんです」

 その声には縋るような切実な響きがあった。

 贖罪のつもりなのか、あるいは自らを罰するつもりなのか——アイザックはグッと奥歯を食いしめる。いままで親しくしていたひとたちの急な手のひら返しに、彼女が傷ついていないわけはないのだ。

「アリア、君は『厄災の姫』ではないし、負うべき責任などない」

 横からゆっくりと言い聞かせるようにそう伝えたが、アリアはひどくつらそうに苦しそうに思い詰めた表情のまま、そっと目を伏せる。

「だとしても、このまま帰りたくはありません」

 白い睫毛が震え、こころなしかアクアマリンの瞳も潤んでいるように見えた。アイザックはギュッと胸が締め付けられ、ここに置いていくわけにはいかないという使命感に駆られる。しかし——。

「アリアが望むのならそうしましょう」

 母は静かにそう言った。

 思わず咎めるように睨むが、その氷と評される絶対零度のまなざしにも彼女は動じず、背筋を伸ばしたまま平然とアイザックに言葉を返す。

「言いたいことがあるならあとで聞きます」

「……承知しました」

 その後、アイザックとショーンがいつ出発するか、どの馬車を使うか、公爵家の仕事をどうするかなどの話し合いがなされて、この場はおひらきとなった。


「父上、母上、アリアの件でお話があります」

 解散後、さっそくアイザックは両親が滞在する部屋を訪れた。

 先刻「あとで」と言われて素直に引き下がったのは、アリア本人を前にして議論するのが憚られたからだ。彼女のいないここでなら率直に意見が言える。母が「あとで」と言ったのもアリアを慮ってのことかもしれない。

「お座りなさい」

「失礼します」

 ローテーブルを挟んで両親と向かい合わせに座る。そして侍女がお茶を出すのを待つことなく、さっそく強いまなざしで両親を見据えて口を開いた。

「わたしはアリアを残らせることには反対です」

 さきほどの態度からして言うまでもなくわかっていただろうが、父も母もまずは黙って聞いてくれた。そして一拍の間をおき、母はうっすらと目を細めてどこか呆れたように小さく息をつく。

「アリアの意思は尊重しないのかしら」

「負わなくていい責任を負おうとしているだけです」

「でも無理に連れ帰ってもアリアは納得しないわ」

「それは……」

 確かにそうかもしれない。さきほどの「お役に立ちたい」と必死になっている彼女を思い出すと、言葉を尽くしたところで自分にも誰にも納得させられる気がしない。

「だからといってここにいてはアリアが傷つきます」

「果たしてそうかしら」

 そう返されて怪訝なまなざしになる。

 アリアに向けられた態度がどんなものだったかは、母も知っているはずだ。それなのになぜそんなことが言えるのか——その疑問に答えるように、母は凛然とした表情を崩すことなく言葉を継ぐ。

「王都に連れ帰っても、あなたは仕事に行くのですからアリアはひとりでしょう。あの子の意思を蔑ろにして連れ帰り、屋敷に閉じ込め、傷ついたままひとりぼっちで放置して……そのほうがよっぽどかわいそうではないかしら」

 グッ、とアイザックは答えに窮した。間髪を入れず母が畳みかけてくる。

「ここにいればわたくしが寄り添えます。わたくしの手伝いをしていれば気が紛れるでしょうし、役に立っている実感が持てれば多少は気も楽になるでしょう。もちろんご隠居様の件に責任がないことは伝えつづけます」

 そこまで言うと、彼女はわずかに目を伏せた。

「それに、できればまたお義母さまと仲良くしてもらえたらと思っているの。お義母さまも本気でアリアのせいだなんて考えているわけではなく、悲しみと混乱の中で何かのせいにせずにはいられなかっただけではないかしら」

「……そうとは限りません」

 きのうはアイザックも母と同じようなことを言ったものの、あくまでも希望的観測にすぎない。祖父の意向に従ってアリアをかわいがっていただけだけで、内心では『厄災の姫』を忌避していた可能性もある。

「そうね。だからわたくしがお義母さまの気持ちを丁寧に聞き取ったうえで、大丈夫そうであれば二人のあいだを取り持とうと思っているわ。無理やり会わせるようなことはしないから安心なさい」

「…………」

 気持ちが揺らぐ。

 そこまで配慮してくれるなら母に任せてもいいのかもしれない。祖母の態度が軟化すればアリアも救われる。漠然とした不安はあるが、いまは自分の気持ちよりもアリアを第一に考えるべきだろう。

「わかりました。アリアをよろしく頼みます」

「ええ、任せてちょうだい」

「わたしもシーズンオフになったらまた来ます」

 もともと今年のシーズンオフは領地で過ごすつもりでいた。だから予定どおりシーズンオフにまたこのシェフィールド領に来て、アリアに寄り添おうと考えた。しかし父は怪訝そうな顔をして難色を示す。

「おまえは第二王子の結婚準備があるだろう」

「シーズンオフには休めるかと思いましたが」

「メイソンがそう言ったのか?」

「いえ……」

 宰相のメイソンにはそろそろ相談しようと思っていたところだった。準備もだいたい目処がついたので、シーズンオフにまで動かなくてもよさそうだと考えていたのだが——。

「何か不測の事態があったときにすぐに対処できるよう、宰相補佐のおまえは王都にいるべきだ。第二王子の婚儀となれば、外交も絡んだ国を挙げての一大行事になるのだからな。万全を期さねばならない」

「……承知しました」

 父の言うことはもっともだった。

 もちろんメイソンにも話を聞いてみるつもりではいるが、行けないことは覚悟しておくべきだろう。宰相補佐というそれなりに重要な職務に就いている以上、そちらを優先するのは当然なのだから。


「一緒にいられなくてすまない」

 翌朝、アイザックは玄関先まで見送りに来たアリアにそう告げた。

 彼女はいろいろとつらいことがあったせいかあまり眠れなかったらしく、きのうよりも疲れた顔をしていたが、それをごまかそうとするかのようにぎこちなく微笑を浮かべる。

「わたしは大丈夫です」

「何かあったら遠慮なく母を頼れ」

「はい……」

 そのまま二人は向かい合わせでじっと見つめ合う。言葉はなかったものの、アリアの表情やまなざしから離れがたい気持ちが伝わってきた。アイザックの無表情からは伝わっているかわからないが——。

「兄さん、そろそろ行くよ」

 すでに馬車に乗り込んでいる弟のショーンから声が飛んできた。気のせいか苛立ちがにじんでいるように聞こえる。申し訳なさそうな顔をしたアリアの頭に優しく手をのせ、アイザックも馬車に乗り込む。

「お気をつけて」

「君も」

 馬車がゆっくりと走り出す。

 アリアは玄関先に立ったまま見えなくなるまで見送っていた。心細そうな顔で、何か祈るようにそっと胸元で両手を組み合わせながら——。


 ガタガタと揺れる馬車の中は静かだった。

 アイザックも、その執事も、ショーンも、誰もしゃべろうとはしない。ショーンは添え木をした右腕を白い布で吊ったまま、ぼんやりと窓の外を見ている。そこにはいまにも雨が降り出しそうな鈍色の空が広がっていた。

 おとなしいな——。

 いまだけでなく、領地にいるあいだもショーンはあまりしゃべらなかった。祖父が亡くなったのだから、いつもみたいに明るく振る舞うわけにはいかないだろうが、それにしても無口すぎる気がしてならない。

「兄さん、思った以上にあの子のこと大切にしてるよね」

 長い沈黙のあと、彼が窓の外に目を向けたままぽつりとつぶやいた。

 アイザックは思わず眉をひそめる。その口調や声にあからさまに不快そうな響きはなかったものの、いい意味で言っているとも思えない。以前からアリアを『厄災の姫』として警戒しているのだから。

「おまえもアリアのせいで祖父が死んだと思っているのか」

「……かもしれないとはね」

 これまでのショーンの考えからすれば想定内だといえる。決めつけていないだけまだいいほうだろう。それでも渋い気持ちになるのは止められず口を引きむすぶが、一方で彼はさらりと言い継ぐ。

「だからって兄さんがあの子を大切にするのを反対はしないし、僕もあの子を責めるつもりはない。スペンサー家の一員として尊重しろって兄さんに言われてるしね」

「ああ……」

 言われてみれば確かにアリアを責めるようなことは口にしていなかったし、態度にも出していなかった。警戒する気持ちはありつつも、彼なりにどうにか折り合いをつけようと努めてきたということだろう。

 ショーンは窓の向こうに広がる鈍色の空を眺めたまま、小さく息をつく。

「別に、彼女自身が嫌いなわけじゃないんだ」

「…………」

 まさか彼がそんなことを言うとは思わなかったので驚いたが、どこか不本意そうな拗ねたような横顔を目にして、きっとまぎれもない彼の本心なのだろうと直感した。

 アリアを『厄災の姫』ではなく彼女自身として見てくれたのなら、一歩前進といえる。いつか心から彼女を受け入れてくれる日が来るかもしれない。曇天のような状況の中、かすかに見えた明るい兆しに、ふっとほんのすこしだけ心が軽くなるのを感じた。


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